13 【小話】私と魔力 byラウレンツ(後編)
13【小話】私と魔力 byラウレンツ(前編)の続きです。
いくつもの花が集う庭園で開くティータイムは、風に揺らぐ優しい色が気持ちをゆったりとなごませてくれる。
運ばれる花香と紅茶の香気が相まり、とても優雅な時間が流れていた。
レハール邸ではいつも、ティアナたちが庭で遊ぶ様子を一人テラスから眺めている。
ティーカップを傾けながら、目の前に広がる穏やかな景色と同じ空間を過ごす時間に、私の心は十分やわらいでいた。
だけど今日は、隣の席にティアナがいる。それがなんだか嬉しかった。
ティータイムをともに楽しむだけで、このような幸福感が得られるのだと感じている今。
その気持ちのままティアナを見れば、用意した紅茶や菓子の一つ一つに喜んで、嬉しそうに口へと運ぶ姿に頬が緩む。
「どうしたの?」
笑みを深める私に気づいて、こてんと首を傾けながら不思議そうに尋ねるその口元にはクリームがついていた。
「ついていますよ」
自分の口端を指差して、誤魔化すように告げたのだけど「だから笑ってたんだ」とすぐに納得する。
私は、気を悪くさせたかとハンカチを取り出すために目線を外したのだが。
「――ラウレンツ」
名を呼ばれて顔を上げると、瞬間、ティアナの指がぴとっと口に触れた。
不意の出来事に面食らっていれば、楽しそうに笑い出す。
「ほら、ラウレンツにもついてるよ! 笑ったからお返し」
そう言って悪戯が成功したようにはしゃぐ彼女はクリームをつけたまま。
「お揃いだねー」
私が笑ったことを怒る様子もなく、口元も拭わずにクリームをつけてくるティアナ。
相変わらずの予想外な行動は、全く令嬢らしくない。なのに『お揃い』という言葉に嬉しくなってしまうから不思議だ。
「はい。わかりましたから、じっとしていてください」
ほころぶ心を抑えながら、仕方ないというように彼女についたクリームをハンカチで拭き取った。
「もうー。拭いてもまだ食べるからつくのに」
拗ねるように言うティアナに、またつける気ですかと思いながら自分の口元も拭う。
「なんか、ラウレンツってお母さんみたい」
「私に子は産めませんよ?」
「いや、わかってるし!」
私の言葉に即答してから、「そういうことじゃないよ!」と続けて笑う彼女は楽しそうだった。
そんな、ティアナと繰り広げるティータイムは、私にとってもすごく楽しかった――。
***
「紅茶が冷めてしまいましたね」
「別にいいよ」
普段はエトガーが温め直してくれるが、忙しい彼を今日は側に置いてなかった。
でもそれは口実で、ヒルダも気遣ってくれたのだし出来れば二人で過ごしたいと思い、外して貰っていたのだ。
だから私は、通常一人の時にする手法、魔力の火で紅茶を温め始めた。
「わあー。便利だねえ」
かけられた言葉にはっとする。
つい無意識に、魔力を手に灯してしまった。私はそれほどくつろいでいたらしい。
そして今さら消すことも出来ず、仕方なく続けたのち、温まる紅茶を差し出せば、ティアナは嬉しそうに受け取った。
「本当に温かくなってる! ラウレンツの魔力ってすごいね。白い火なんて始めてみたよ」
ティアナは「最初は火と思わなかったもん」と感動するように言った。
――白い火――、それは自分で魔力の炎の形状を変えたものだった。
「全然、熱そうじゃないのに。ちゃんとあったかくなってるね」
言いながら彼女は紅茶を飲む。
「元は本物の火と変わらなかったのですが……形を変えてみました」
「そうなんだ」
私の火は冷たい炎だ――。
本来の火は、空気に触れる外側が赤くなり、全体で熱を持つもの。
けれどこの白い火は、中心が溶岩のように熱くても、周りは涼として冷たい。すべての熱を内にとどめる形をとるのだった。
手に灯るそこは青く光り、外側に向かってだんだんと白くなる。
表面を触ってもひんやりとするだけで火傷することがないのは、魔力で出す特異な炎だからこそ。
「ねえ、ラウレンツ。もう一回見てみたい!」
そう請われても、普段の私なら「意味もなく魔力を出すことは出来ません」と断っただろう。
けれど、出してとせがむティアナがあまりにも目をきらめかせるものだから……。
私は断りきることが出来ず、ほどなく灯した。
「やっぱり……触ったら熱い?」
「いえ。冷たい炎ですから、周りだけなら熱くはないです」
会話を続ける中で触れてみたいと言うティアナに、少し考えてから足元に生える草を一本千切る。
そして灯した炎の中へ、すっとくぐらせると――ちょうど青く光る中心部分を通った箇所だけが、黒く変色した草を掲げて見せた。
「確かに。外側は冷たいのですが、火であることには変わりません。炎の先に指をすべらせるだけなら、熱いと思うくらいで済みますが、中は火傷をするほどの熱さです。手ならただれて溶けるかも知れないです」
切々と語る私は、何とかティアナに危険な要素を伝えようとしていた。
本当は触れさせること自体が渋られるのだけど、彼女のうずうずと今にも手を伸ばしてきそうな様子に止められないこともわかるからだ。
それでも自分の炎で誰かを傷つけるのは絶対に避けたい。相手がティアナなら尚更だった。
「うん、わかった。白いところなら大丈夫なんだよね?」
「はい。けれど、中心は勿論ですが、青くなる部分には少しも触れないと約束してくれますか?」
「約束する! 絶対に触らない!」
元をたどれば、私自身の軽率な失態が招いたことだからこそ。
やむなく、彼女の絶対を信じて「では、どうぞ」と許しの言葉を送った。
するとティアナは待ってました! とばかりに飛びつくが、その両手は不思議と大事なものにでも触れるように、そろそろと炎を包み込んだ。
「……わあ。ふわふわしてる。火にしてみたら冷たいんだろうけど――なんか、あったかいね」
自身ではまじまじと触れることもなかったので、それは私が感じたことのない感想だった。
「火は人を温めることが出来ます。ですが、時にはその熱で傷つけてしまうこともあるのです」
「でもこの火なら大丈夫でしょ? すごく可愛くて、綺麗なんだもん」
楽しむようにふわふわと触りながら、嬉しそうな笑顔を向けてくる。
ただの魔力としか扱っていなかった火を、少し好きになれる気がした。そう思いながら灯す炎をおさめていく。
ティアナも満足したのか、小さくなるのを何も言わずに見ていた。
「ありがとう、ラウレンツ。とっても綺麗だった」
良いものが見れたと言って、惜しみなく笑顔を溢れさせる。ティアナを喜ばせることが出来たのは嬉しい、けれど……。
彼女の常々自分の気持ちに正直な姿は、見る者へ時に高飛車で我が儘なものと映るだろう。
だが言い換えれば、その心はとても真っ直ぐで素直。……綺麗なのはティアナだ。
『綺麗――』、私の火をそう言ってくれた。
それでも彼女の偽りのない心を知るほど、そのティアナから綺麗という言葉を与えられるほどに――……自身の中へおさめた火が、くすぶるように身を焦がす気がした。
「私は……常時、利害を優先して動いています」
気づけば口からこぼれていた。そんな私をティアナは見開く澄んだ目で凝視する。
私は逃れるように遠くの花を見つめた。
可憐に咲く花が風に揺れる様は、ころころと表情を変えるティアナのようで。眩しさに目が細まった。
「そのように、すべてを利害勘定で計算する私は綺麗ではありません」
ひとりごちるように続け、思わず吐き出してしまう――。
「え? そんなの当たり前じゃない。誰だって損なんてしたくないもん。自分が得になるほうがいいに決まってるよ」
いかにも当然と言わんばかりの即答に驚いて振り向けば、ぽかんとした顔でこちらを見ている。
私は、そのティアナをただじっと見つめ返すことしか出来なかった。
清々と、霧が晴れる思いに――。ティアナの水が、いぶる炎を鎮火させてくれたような気がした。
つと笑いが湧いてくる。それをいつもの笑顔に置き換えて彼女に向けた。
本当に、いつも私の想像をこえてゆくティアナ。
気を使うことなく放つ言葉は彼女の本心だ。それがこんなにも簡単に私の心を癒してしまう。
――……まったく。すごい令嬢だ。
悩むこと自体が無意味だというごとく、杞憂に終わった彼女の反応。
ティアナはきっと、私が王子でなくても今と変わらずに受け入れるのだろう、そう思えばまた心がなごんだ。
「あっ。だめだめ! 遊んでたらせっかく温めてくれた紅茶が冷めちゃう!」
ティアナは慌てるようにカップを手に取り、こくんと流し込んだ。
「はあ、美味しいー。ねえ、ラウレンツも一緒に飲もうよ」
「そうですね」
温められた紅茶よりも、ぬくもりが広がる心は冷めそうにないのだけれど。
私は笑顔で彼女に答えながら幸せなティータイムへと戻っていった。
――その一方でティアナは。
「ラウレンツはお仕事大変なんだねえ。考えることも多いだろうけど、無駄に髪も長いしハゲるよ? ……そうだ! 今度来る時、ハゲないように毛生え薬でも持ってきてあげよう!」
なんてことを考えて、いいこと思いついたと笑顔になっているとは、ラウレンツが気づくはずもないのだった――。




