12 【小話】私と王子の内緒 byヒルダ
12 私は、今日も立ち向かいました の続きです。
暖かな日差しを受けて緑が光る庭をあとに、私は笑顔を作りながらテラスへ戻った。
庭園で格闘するお嬢様を見つめた王子を横目にして、まくり上げられるスカートの処理だけでも成し遂げたことにほっとする。
ほどなく、ラウレンツ王子が当然の疑問を投げかけてきた。
「――ティアナは何をしているのですか?」
草をむしっているのは目に見える通りで、王子はなぜ草むしりをしているかを問うのだという事はすぐにわかる。
……だけど、今まで王子と会話を交わす機会のなかった私は、どう答えようかと戸惑ってしまった。
「ヒルダ。私がレハール邸に滞在する間、王子とは思わず普段通りに話してください」
悩む瞬時に言われ驚くが、さすが賢い王子様だと改めて関心もする。
「かしこまりました。……では失礼いたします。今、お嬢様がなさっているのはいつもの罰で、旦那様から命じられた草掃除です」
「なるほど……。よくわかりました」
いつもの罰と端的に説明するも、すぐに理解を示してそれ以上は聞かれなかった。
変わりにとても綺麗な笑顔を作り出す様に、
『いつもの』という言葉に想像がつくのだろうと思い、顔がほころぶ。
「それにしても、なぜティアナは道具を使わないのでしょうか? 先ほどあなたからもハサミを受け取りませんでしたね。――そもそも鎌で刈るほうが早く済むと思うのですが」
至極全うな言葉に思わず噴き出しそうになった。
「はい。それについてはご説明を……」
私は込み上げる笑いを何とかこらえ、いきさつを話し始めた。
それは、お嬢様が初めて旦那様から草掃除の罰を仰せつかった時に遡る――。
***
――その日、お嬢様はロマン様をお漏らしさせた一件の罰で草掃除をしていた。
同日にティータイムのお菓子も用意されていたので、気持ちは逸るだろうに、ちまちまと手で草を引っこ抜く姿に首をかしげる。
真面目に取り組むのは良いのだが、どうしてこのような時間のかかる方法を選択しているのだろう?
しばらくは黙ってテラスから成りゆきを眺めていたが、気づいてないのかと歯がゆくなり、私はついにお嬢様へ声をかけた。
「お嬢様。鎌をお使いになりますか?」
「いいよ、まだ資格を取っていないから」
「は? 資格……?」
答えの意味が理解できず、さらに尋ねようと足を踏み出そうとした。
すると間髪いれず、止めるように誰かが腕を引くので振り向けば。庭師ダニエルが、何とも言えない苦笑いで私の腕を掴んでいる。
そして、ダニエルの表情を怪訝に思う間もなく、こっそり耳打ちをされた。
「実はな、さっき鎌を使うには免状がいると教えてしまったんだ――」
それは怪我でもされたら困るから、と伝えたでまかせ。
草掃除を始める前、お嬢様はすでにダニエルの元へ鎌を借りに赴いていたそうだ。
その時に危ない刃物を扱う事に注意を促すつもりで、何気なく口にしたのが先の言葉。本来はそういうものなので気をつけて使うようにと言い含めて貸し出すはずが――。
あっさり信じたお嬢様は、鎌の使用を素直に諦めたという。
呆気に取られる私が思わずお嬢様に目を向ければ、いまだ必死に素手で草と勝負している。
「いやあ。まさかあんな戯言を簡単に信じるとは思わなかったもんでな。つい資格がないものが扱えば法に触れるとも言ってしまったわ」
頭を掻きながら申し訳なさそうに言うダニエルも、お嬢様を笑顔で見つめていた。
……確かに。まだ小さなお嬢様に鎌は危ない。だけど、そんなでたらめを素直に信じたことに目が瞬く。
そのまま作業を見ていれば、ダニエルが手にする鎌をちらちらと伺っては、恨めしそうにするお嬢様がいた。私は声を立てて笑うことを抑える変わりに絶え間ない笑顔を作り出す。
我が儘で高飛車なのに、そういったことは真に受けてしまうのだと、また可愛い一面に気づいた瞬間だった。
***
そうして何度目かの草掃除をする今日、私はお嬢様のために園芸用のハサミを準備していた。
元より罰を与えられないようにすればいい話なのだが、そこはお嬢様。
それでも真面目に取り組むことに、少しでも役立てればと差し出す。
瞬間その顔をぱあっと明るく輝かせてくれたのだけれど……。
「嬉しいけど、それは使わないでおくよ」
まるで自身を戒めるように我慢する様子で、またしても断られた。
不可解から「なぜです?」と尋ねれば、庭にある草を根絶させて、草掃除自体を言いつけられなくするためらしい。
旦那様から罰を下されないようにするという方向には思考を進めず。斜め上行く発想を打ち出すお嬢様に……私の時は静止した。
瞬時に、噴き出すのをこらえるためだ。
そうして歪みそうになる顔を笑顔にとどめ、何とか「頑張ってください」と絞り出し、その場をあとにして今に至る――。
***
私が耐えきれずに、くすくすと笑いを洩らしながら話し終えると、ラウレンツ王子は少し開いていた目をすっと細めてまた綺麗な笑顔でお嬢様を見つめた。
何となく、王子も笑い出すのを耐えているように感じて私の笑顔は更に深まる。――だけど。
「突拍子のないこともなさいますけど……。私が仕えるお嬢様は、そんなとても素直で可愛らしいお方なのです」
自然と口が紡がせていた。他の誰が何と言おうとそれは言明したかった。
「ええ。――本当に、ヒルダの言う通りですね」
異議なく肯定する王子に目をやれば、優しくお嬢様を見ていた顔をこちらへ向かせる。
「教えてくれてありがとうございます。可愛らしいティアナを知ることが出来て嬉しかったです」
そう言って見せた綺麗な笑顔はいつもより柔らかく感じて。
言うまでもなくお嬢様を理解してくださっていることが伝わり、私はとても幸せな気持ちになれた。
「その……ラウレンツ王子。私が笑っていたことは内緒にしてくださいませんか?」
「はい。勿論です」
頷いて約束を交わす王子の顔はまたいつもの綺麗な笑顔。だけど少し打ち解けた気分になる私は、早くお嬢様と過ごさせてあげたいと思った。
「お嬢様。いつまでもラウレンツ王子をお待たせしないでくださいね」
その気持ちのまま、お嬢様を急かすように呼びかければ。
「あ、ラウレンツ。いつでも帰っていいからね?」
――まさかのとんでもない返答で、冷水を浴びたように私の……だけでなく周りの気温が一気に下がった。
「……ティアナ。手伝いましょうか?」
ラウレンツ王子の綺麗な笑顔が深められている。
お嬢様が常々、「あれは恐怖の笑顔だから!」と言っていたのがそれとなくわかり苦笑した。
「ダメだよ。これは私とこの子たちとの戦いだから! ラウレンツは帰っても……」
「ティアナ、戦いは早く終わらせましょうね?」
「……はい」
有無を言わせない落ち着きはさすが王子様。幼くても威厳ある王族の風格を備えている。
お嬢様は何やらぶつぶつ文句を呟いてそうだが、手は早めているようだった。
そんな二人のやり取りを見ていれば、ラウレンツ王子がくるっと振り返って言った。
「ヒルダ、私が本当に怒っていないことは内緒にしてくださいね?」
その悪戯っぽい笑みが可愛くて、ついお嬢様と重なった。そして私も釣られるように笑って答える。
「はい、勿論です。ラウレンツ王子」
返事をしつつ、――案外似合いなんじゃないだろうか? という思いが浮かぶ。
まだ幼い二人の可愛らしい関係、その行方がはたしてこれからどうなってゆくのか……。
私はとりあえず、静かに見守っていこうと考えながら小さく微笑むのだった。




