12 私は、今日も立ち向かいました
だいぶん肌寒い日は減り、昼間は走り回れば汗をかくほどに暖かくなってきた。
私は今日もぽかぽか陽気の中、緑あふれる庭先でロマンと戯れている。
以前の私はアベル王子に会いたくて、父に王宮へ連れていけとねだる日が多々あったのだが、今の私はそれをしない。
なのにラウレンツ来訪の翌日から、王宮でのお茶会のご招待が連続で来るようになった。
一度も行ってないけど。
ねだっていた頃は困った様子でたしなめていた父も、「一度くらいは顔を出したらどうだい?」とか最近は言い出し始めてる。
親の顔を立てるべきなのかとは思う。
だけど、身勝手でも我が儘と言われても、私は自分の心に嘘をつかず生きていく! と決めたのだから仕方がない。
高飛車、我が儘は悪役令嬢の専売特許でもあるしね。うん!
だから毎日頑なに断り続けた今――……。
どうして私の邸で優雅にティーカップを傾けてるのよ、ラウレンツ!
「何でここでお茶を飲んでるの?」
私はロマンを木陰で涼ませて、ラウレンツに詰め寄りに行った。来訪した彼は、私とロマンが遊ぶのをただ眺めてテラスでくつろいでいる。
彼から最初に、「私がいることは気にしないでください」と言われたけれど。
……やっぱり気になるもん!
「婚約者と有意義な時間を過ごすことに何か問題でもありますか?」
「候補だから、婚約者じゃないから。ただの候補の中の一人」
ラウレンツがさらっと発する聞き捨てならない言葉を、即行で否定した。
「ならば尚更、いずれ婚約者となる方と親睦を深めるのは良いことです」
じゃあ他の候補と深めれば? と言いたかったけど、向けられた綺麗な腹黒笑顔にそのセリフは飲み込んだ。くそう。
「レハール邸の庭は本当に綺麗ですね」
そう言いながら庭園に目線をおくるラウレンツの横顔を、テーブルに肘をついてぼーっと眺めた。
綺麗な顔だなあ――……黙ってたら、というか腹黒じゃなければ本当に素敵な王子様なのに。
まことに残念極まりない。
「どうしました?」
見つめていれば、こちらを向いたラウレンツと目が合う。
「ううん。ただ見てるだけ」
いくらなんでも残念だと思ってたなんて言えるわけない。言ったらエンドが更に早まる。
すると「そうですか」とだけこぼして目を背けた。その顔は何だか少し儚げに感じさせる。
なんだろう……あのか弱い感じの表情は。まさか照れたわけじゃないよね?
いや、今時見つめられたくらいで照れるとかどんな乙女だよ!
ラウレンツの意外な一面にときめく、ことはなくちょっぴり引いてた私は悪くない。だって未来で私にデッドなエンドをくださる王子だよ!? 逆に怖い!
「――それにしても、ティアナは出会った当初より随分と口調が砕けましたね」
心の中で存分に失礼なことを考えてたら、ふと思いつくようにラウレンツが言う。
「あれはお出掛け仕様、普段はこうなの。自分の邸にいるときはいつもの私でいるよ」
「そうだったのですね」
納得する彼に、こんな言葉遣いだと婚約者候補にはふさわしくないでしょ? と口を開こうとしたのだけど。
「だからといって、婚約者から外す気はありませんから」
先回りするかにきっぱり言われた。さすが賢い王子様は私の思考をよくおわかりです。
そうして、うまくいかないなと軽く拗ねてると、ラウレンツに新しいお茶を持ってきたヒルダから声がけられた。
「お嬢様。そろそろ始めませんと、暗くなってしまいますよ?」
言われて、『ああ、そうだった』と思い出す。忘れてたわけじゃないけど忘れたかった。
……そうです。いつものあれです。
今回の理由は何かと言うと、ラウレンツを落とし穴にはめました事件、それの罰。
実は、当日はまだ父にバレていなかった。
ラウレンツの服を外部へ洗濯に出す際に知られてしまったのだ。
洗濯は普段メイドが邸内でするのだけど、やはり何着かは、前世のクリーニングに出す感覚で数日分をまとめて業者へと託す。
王子の服ともなれば、間違いなくそちらへまわされた。
そして昨日のこと。メイドが業者へ受け渡していた時に、たまたま通りがかった父は見慣れない服に目ざとく気づいてしまう。
時間が経ってから悪戯が見つかったのはそのせいだった。
あとはお決まりの説教と今から実行する罰の贈呈、これが事の顛末。私も運が悪いよね。
元々、ラウレンツが着替え終わった後、汚れた服は従者が当たり前に持ち帰ろうとしてたけど。
レハール邸での不祥事なのでとヒルダが引き受けていた。
むしろ私があえて引き起こしたのだからそれは仕方ない。だから素直に罰も受け入れてる。
「じゃあ、ラウレンツまたね」
「はい」
返事をしながらも不思議そうにするラウレンツを置いて、私は庭へと向かった。
そして庭園の真ん中につくとワンピースの裾を持ち上げ、気合いを入れてしゃがみこむ。
「――ティ、ティアナっ!」
声を上げるように呼ぶラウレンツになんだろう? と振り向けば、めずらしく慌てる表情をしていた。
「お嬢様! いくら服を汚さないためとはいえ、はしたないです!」
駆け寄りながらいさめるヒルダのセリフに、これが原因だったとわかる。
「でもパンツは見えてないよね?」
「そういう問題ではありません! そしてパンツなどと口にしないでください!」
ヒルダ的につっこみどころが満載だったようで慌ただしく言われた。
ごめんね、ヒルダ。大変だね。
そして側に来た彼女はまったく、と言いながらもフレアなスカート部分を髪結いのゴムで結ぶ。
「ありがとう」
「恐れ入ります。――ところでお嬢様、これをお使いになりませんか?」
礼を言って終わりかと思えば、続けるヒルダが差し出してくれたのは園芸用のハサミだった。
「鎌はダメでも、ハサミでしたら大丈夫でしょう」
気が利くヒルダの優しい提案は心をなごませ、そして目にするハサミに一瞬ときめいた、けれど。
「嬉しいけど、それは使わないでおくよ」
「なぜです?」
受け取らなかったのにはちゃんとした考えがある。私は今回決めたことがあったのだ。
「いつも草むしりさせられるでしょ? もうね、こうなったらすべての草を根元から引っこ抜いて、根絶させることにしたの!」
草がなくなれば、父も草掃除の罰を言い渡せなくなる! ――それが私の狙いだった。
「……さようでございますか。では、お嬢様。頑張ってくださいませ」
なかなか良い案を思いついたものだと勝ち誇る私は、たった今その名案をヒルダにも披露した。
なのに彼女は少し間をおいて、すっごく優しい笑顔で「頑張ってください」とだけ言ってテラスへ下がる。
その行動に、もしかしたら好意を無下にしてしまって悲しませたのかもしれないと思った。
ごめんね、ヒルダ。だけどこれは私の今後に関わる大事なの。
私は心の中で謝りながら、目前の群がる敵に立ち向かうべく草むしりに取りかかるのだった――。
12【小話】私と王子の内緒 byヒルダ に続きます。




