第8話 アレン村に帰る
拝啓、お母さん。アレンです。
今、わたしは雲の中を猛スピードで駆け抜けています。
思えば、小さい頃に雲を食べたら甘くておいしそうだと思いましたが、実際に食べると、ひんやりした水の味しかしませんでした。
おっと、そんなことを感じている間に雲を抜けそうです。
抜けた後に広がるのは――
崖でした。
お母さん。いつまでもお元気で。
そうしてアレン達は飛んでいく。
「……」
「あはははっ! とんだー!」
「ニャニャー!」
30メートルほどはありそうな崖を滑り落ちるが、体勢は安定しており、着地の衝撃もそれほどでもない。
そのまま何事もなかったかのように滑り続ける。
木々にぶつかりそうになると、ぶつかる前に木は倒れ、岩にぶつかる前に岩は砕ける。
飛んでも跳ねても、磁石が吸い付くかのように離れない。
リンは万歳しながらこのスピードを楽しみ、ナナは金色の眼で全方向に集中しながら、この空間を支配する。そしてアレンは静かに眠っていた。
「アーレーン! 起きてー」
アレンの頬に、暖かい何かが触れる。
アレンがゆっくりと瞼を開けると、リンが髪をかき上げた状態で少し汗ばみ、その手のひらでアレンの頬をさすっていた。
……天女だ。天女が舞い降りた。
アレンは少しぼーっとしていたが、ハッと我に返る。
「ここは……?」
アレンは周りを見回す。
「山のふもとニャ。村が見えたから近くまで来たニャ。あそこに見える村がアレンの村かニャ?」
ナナが指す方向を見ると、確かにアレンの住む村が小さく見えた。
「ああ、あれだよ」
行きは4日以上かかったのにな。
アレンはそう思いながら立ち上がる。
「あ、そうだ。リン、水はいらない?」
アレンは荷物袋から水筒を取り出し、リンに差し出す。
「ありがとう」
そう言って、リンは水筒に口をつけた。
はぁっと一息ついて、水筒をアレンに返す。
アレンは水筒を見つめながら、これは大切な水だなと思いつつ、荷物袋にしまう。
「あ、そうだ。足、痛くない? 裸足なのに」
アレンが心配そうにリンの足元を見る。
「大丈夫ニャ。吾輩がリンを少し浮かせてるニャ」
浮かせてる……? だと?
アレンは言葉を理解しようとしたが、慣れてきたため諦めた。
「ほんの少しニャ。この状態でもできるくらいニャ」
そう言うナナの瞳は、金色から黒へと戻っていた。
「そういえば、ナナは魔法が使えるのか? でも、他人を浮かせる魔法なんて聞いたことない……」
ナナはスタスタと歩き始める。
「村に着くのが遅くニャるから、歩きニャがらはニャすニャ」
ナナを追うように、アレン達はゆっくりと村へ歩き始めた。
歩きながら、ナナの使う魔法とアレン達の魔法は、似ているようで少し違うらしいことを知った。
この世界の魔法は、自分の霊力を目に見えない精霊に増幅してもらって発動するとされる。
ナナの魔法は、『生命エネルギー』と呼ばれる自分のエネルギーを呼び水のように使い、この星から溢れ出る『惑星エネルギー』を使って現象を起こすものらしい。
そしてナナは生命体ではなく、『アンドロイド』と呼ばれる特殊な機械だそうで、生命エネルギーを持たないが、他の生命体から生命エネルギーを吸収することによって、体内で惑星エネルギーに変換することができるらしい。
「ふーん。ナナって機械ってやつだったのか」
アレンがチラリとナナを見る。
「アレンは機械を見たことがあるのかニャ?」
ナナが尋ねると、アレンはフンッという感じで答える。
「村の真ん中に、自動で時間を示してくれる『時計』って機械があるぜっ」
ナナは山の景色を見ながら歩く。
リンはその後ろを微笑みながら歩く。
しばらくして、村の入口からエリックがこちらに手を振るのが見えた。
「よぉ! アレン。無事帰ってきたか」
「ああ、全然平気だったぜ」
何度か平気ではなかったこともあった気がするが、アレンの記憶には便利な機能がついている。
「それで、そちらのお嬢さんは?」
リンはアレンの後ろに隠れるようにして、下を向いている。
「あ、ああ。親戚の子なんだ。リンっていうんだけどね。しばらく預かる予定なんだけど、ちょっと人見知りの恥ずかしがり屋なんだ」
「そうか。こんにちは、お嬢ちゃん。俺はエリック。この村はみんないい人達ばかりだから、リンちゃんも気に入ってくれると嬉しいな」
エリックは少ししゃがんで、リンと同じ目線で語りかける。
「あ、あの、こんにちは」
おどおどとしながらも、リンは挨拶を返した。
「うん。この村で何か困ったことがあったら、アレンかこのエリックに何でも聞いてくれ。いつでも大丈夫だからな」
そう言って、爽やかな笑顔でリンの頭をポンポンと撫でる。
「じゃあな、アレン。早く帰ってやりな。アンジェさんも待ってるだろ」
「ああ、そうだな。じゃあ、エリック。また」
そう言って右手を上げ、アレンは自分の家に向かう。
途中、何人かの村人に声をかけられたが、そのたびに同じようなやり取りをし、リンも段々と村の人達に慣れてきたように見えた。
そうして、ようやく自分の家に着く。
アレンは軋むドアを開けた。
「ただいま、母さん」
奥から、ゆっくりとアンジェが顔を見せた。
「おかえりなさい、アレン」
そう言って、アレンを抱きしめる。
数日会っていなかっただけだが、その数日が二人にはものすごく長く感じられた。
「無事でよかった……」
アンジェはさらにぎゅっと抱きしめた。
しばらく抱き合った後、アレンは荷物を降ろす。
そして、手には『天女の泉で汲んだ水』が入った水筒があった。
「母さん、コレを目をつぶって飲んでくれないか」
意を決して、アレンはアンジェの前に差し出す。
「これは?」
アンジェが尋ねると、アレンは真剣な眼差しでアンジェを見ながら、
「これは新しく発見された薬らしい」
と言った。
アンジェはニッコリと微笑んで、
「アレン? あなたが家を出る時に私が言った言葉、覚えてる? あなた、ウソをつく時、目の奥が泣くって」
アレンは真っ直ぐアンジェを見る。
「今のあなた、泣くどころか目が死んでるわよ。アレン」
母親の観察力に、背中に滝のような汗が流れる。
それでもアンジェは、水筒の水をゴクリ、ゴクリと飲む。
「何か言えない事情があるみたいだけど、私はアレンを信じるわ」
母親の愛情深さを知ったアレンは、どんな拷問を受けようが、この秘密は死んでも口に出さないと心に誓った。
「あ、あと、ちょっとお願いがあるんだけど」
アレンはチラッとドアの方を見る。
「ニャ」
ナナがするりと家の中へ入ってきた。
アンジェは少し困った顔をして
「アレン、悪いけどうちはアレンと私で精一杯なの。だから、うちでは猫を飼う余裕なんてないわ。可愛いけどね、可愛いだけじゃ一緒に暮らせないのよ」
アンジェの話を聞いたアレンは、申し訳なさそうに
「いや、猫もなんだけど……実は」
と言って、ドアをギィッと開けた。
リンが緊張しながらアンジェを見る。
「女の子もなんだ」
アンジェは目を大きく見開き、手にした水筒を床に落とした。
「リン、俺の母さんのアンジェだ。挨拶してくれ」
リンは少しおどおどしていたが、
「こ、こんにちは、私はリンジェット・ラグーンです。よろしくお願いします。アンジェお姉ちゃん」
と挨拶した。
その瞬間、アンジェの心臓は一発で仕留められた。
「くっ……アレン! 早く部屋の片付けをしなさい。一緒に暮らすなら、ちゃんと部屋を空けなきゃ……それより、その服をなんとかしなくちゃ。あ、靴もないじゃない。ダメよ! 今はとりあえずこれを履きなさい」
アンジェはそう言って、自分の靴をリンに履かせた。
見たことのない母アンジェの姿に、アレンはしばらく呆然となった。
「ニャ」
「とりあえず、母さんの許可はもらえたようだよ」
「ニャ」
そうして、夜になるまでアレンは家中の掃除をさせられたのだった。




