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悠久なる星の放浪者  作者: 千岳陽海
第一章
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7/12

第7話 アレン滑る

さっきまで無表情で暴れていた少女リンが、ゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。


「リン! 吾輩ニャ!」

そう言って、警戒する様子もなくナナはリンの膝に飛び乗り、リンのお腹の辺りに頭を付けてゴロリと転がる。


「ナナ、くすぐったい」

リンは先程とは打って変わって、無邪気な笑顔をナナに向け、優しく頭を撫でる。

さっきまでと全然雰囲気が違う。まるで別人のようだ。


まあ、さっきの無表情も美少女だったが、今の笑顔のリンは超絶が付くほどの美少女だ。


それはさておき。

非常にまずい。


ワタクシ、アレンは、薄暗い洞窟の奥にある謎の球体。その内部に置かれたカプセルのすぐ横に立っています。


カプセルの中には、絶世の美少女が笑顔で猫とじゃれています。


裸で。


母さん。こんなとき、俺はどうしたらいい……。


そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。

アレンはギギギッと音が聞こえるような動作で、視線の方を見る。


その薄紅色の綺麗な瞳と目が合った。


……


「あなたはだぁれ……!?」


「お、俺はあやあやあやしいものでは、たぶんちがいます」

そう言って、目を逸らす。


くっそ怪しい以外の何ものでもない。


「ナナ! 緊急事態だ! ちょっとこい!!」

そう言って、洞窟の入口付近へ慌てながら、あちこちに体をぶつけつつ走った。


「ニャ? ニャにかあったかニャ?」

そう言いながら、ナナもついてきた。


洞窟の入口で少し息を切らしながら、アレンは口を開く。

「おい、ナナ! リンの服はないのか? もしかして20万年前は裸族だったのかもしれないが……。今は服を着た方が……」


そう話していると、洞窟の奥から、


「イヤァァァァァァ!!!」


とリンの悲鳴が響き、洞窟内に反響する。

アレンとナナは一緒に声の方を見た。


「リン? ニャにかあったかニャ!」

ナナは走ってリンの元へ向かった。


アレンが洞窟の入口から奥を見ると、ナナがまたぶん投げられ、壁に激突していた。


その後、3回ほど壁に投げられるのを見届けたアレンは、少しほくそ笑みながらナナを呼んだ。


「これでよければ持っていってやれよ」

アレンは荷物袋から予備の着替え一式を取り出し、ナナの前に差し出す。


「俺のだから少し大きいかもしれないが、ずっと裸でいるよりマシだろ」

ナナはサッとそれを咥え、奥へ走っていった。


まあ、全裸の美少女の素肌の上に寝転がったんだ。3回投げられたくらい安いもんだろ。

そう思いながら、アレンは座って水筒に口をつけた。


ぶはっ……。

生暖かい!?


「こ、これは……」


アレンは蘇る記憶を必死で抑え込む。

「いかん。天女の泉を汲んだやつだった」


アレンは深呼吸して、心を落ち着ける。


そして、もう一つの水筒に口をつけたとき、背後から声がした。


「あ、あの。これ、ありがとう」

そこには、少し大きめの服とズボンを着たリンが立っていた。

アレンは水筒の水をゴクリと飲み込んだ。


「あの、私はリンジェット。リンジェット・ラグーンです。あなたは?」


アレンは立ち上がり、膝をパンパンと叩いてから、リンの目を見る。


「お、俺はこの山の麓の村に住むアレンです。よろしく」

そう言って、手を差し出す。

リンは笑顔でその手を握った。



「ニャ。それでアレンはどうするニャ?」

唐突にナナが聞いた。


「ああ、とりあえず俺の用は済んだから、村に戻るつもりだよ」

アレンは洞窟の入口から下の方をチラッと見た。


見慣れない景色が広がっている。

ところどころにもやのようなものが見えるが、もしかしたら雲か?


「そうか。その前にアレンにもう一度聞きたいことがあるニャ」


「奇遇だな、俺もナナに聞きたいことがあるな」

アレンは振り返り、ナナを見る。


「アレンの持っていた『ユダの心臓』、赤い宝石ニャ。あれの前の持ち主か、どこで手に入れたか知ってたら教えてほしいニャ」


「さっきも言ったけど、母さんにもらったから本当に知らないんだよな。まあ、母さんに聞いたら何か知ってるかもだから……」

アレンは何かを思い出したように、洞窟の内部へ歩いていく。


「どうしたニャ?」


「いや、その宝石だよ。あれ? どこだ……?」


ナナはハッとした顔をして、リンの元へ走っていく。

リンの胸に飛び込み、リンもそっと抱きしめる。


ナナはゆっくりとアレンを見た。

「……リンの中にあるニャ」


ナナはリンの体内から、うっすらと惑星エネルギーの残滓を検出した。

それは、あの宝石から検出されたものと同じエネルギーだった。


つまり、リンの体内に融合しているということになる。


「それって大丈夫なのかよ?」

アレンは心配そうにナナに聞くが、


「わからニャいニャ。でも、そのお陰でリンが戻ってこれたのかもしれニャいから、いいんだニャ」

ナナはリンの腕の中で、猫らしく顔を洗う。


「そっか。


それでナナとリンは……あっ、ごめん。俺もつい『リン』って呼んじゃった」


リンはナナを撫でながら答えた。

「リンでいいよ。アレンさん」


「じゃあ、俺も『アレン』でいいよ」

アレンは少し照れながら、そう返した。


「それでなんだけど、ナナとリンはこれからどうするんだ? この場所は女の子には住みにくいだろうし、服とか食べ物とかも大変じゃないか?」

アレンはリンのぶかぶかの服を見ながら聞いた。


「ここには救援信号の発信装置があるんだニャ。もし、いつか救援信号を見つけた仲間が来るかもしれニャいニャ。だから、ここを離れることは出来ニャいニャ」


「救援信号? 仲間が助けに来るのを待ってるってことか?」


「そうニャ」

ナナはリンの腕の中から顔を上げた。


「リンの入っていた生命維持装置は、今はエネルギー補給の必要がニャいニャ。でも、救援信号の発信装置は違うニャ。エネルギーを補給しニャいと動かないニャ」


「それなら、エネルギーを補給しておけばいいんじゃないのか?」


「それができれば苦労しニャいニャ。エネルギーを貯めておく装置が壊れているから、三日に一度は補給しニャいと止まってしまうニャ」


「三日に一度……。それじゃあ、長い間ここを離れるわけにもいかないのか」


「そういうことニャ」


アレンは少し考え込んだ。


二十万年もの間、救援信号を発信し続けている。

そもそも、救援信号を受け取る仲間が今も存在するのかさえ分からない。それでもナナは、ここを離れようとはしなかった。


なぜ、そこまでして続けるのか。


「なあ、ナナ。そこまでして、救援信号を出し続けなきゃいけないのか?」


ナナはしばらく黙っていた。


「……前の主人に頼まれたことニャ」

それだけ言うと、ナナは再びリンの腕の中で顔を洗い始めた。


恐らく、前の主人はこれほど長い時間が経つとは想定していなかったのだろう。

数年、あるいは数十年。救援が来るまでの間、頼む。

そのくらいのつもりだったのかもしれない。


けれど、ナナにとっては、主人から頼まれたことを断るという選択肢はなかったのだろう。

二十万年が経った今も、その任務は達成されていない。

だからこそ、ナナは今も救援信号を発信し続けているのだろう……。



「……それなら、リンは俺の村で暮らして、ナナは3日に1度エネルギー補給に来るってのは? リンがよければだけど」


ナナは「どうする?」といった感じでリンを見る。

リンは少し考えた後、小さく呟いた。


「うーん……知らない人ばかりの所かぁ……。ちょっと怖いかなぁ」

ナナをぎゅっと抱きしめながら、目を閉じる。


「大丈夫だよ。みんないい人ばかりだから、俺が保証する。それに、ナナも俺の母さんに聞きたいんだろ?」

アレンは胸に手を当て、リンを真っ直ぐ見た。


「リン、どうするニャ? 吾輩ニャらアレンの村まで半日とかからニャいから、帰りたくニャったらいつでも連れて帰れるニャ」

ナナはそう言うと、リンの腕から地面に飛び降りる。


「じゃあ、1度行ってみようかな。ちゃんとした服もあったら欲しいかも……」

そう言って、リンはアレンに微笑んだ。


よし。帰ったらギルドに行って貯金を全部出してこよう。

アレンはなぜか拳を握りしめた。


「よし、じゃあナナ! 悪いけど俺の村まで連れてってくれ」

アレンは腕を組み、仁王立ちしている。


「まかせるニャ! だけど2人は咥えて行けニャいから、ちょっと待つニャ」


ナナは洞窟の奥へ行き、何やらけたたましく音を立てた。そのうち、何かを引きずってきた。

あのカプセルの蓋みたいなやつだ。


「乗るニャ」

そう言って、蓋に乗るように促す。


コレに乗る……?

もしや、そのあとは……?


考えていると、リンはさっと乗った。

「アレンも早く」


リンに言われたら、乗るしかない。

なるようになる。


よし。


アレンは決心して、リンの前に座った。


「じゃあ行くニャ!」

蓋の先頭に座った金色の眼をしたナナが声を掛ける。


次の瞬間、2人と猫の乗った蓋は、雪の上を滑るように、飛ぶように猛スピードで山を降りていった。


「ぎゃああああ!!」


「あははは!」


「ニャー!」


雪山に絶叫がこだましていた。


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