第6話 アレンと少女
カプセルの蓋がゆっくりと開き、中にあった液体はどこかへ消えていた。そこには、目隠しをされた少女が横たわっている。
「リン! 大丈夫かニャ? 成功したかニャ!?」
ナナは走ってカプセルに近づき、リンと呼ばれた少女の頭の側で話しかける。
アレンはそれを横目に見ながら、解放されて台の上に置かれた首飾りを手にする。
結局コイツも謎のままなんだよな……。
首飾りの赤い宝石を見つめ、少し考える。今は輝きも元に戻っていた。
その横では、ナナがずっと呼びかけている。
『適合率70パーセント……』
『適合率50パーセント……』
静かに、あの女性のような声が響く。
「ニャ!? ダメだったか! リン! 頑張るんだニャ!!」
ナナがその声に反応する。
ひどく焦っている様子だった。
『適合率10パーセント……』
『暴走の危険性があります……』
『暴走の危険性があります……』
声とともに、ビーッという音が何度も鳴り響く。
アレンにはよく分からなかったが、何かよくないことが起きそうな、あるいは、すでに起きているような予感がした。
「おい、ナナ! 何かあったのか?」
「……リン、吾輩は守るニャ……」
ナナが悲しそうな声で話しかけていると、カプセルの中からリンと呼ばれる少女が起き上がった。
「リン!」
ナナが少女を呼ぶ。
少女はナナを見て、その体に手を伸ばし、そのまま掴んだ。
「り、リン……吾輩ニャ……」
ナナは苦しそうにするが、抵抗しない。
そして、そのまま勢いよく投げ飛ばされ、洞窟の床を何度か跳ねて壁に激突した。
「おい、ナナ! 無事か?」
アレンは吹き飛ばされたナナを見る。ぶつかる寸前にでも変化したのか、ナナの目は一瞬金色に光ったが、すぐに黒へと戻っていた。
「リン! 吾輩はこの日をどれだけ待ったと思ってるニャ! 頼むニャ! 戻ってくるんだニャー!!」
洞窟内にナナの悲壮な叫びがこだまする。
実際に今どういう状況で、一体何があったのか、アレンには知る由もなかった。だが、ナナの心の叫びがアレンの心を揺さぶる。
少女は目隠しをしたまま、表情を変えずにカプセルから外へ出た。
そして目隠しを剥ぎ取り、その目を開けた。
「赤い……瞳……?」
アレンは思わず口にした。
少女はアレンの言葉に反応したように、アレンの方を見る。
無表情のまま、アレンに近づいてくる。
なんだか分からないが、ヤバい。
アレンは無意識に両手のひらを少女に向け、防御姿勢をとる。
同時に赤い光が揺れ、ものすごい速さで少女の手刀が飛ぶ。
アレンの腕ごと貫いたかのように見えた。
だが、そこには少女の手刀と、アレンの手にあった首飾りの宝石が触れ合った状態で、空中に止まっていた。
少女の動きも止まる。
周りの風の音も、装置の作動音も。
そして――。
小さく、しかしはっきりと、脳に直接語りかけるような声がした。
(……ふぅん……なかなか面白い理論だね。自身の細胞を自己再生細胞と融合させて生命活動の期間を伸ばすのか……だけど、このやり方じゃ意識の伝達は1パーセント以下になりそうだね。まあ、よく考えられてはいるけど。)
アレンは周りを見回した。
だが、他に誰もいない。
ナナはこちらをじっと見ているが、口を開けたまま固まって動かない。
(でも、たったこれだけの時間の中での進化なら早い方かな。まあ、ボクも今は退屈しているからね。少しチカラを貸してあげるよ。まあ、少し調整させてもらうけど、使い方は本人しだいだね。)
頭の中の声は一方的に喋り続ける。
(まあ、これは単なるボクの気まぐれってやつかな。次にボクが目覚めるのはいつになるか分からないから、気にしなくてもいいよ。じゃあね。)
そう言って、頭の中に響く声が消えていった。
「……ン! やめるニャ!」
ナナの叫びが聞こえる。そして、周りの音もまた聞こえ始めた。
今の声は……? 夢か? 幻覚だったのか……?
そう思っていると、ナナがアレンの前に走り込んできた。
見ると、少女が倒れ込んでいた。
「おい、おまえ! リンをカプセルに入れるのを手伝うニャ」
ナナはアレンに命令する。
「手伝ってはやるが、おまえじゃなくて俺はアレンな」
アレンは少女を抱き抱えようとしゃがむ。そして、ようやく気づいた。
裸じゃねーかよ。
さっきまで驚きと恐怖で気づかなかったが、目の前で横たわっているのは、肩くらいまで伸びた銀髪に白い肌の美少女だった。しかも、全裸で眠っている。
「……ニャんだ? まさかアレン、発情したんじゃニャいだろうニャ?」
このクソ猫め。
「ち、違うわ」
そう言って、アレンは目をつぶり、少女を抱き上げてカプセル内に運び込んだ。
洞窟内は静けさを取り戻した。
「それで、この子はリンでいいのか?」
アレンはナナに尋ねる。
「ああ、リンニャ。リンジェット・ラグーン。吾輩の今の主人ニャ」
ナナはリンを見つめながら、そう言った。
「リン……か」
アレンは何から聞くべきか、頭の中で整理しようと考えていた。すると、ナナが口を開いた。
「リンはニャ、だいたい20万年前にこの星に来た調査団リーダー夫妻の娘ニャ」
アレンは黙って話を聞く。
ナナはリンを見ながら、語りかけるように話す。
20万年ほど昔、この夜空の星の向こうからリンたちはやって来た。
そして、当時のこの惑星の人間との大きな争いに巻き込まれ、リンは瀕死の重傷を負った。
生命維持装置によって、あと数分で尽きる命をつなぎ止める中、リーダー夫妻は決断した。
『素体』と呼ばれる人工身体にリンを融合させ、命をつなぐことを。
当時の技術力では、成功率は0.01パーセント程度だった。体が拒絶反応を起こすか、脳の融合がうまくいかず、意識のない生き物になってしまう可能性があった。
しかし、融合を試みなければ、リンの死は100パーセント避けられなかった。
そこでリーダー夫妻は、生命維持装置を積んだ救命ポットにリンと護衛ロボットのナナを乗せ、この地へと発射した。
なぜこの場所が選ばれたのか。
それは、この星に巨大隕石が衝突することを知っていたからだ。その際の被害が少ないこの地へ、リンたちを逃がしたのだった。
ここへ来てから、ナナは装置にエネルギーを送るため、魔物を狩り、その体をエネルギーに変換して補給し続けた。最初の100年程は順調だったが隕石衝突の影響により、装置は所々破損してエネルギー効率が悪くなり、現状維持のような状態が続く。それでもナナはやり続けた。
20万年の間、ずっと。
「そうして、ようやくリンに会えるとこまで来たのニャ。吾輩はリンを守ることだけでこの年月を過ごしてきたニャ。
だからリン……お願いだニャ」
ナナのこれまでを聞き、まだ謎は多かったが、ナナが今までこの山で一人でどうやって過ごしてきたかを考えると、アレンは目頭が少し熱くなった。
その時、少女――リンの指先が動いた。
ナナは再び呼びかける。
「リン! 吾輩ニャ! 『Advanced Quantum Intelligence & Living Automaton-07型』ニャ! 戻ってきてくれニャ!!」
少女はゆっくりと口を開く。
「……だからぁー。長いのよね。何だか可愛くないし。『ナナ』でいいでしょ……」
目を閉じたまま、寝言のようにリンは呟く。
ナナは体を震わせながら下を向き、アレンはそれをなるべく見ないように周りを見ていた。
やがて――。
「う、うーん……あれ?
ここは……?」
銀髪に薄紅の目をしたリンが、ゆっくりとその瞼を開いた。




