第5話 アレンと天女の泉
「金色の眼……まさか、キミが『山神様』か!?」
アレンは動揺しながらも、何とか声を絞り出して猫に問いかける。
猫は金色に輝く瞳をまっすぐアレンに向けたまま床を叩いた。すると、猫を囲んでいた透明の半球体が浮き上がり、猫はそのまま一歩、二歩と近づいてくる。
「おまえ、やっぱり普通の人間じゃニャいニャ?」
語尾はいつも通りだが、不気味さが漂っている。
少なくとも、さっきまでの緩く友好的な雰囲気ではないことが、ひしひしと伝わってきた。
「ま、前にも言ったが、普通の人間だよ」
アレンは震えながらも、精一杯答える。
猫はアレンから目を離し、カプセルをちらりと見る。そして、妙な文字の浮かぶ板に触れた。
『ニ゛ャ?!』
猫は何を見たのか、ものすごく驚いた様子だ。
『測定不能ニャ……』
猫は少し呆然としたが、ふと我に返り、アレンを見つめ直した。
だが、今度は逆に猫の方が怯えるように警戒している様子だ。
「お、おまえの目的はニャんだニャ?!」
アレンは状況がまったく理解できないが、緊張が高まっていることは分かっていた。
「俺は本当に普通の人間だ。そして、キミに危害を加えるつもりもないし、こちらも争いを望んでいない。
この山に来たのは、山神様に会い、天女の泉の水を分けてもらえないかお願いしに来たんだ。
決して悪意はない」
アレンは両手を上げて、猫に語りかけた。
「しかしニャ……その惑星エネルギーは尋常じゃニャいニャ。おまえ、もしかしてニャにか曰くつきの装備とか持ってるのかニャ?」
猫はまだ警戒しながら答える。
「そんな特別な装備はないと思うが、気になるなら見てもらってもいい」
アレンはそう言うと、猫の前に剣を差し出した。
猫は剣を隅々まで調べるが、特に変わったところはなさそうだ。
「あとは……あ、このお守りくらいかな」
アレンは首に掛けていた首飾りを外して服から出すと、ぼんやりと光っていた。
『!?』
猫の金色の眼が大きく見開かれ、首飾りを凝視した。
「なんか光ってるけど、これも見るか?」
アレンは猫の前に首飾りを置いた。
『お゛、おま、それ、ニ゛ャ!?』
猫が言葉にならない叫び声を上げるのをよそに、首飾りの上から、さっき猫を囲っていたのと同じ透明の半球体が降りてきて、今度は首飾りを囲んだ。
そして、またあの女性のような声がした。
確認しました。惑星エネルギーの吸収と、それに伴い出力の増加に移ります……
『ユ、ユダの心臓ニャ……おまえ! あれをどこで手に入れたニャ! 持ち主は? 教えるニャ!』
猫は慌てた様子でアレンの顔の近くまで寄ってきた。
その瞳は、元の黒色に戻っている。
しかし、かなり必死な形相で、あの宝石の持ち主に何か関係がありそうな様子だった。
「あれは俺の母さんからもらったもので、詳しくは知らない」
アレンは透明なケースのようなものに囲われた首飾りを見ながら答える。
答えている間も、宝石の光はどんどん強くなっていく。
「あ、これヤバいニャ」
猫はさっきまで乗っていた台から飛び降り、走り出した。
途中で振り返り、
「おまえも早く逃げた方が多分いいニャ」
と言い残し、一目散に洞窟から出ていった。
アレンは輝きを増し続ける宝石に恐怖を覚え、剣を拾い上げて全速力で洞窟を抜け出した。
アレンたちが洞窟を抜け出してすぐ、洞窟の奥から激しい光とともに、暖かいというより少し熱い風が吹き抜けてきた。
アレンは洞窟から少し下がったところに避難していたが、光が通り過ぎた後、再び絶望の光景が目に飛び込んできた。
「雪崩だ!」
アレンは避難しようとするが、すぐ横は崖になっていて、下までは数十メートルありそうだ。
このまま剣を突き刺して、一か八か耐えるしかないか……。
そう思っていると、
「世話がやけるニャ」
と、金色の眼に変化した猫がアレンの元へ飛ぶようにやってきて、アレンの首の後ろを咥え、再び飛び去った。
「ありがとう。助かったよ」
ニコリと笑ったアレンは、少しずつこの非日常に順応していっているようだった。
「おまえには聞かニャいといけニャいことがあるからニャ」
金色の眼の猫はそう言いながら、アレンを連れて洞窟から少し離れた岩場に着地した。
アレンは荷物袋から水筒を取り出し、ひどく渇いた喉を潤した。
「それにしても危ないとこだった」
「そうだニャ。まさかおまえがアレを持っていて、しかも装置に取り込ませるニャンて思わニャかったニャ。
危うくこの星が爆発するところだったニャ」
アレンは水筒の水を勢いよく吹き出した。
「ゲホッ、ゲホッ……なんだって?」
「まあ、何とか持ったみたいだニャ。良かったニャ」
アレンはとんでもない話を聞いたような気がしたが、もうそれ以上聞くのはやめた。
素体適合進行100パーセント……
修復統合率100パーセント……
維持装置を解除します……
洞窟の奥では、また女性のような声が響いていた。
アレン達は避難した岩場の上で、少し落ち着きを取り戻していた。
「ところで、やっぱりキミというか、あなたは『山神様』だったのか……ですか?」
アレンは少しよそよそしく猫に問いかける。
「違うニャ。吾輩はニャニャニャ。まあ、実際に人間が吾輩を何と呼んでいるかは知らんニャ」
恐らく、このニャニャニャという猫が山神様で間違いなさそうだ。
アレンは今までのことを思い出し、そう確信した。
「じゃあ、ニャニャニャさんに聞きたいことがあるんだけど」
「ニャニャニャじゃニャいニャ。吾輩はニャニャニャ」
アレンの表情が少しひきつる。
しかし、相手は山神様なので、少し愛想よくしようと自分に言い聞かせる。
「ごめんなさい、ニャニャさん。
それで、お願いがあります」
猫は前足をダンダンと踏み鳴らす。
「ニャニャじゃニャいニャ。吾輩はニャニャニャ!」
そう言って猫は、アレンを少し睨みつけるように見ながら、怒っている様子を見せた。
何言ってんだコイツ、という状態で顔から表情が消え去るアレンだったが、何とか気を取り直して少し考える……。
「えっと。『ナナ』さん? でいいのかな?」
アレンが問いかけると、猫は満足げに頷く。
「そうニャ。吾輩はニャニャニャ。正式名称はニャがいから、ニャニャと呼ぶニャ!」
アレンは色々と言いたいことが喉元まで出そうになるが、大事なことを優先するべきだと飲み込んだ。
「じゃあ、ナナさん? 天女の泉……昔、少女を助けた時に『飲んではいけない』って言ったらしい、人間の怪我や病気が治る湧水のことについて教えてもらいたいんだけど」
アレンは真剣な眼差しで本題を切り出す。
ナナは少し思い出すように動きを止めたあと、アレンに前足を差し出す。
アレンはすでに乾燥肉を2つ用意して、ナナに手渡した。
「それは多分『プレス』のことかニャ? 吾輩が変換した惑星エネルギー残渣ニャ」
よく分からない言葉が並ぶが、アレンにとっては、その水があるかないかが重要なので、話を続けていく。
「その『プレス』というのは今もあるのか? 俺の母さんが重い病気にかかっていて、それを求めてここに来たんだ。その水をもらえるなら全部やるから! お願いします!」
アレンはそう言って、荷物袋から残り全ての乾燥肉を出した。
「ニャ? 前に残渣を排出したのがニャニャじゅう年前だったかニャ。まあ、吾輩にとっては捨てるものだし、別にいいニャ」
アレンはパッと表情が明るくなり、深く頭を下げた。
「それで、どこに排出すればいいニャ?」
排出? 言葉の違和感に少しの不安がよぎったが、アレンは空の水筒を差し出した。
「これに汲んで帰ろうと思ってた」
アレンが差し出すと、ナナは水筒の上に跨り、左後ろ足を上げる。
じょぼぼぼぼぼ……
「え? お、おまっ? ちょ?」
アレンは絶叫するが、動けない。
「ふう。スッキリしたニャ」
アレンは、ほのかに暖かい水筒を見つめて絶句したまま固まっていた。
「……これって……?」
アレンは生暖かい水筒を見つめながら、ナナに聞く。
「惑星エネルギーを生命エネルギーに変換した残渣。つまり『プレス』ニャ。おまえ達に分かりやすく言うと『圧縮された霊力』かニャ」
前足を舐めながら、ナナは機嫌よく話す。
「圧縮された霊力……」
アレンは水筒を見つめながら、自分の記憶を改ざんしようと必死になっていた。
これは天女が舞い降りた泉の水だった。
そうだ。
そうだった。
俺は水を汲んだ。
それ以外は俺は何も見ていない。
アレンは水筒の蓋をきつく締めながら、目を閉じてブツブツと呟いた。
「少し様子が変わったみたいニャ」
アレンのことを指しているのかと思ったが、ナナは洞窟があった方向を見ていた。
「どうした?」
「生命維持装置が停止寸前ニャ。戻ってみるニャ」
そう言って、ナナはアレンを連れて洞窟に戻った。
洞窟の奥から、少し暖かい風が流れてきていた。
そして、奥の球体内部のカプセルが音を立てて開いた。




