第4話 アレンと金眼の猫
なんだろう……
暖かいな……
ここは……
どこ……
!?
アレンははっと目覚めた。
ほんのりと、どこからか暖かい風が流れてくる。
周りを見回すと、どうやらどこかの洞窟のようだ。数メートル先に外の光が見える。
なんだか暖かいな。
火でもおこしたのかな?
猫なのに?
そう考えながら、洞窟の奥から来る暖かい風を辿ってみる。
少し歩くと広い場所に着いた。
そこには、ぼんやりと光る丸い……
「なんだ? あの……玉?」
アレンは恐る恐る近づいていく。
大きさは直径3メートルくらいで、全体が薄緑色に光っている。
よく見ると、所々、外装が剥がれ落ちたり、穴が開いたりしている部分がある。
穴からは、アレンの指くらいから腕くらいの太さまでのパイプのようなものが、ちぎれたような状態でいくつか飛び出していた。
そして、そのパイプの数本から暖かい風が流れている。
「これは……一体……?」
アレンが立ち止まり、謎の球体を観察していると、何か大きな影が洞窟の入口へと入ってきた。
アレンはそれを見て、瞬時に洞窟の陰に隠れながら剣を抜く。
「あれはグランドタイガーか。やばいな、逃げられそうにない」
アレンは観念した思いで剣を構えるが、膝は小刻みに震えていた。
だが、グランドタイガーは入口に寝転がったまま、ピクリとも動かない。
何かがおかしい。
そう思っていると、グランドタイガーの頭がユラユラと揺れ、その巨体の下から見慣れたはずの猫が顔を出した。
「ニャ!」
アレンは目を閉じて息を吐き、呼吸を整える。
固く握ってなかなか離れない剣を鞘に収め、猫に近づいていく。
「おい、ひとつ聞いていいか?」
「ニャんだニャ? また肉くれるのかニャ?」
「……返答次第だ」
少し呆れた顔でアレンは返す。
「ニャんだ?」
「このグランドタイガーはキミが倒したのか?」
アレンは横たわる5メートル級のグランドタイガーを指さして尋ねる。
「グランドタイガー? ニャんだそれ。こいつは『ちょっと固い肉』ニャ」
グランドタイガーをポンポンと叩いて、猫は言う。
アレンは唖然として言葉が出ない。
普通なら、訓練された軍の小隊。
冒険者なら、B級のパーティーか、ソロならA級といったところの獲物になる。
そのレベルの魔物が目の前に転がっている。
しかも、討伐したのは猫だ。
あまりに情報が渋滞しすぎてパニックになりそうなところを、グッとこらえる。
「とりあえず食うニャ」
猫はもう一度、グランドタイガーをポンポンと叩いた。
食う?
これを?
血抜きもしていない様子に見えるが、調理はどうするんだ?
アレンが精一杯自分を保っていると、猫はそのまま齧り始めた。
「ニャニャ! 食べるニャ!」
パクパクと、空間を削っていくように、猫の口周りからグランドタイガーが消えていく。
「うそだろ……そのままいくのか?」
しばらく眺めていると、猫の動きが止まった。
「人間にはもうちょっと小さい方が良かったニャ?」
猫が右前足を軽く振ると、グランドタイガーの前足がドサリと落ちた。
どれほど切れ味の鋭い刃物で切ったのかと思うほど、綺麗な断面だった。
「それなら食えるニャ」
そう言って、相変わらずグランドタイガーが猫の中に消えていく。
アレンは既に考える限界を超えていたので、とりあえず受け入れることにした。
「なあ、焼いて食ってもいいか?」
アレンは開き直って猫に聞く。
「焼いてどうするニャ? 固い肉は人間も食えるはずニャ」
「人間は普通、生肉で食わないんだよ」
そう言って前足を掴み、少し外へ歩く。
アレンは前足を平らな岩に置き、目をつぶって小さく呪文を唱え、右手の人差し指と中指を前に出しながら集中する。
「スウィング」
アレンが発した瞬間、指先から複数の風の刃が前足に襲いかかる。
スパスパと音を立てながら、前足から毛皮が剥がれていく。
アレンは肉と骨になった前足に続けてクレアを唱え、肉が浄化されたことを確かめた後、荷物袋から取り出したスパイスを肉に振りかけ、ジルで火をおこす。
火加減を調整するためか、枯れ木に移さずに指先で火を調整する。
「ニャんだ? いい匂いがするニャ」
気づけば、猫が寄ってきていた。
「もうすぐ焼けるが、キミも食うか?
まあ、あれだけ食ってまだ入るならだけどな」
アレンが振り向くと、そこには既にグランドタイガーが跡形もなかった。
アレンは何も言わずにそっと肉に向き直り、焼き加減に注意した。
「よし、焼き加減はこんなもんかな」
アレンは腰のベルトに平行に取り付けられたケースからナイフを取り出して肉を切り、そのまま口に運ぶ。
「お、なかなかうまいな」
アレンは満足げに一切れ切り落とし、猫に与える。
猫は既に二本足で立って、前足を揃えて突き出している。
「ニャ! うまいニャ! 固い肉のくせに!」
気に入ってくれたみたいで良かった。
「燃やすとうまいとは知らニャかったニャ」
少し違う言葉に聞こえたが、アレンも久しぶりの食事らしい食事を噛み締めていた。
「いい感じニャ。染み渡るニャ。
じゃあちょっと吾輩、奥で用事を済ませてくるニャ」
そう言って、猫はトコトコと洞窟の奥へと歩き出す。
アレンの食事の手が止まる。
奥にあるのって……?
「……何があってもいいや、もう」
アレンは考えるのを放棄した。
アレンは目の前の肉を腹いっぱい食べた後、丸薬を数個口に含み、水筒の水で飲み込む。
ここ数日は乾燥肉で空腹を紛らわせていたが、久しぶりにおなかいっぱい食べることができ、満足感に包まれていた。
色々と理解が追いつかない出来事に次々と遭遇してきたが、とりあえずあの猫に聞くしかなさそうだ。
今のところアレンを排除しようとしているようには見えないが、猫が持つ得体の知れない力は脅威であることに違いはないので、慎重にいかなくては。
それにしても、この奥にあるのは、さっき見た玉のようなものくらいしかないように見えたが。
そこで『用事』とは……?
アレンはその言葉に妙な違和感を覚えていた。
まあ、『付いてくるな』とは言われてないしな。
アレンは立ち上がり、奥へと歩き出す。
奥の広くなった場所。
そこにあった球体は最初に見た時とは形が変わり、全体の4分の1ほどが開いていた。
開いた中には楕円形のカプセルのようなものが3つ。その奥で、見たこともない、よく分からない装置のようなものが動いているのが見える。
その装置の上、透明な半球の中であの猫が寝ている。
「なんだこれは……」
アレンは思わず呟いた。
知れば知るほど理解の枠の外に追いやられる。得体の知れない猫が、得体の知れない装置の中で一体何をしているのか……。
「寝てるのか……?」
アレンは球体内部を観察しようとさらに近づき、中を覗き込んだ。
ふと、中から声が聞こえる。
エネルギー変換正常……
現在残エネルギー80パーセント
生命維持装置正常……
素体適合状態24パーセント進行中……
救援装置作動……
突然、誰もいない球体の中から女性のような声が響く。
アレンはすぐに身をかがめて周囲を確かめた。
……誰もいない?
もう一度ゆっくりと中を探る。
球体内部の様々な場所が発光したり点滅したりしている。中には、見たことのない文字が浮かんでいるものもある。
……もしかしてこれは『旧世界の遺物』と言われるものか……!?
この世界には大昔、今より文明の進んだ国がいくつかあった。だが、度重なる争いの結果、最後は神の逆鱗に触れ、一度滅んだとされている。滅びの時を何とか生き延びた僅かな人間や動物が、また長い時間をかけて今に至ったとされている。
そして、滅びる前の遺物が形を残したまま見つかることがあり、『旧世界の遺物』と呼ばれている。
話に聞いたことはあるが、こんなところにもあったとは。
アレンは好奇心から球体の中へと足を踏み入れた。
外から見えた楕円形のカプセルに、丸い窓がついているのに気づく。
3つのカプセルのうち、1つの窓からだけ光が漏れている。
その窓をそっと覗き込むと、目隠しのようなものを着けられ、体のあちこちに損傷を負った少女が、カプセル内を満たす液体の中に沈んでいるのが見えた。
アレンはエリックとサッチェとの会話を思い出す。
『山神さまに昔は生贄を捧げていたって話もある。』
『守り神とも悪魔とも言われていた。』
『少女を3人攫って1人だけ帰ってきた。』
背筋を冷たい汗が流れ、渇いた喉に唾を飲み込む。
一歩後ずさりした際、床にあったパイプに足を取られ、アレンはカプセルに倒れ込んだ。
カツーンという甲高い金属音がした。
アレンが起き上がろうとすると、また女性のような声が響く。
巨大惑星エネルギーを検知しました……
吸収を推奨します……
高純度惑星エネルギー確認……
アレンは何が起きたのか、周りを見渡す。
そこで、金色に輝く瞳でゆっくりとこちらを見ている猫と目が合った。




