第13話 アレンと紅の魔女
ルシアンはカクテルを飲み干し、追加を注文する。
「それでね、ウォーレンが少し気にしているのよ。アンジェの霊穴裂孔って、普通は治らないの。治る可能性があるとしたら、『エリクサー』って呼ばれる最上位の回復薬くらいになるのかしら。一説には、旧世界の遺物と研究されているのよねぇ」
アレンはミルクを手に取り、口に流し込む。
大丈夫。淀みはないはずだ。
「アレン坊やは何か知ってるんじゃないかしら? こう見えてワタシ、結構『オンナの勘』ってやつが、こういう時に働くのよねぇ」
それはたぶん、変態の勘ですね。
アレンは心の中で呟いた。
「さあ、俺にはよくわからないです。薬がよく効いたんじゃないですか?」
アレンはそう答えた。
実際、プレスという薬? が効いたのは確実だ。ただ、その『薬』というのがどの薬を指すのか、ルシアンとの認識が違うだけで、アレンは嘘をついていない。
「うーん。嘘はついてないみたいねぇ……。アレン坊や、本当に知らないみたいね」
アレンの背中に、少し冷たい汗が流れた。
このルシアンという変態は、どうやっているのかわからないが、何か嘘を見抜く方法を持っているのかもしれない。
「へ、へえ。ルシアンさんは嘘を見抜けるんですか?」
アレンは少しぎこちなく質問する。
「あンッ、『魔法士の勘』ってヤツよ」
至近距離から突然放たれたウィンクの殺傷能力は、凄まじい恐怖だった。
アレンは、早く帰りたいと切実に願っていた。
「あと、あの可愛らしいお嬢ちゃんは? まさかアレンの妹じゃないわよね」
アレンは少し考えたあと、口を開く。
「あの子は知り合いから預かって、一緒に暮らしている子です。半年くらい前から、知り合いが仕事で家を空けると一人になるので心配だってことで、家に住んでるんですよ」
アレンは嘘を言っていない。が――。
「ふぅん。『半年前』ねぇ。それってつまり、アンジェちゃんの薬の消費が止まったあたりかしらね?」
アレンはまずいと思ったが、それ以上は口を閉ざした。
「ふふっ。心配しなくてもいいわよ、アレン坊や。アタシは別に『ソレ』を無理やり聞き出そうという気はないわよ。それに、アンジェちゃんとウォーレンの子が、『何か』を守ろうとしている姿を壊したくないわ」
そう言ってルシアンはカクテルを飲み干し、二人はバーを出た。
「じゃあ、今日はありがとうね、アレン坊や。明日またアンジェに会いに行くから。またよろしく頼むわね」
ルシアンは別れの言葉を告げて去っていく。
どこからともなく花びらが舞った。
この辺の人たちに怒られる前に、さっさと帰ろう。
アレンはいつもより少し早歩きで家路についた。
家に帰ると、母さんとリンが外で洗濯物を干していた。
「アレン、おかえりー」
よし。今日も天使は神々しい。
後で買ってきたお菓子を奉納しよう。
「アレン、明日の訓練は少し遅い始まりにするか、中止にするから」
母さんが洗濯物を干しながら、そう告げる。
珍しいこともあるもんだな、と思いつつ、ルシアンが『また明日来る』と言っていたことを思い出す。
アレンは「分かった」と短く返事をして家に入った。
買ってきた品を片付けていると、窓の外に大きな猪がこちらへ近づいてくるのが見えた。
「ナナが帰ってきたな」
外に出ると、母さんとリンも少し離れた小川の近くにシートを広げ、解体の準備をしていた。
もはや、アレンの家の日常光景だ。
そうして、いつも通りに夜が更けていった。
夜が明け、鳥が鳴き始める頃、アレンの家のドアがノックされた。
ドアを開けると、予想通り、あの迷惑な変態だった。
また花びらが舞い散りそうな予感がしたので、アレンは昨晩、庭に準備しておいたテーブルと椅子に案内する。
椅子に座ったのは、ルシアンと母さんと俺とナナ。
リンは家で本を読んでいる。
ちなみに、今読んでいるのは、強いお姫様が悪者をやっつける話で、一番のお気に入りらしい。
まあ、ウチの姫なら、先に護衛達が悪者を全部やっつけるんだが?
「それで? アタシに聞きたいことっていうのは……って、それより、アンジェちゃん。貴方の隣にいるのは、もしかして『特級』かしら? 『紅の魔女』と『特級』が並んで座ってるなんて、アタシのこの目で見ないと信用できないくらいの話ね」
アレンは、また新たに聞いた『紅の魔女』という言葉に反応して、アンジェを見る。
アンジェは深いため息をひとつ吐き、ルシアンを睨んだ。
「その名で呼ぶんじゃないよ、ルシアン。ここにいるのは、今はただのアンジェ。『紅』に用があるなら、今からでも場所を変えるわよ?」
アンジェは冷たい笑顔でルシアンを見つめている。
いつもの柔らかな母さんはどこへいったんですか。
アレンは少し動揺した。
「あら、ごめんなさいねぇ。アタシも驚いちゃったから。つい、ねぇ」
ルシアンはアンジェの凍てつくような視線をものともせず、指先を口に当てて笑顔で返した。
「で、話を戻すわ。アタシに何を聞きたいことがあるのかしら?」
ルシアンがそう言うと、アンジェはナナをちらりと見た。
ナナは少し頷いたあと、切り出す。
「吾輩はニャニャニャ。実は、アンジェ姉さんが持っていた『赤い宝石』。ウォーレンというクズからもらったものらしいのだけど、それをどうやって手に入れたのか知りたいニャ」
ナナは、最近では母さんのことを『アンジェ姉さん』と呼ぶ。
動物は本能的に序列を作ると聞くが……ちなみに、アレンはアレンのままだ。
「あら、可愛らしい子猫ちゃんの割に、かなり流暢に喋るわね。『赫焔竜』以来かしら。どちらにしろ、特級で間違いなさそうねぇ」
ルシアンは少し楽しそうにアンジェを見る。
「いいから、知ってるのか知らないのか、さっさと答えろ。この変態マジシャン」
アンジェはテーブルをバンと叩いた。
……母さん。何かに乗り移られましたか?
僕は本気で心配です。
「そうねぇ。アレをアンジェちゃんに渡したのは、ウォーレンたちと離れて半年くらいしてからだったわねぇ……」
ルシアンは目を瞑って空を仰ぎ、語り始めた。
アンジェが霊穴裂孔を患ったあと、傭兵として行動を始めたウォーレンたち。
ある日、雇われた軍からの依頼で森の調査をしていたところ、偶然、旧世界の遺跡を発見した。
内部は広かったが、所々壊れていて、扉が開かない場所もあった。
数体の遺体のようなものがあったが、不思議と腐敗した様子もなく、しかし、どれにも生命反応はなかった。
そうして遺跡内を探索していると、透明な入れ物の中で浮かぶ『赤い宝石』を発見した。
ウォーレンはそれを手に取ってみると、わずかに霊力を回復する効果があることに気づいた。
アンジェの症状を和らげることができるのではないかと思い、ルシアンに預けてアンジェのもとへと運ばれた。
「とまあ、こんなところかしら。アタシが思うには、アレのおかげで、アレン坊やを出産するときにアンジェちゃんも助かったと思うわよ。だってアンジェちゃん、ずっと握りしめてた……」
ルシアンの眉間に、高密度の熱球の礫が飛ぶ。
ルシアンに当たる前に無数の花がそれを受け止め、辺りに花びらが舞った。
「余計なことは言わなくていいんだよ。殺すぞ?」
アレンはガタガタと震えている。
ナナも横で目を丸くして固まっていた。




