第12話 アレンとルシアン
アレンとナナの訓練も、はや半年以上が経っていた。
初めは苦労していた霊力の緻密な操作も、今ではかなり上達し、さまざまな応用ができるほどになっていた。
朝から山へ行き、夜まで特訓して家に帰る。
そしてリンの練習台……いや、真心のこもった手料理を笑顔で平らげる。
食後は温泉へ向かう途中で倒れ、そのたびにナナから『天女の泉』を飲まされて回復する。
そんな日々を繰り返すうち、アレンの霊力と体力は同年代とは別格なほどに成長し、なぜか毒薬や病気への耐性まで上がっていた。
3日に1度の休みには、ナナが補給のために山へ行く一方、アンジェから魔法学の指導を受ける。午前中に指導を終え、昼からは休む。それが、この半年間のアレンの日常となっていた。
そんなある日、午前中にアンジェから魔法学を習ったあと、昼ごはんを作っていると、家の扉を誰かが叩いた。
「はーい。どなたですかー?」
リンが奥から出てきて、ドアを開ける。
そこには、貴族が山へ狩り遊びに来たような格好をした、中肉中背で爽やかダンディな男が立っていた。
「あら、可愛いお嬢ちゃんね。こんにちは、アタシは『ルシアン・レインハート』。紅のま……アンジェちゃんの古い友人よ。アンジェちゃんはいるかしら?」
アレンは、エリックと同じくらいの爽やかダンディかと思ったら、まさかの濃さに固まっていた。
すると、奥からゆっくりと母さんが現れた。
「久しぶりじゃない、ルシアン。わざわざ家に顔を出すなんて」
「あら、アンジェちゃん。ご機嫌よう。いや、ここ数回、ギルドの子豚ちゃんに預けた回復薬が減ってないみたいでね。ちょっと気になっちゃって、顔を見に来たのよ。でも……あら? 元気そうじゃない?」
ルシアンという男?は、母さんを全身、上から下まで見回す。
てか、サッチェ。子豚呼ばわりされてるぞ。
「ええ、おかげさまでね。かなり良くなったわよ。やっぱり生まれ育った田舎の空気がいいのかしらね。ふふふ」
母さんは、にこやかにルシアンを見つめて返す。
少し目が怖いです。
「あら、そうなの。それは良かったわ。へぇ……やっぱり田舎には、よく効く『何か』があるのかしら?」
そう言って、チラリとリンを見る。
「リンちゃん、お姉ちゃんはちょっとこの人とお話があるから、奥で本の続きを読んでいてくれる? すぐ終わるから、ちょっと待っててね」
母さんは優しくリンの頭を撫でてそう言うと、
「はーい。じゃあ、ルシアンさん、またねー」
と手を振りながら、奥の部屋へと入っていった。
「アレン、ちょっとこの変態と外に出てくるから。リンちゃんをお願いね」
「あらあ、変態だなんて、アンジェちゃん。久しぶりに会う仲間に酷いわあ。個性よ、こ・せ・い」
そう言って、いつの間にかどこからか出した薔薇の花を口にくわえてウィンクする。
その瞬間、部屋中にさまざまな花びらが舞い散った。
母さんはため息をつきながら、変態と外に出ていった。
変態っているんだな。
あと、この花びらを片付けるの、俺!?
花びらの片付けが終わり、ほっと一息ついて昼ごはんの支度を再開する。花びらが舞った瞬間、フライパンに蓋をしたので、何とか無事だったのが救いだ。
そして食器を並べていると、母さんが帰ってきた。少し不機嫌そうに見えたが、出迎えたリンを見た瞬間、笑顔に変わった。
その後はいつもと変わらず、3人で食事を終えて、アレンは街に買い物に出る。
本当はゴロゴロしたかったが、あの迷惑な花びらのせいで、調味料がいくつかダメになった。
本当にクソ迷惑な変態だったな。
アレンはそう思いながら村の雑貨屋を訪れ、買い物を済ませて店を出ると、ちょうどばったり迷惑な変態に出くわした。
「あら? アンジェちゃんの可愛い坊やじゃないの。アレンちゃんだったわよね?」
そう言ってウィンクする。
「ああ、こんにちは、ルシアンさん。では、さようなら」
アレンはそそくさとその場を後にしようかと思ったが、腕をつかまれる。
「あん、寂しいわねぇ。せっかく会ったのに。ちょっとアタシとお喋りしましょうよ」
アレンはこの半年でかなりの力をつけてきた自負があったが、つかまれた腕はピクリとも動かない。
母さんの話では、確か魔法士だった気がするが、やはり冒険者を生業としている人たちは想像以上だな、とアレンは自然と感心した。
「アレン坊やも聞きたい話とかあるでしょ? お父さんの話とか?」
母さんから聞いたクズ親父の話は、あんまりこれ以上聞きたくはなかったが、どうにも振りほどけなかったので、観念してギルド併設のバーに連れていかれた。
ルシアンはカクテルを、アレンはミルクを注文して、カウンターの端に座る。
「まあ、まずは改めましてね。アタシはルシアン・レインハート。アレン坊やの両親と昔、一緒に冒険者をやっていたのよ」
父親が冒険者だとは聞いていたが、母親も冒険者だったと聞いて、アレンは妙に納得した。
いや、うん。なるほど。
「アレン坊やがアンジェちゃんから昔の話を聞いてるか知らないけどね。多分、あなたの父親、『ウォーレン』については、酷い感じに聞いてるんじゃないかしら?」
はい。人間のクズと聞かされております。
「あまり母は昔の話をしませんね」
アレンは少し大人だった。
「そう。アンジェちゃんには黙っておいてほしい話になるんだけどね。ウォーレンはそんな悪いやつじゃないのよ……」
ルシアンはアレンの父親について語り始める。
17年くらい前、ここから離れた東の大陸にある国で、竜による被害が起きた。
人間の国を襲って楽しむ竜。人間の言葉を操り、生贄を要求し、破壊の限りを繰り返していた。
そんな国にたまたま滞在していたアンジェたちは、国からの要請で竜退治を依頼された。
アンジェたちはその国の辺境伯の領地に赴き、領内にある竜の住処で竜と戦い、激闘の末に勝利を収めた。
だが、その戦いの最中に無理をしすぎたアンジェは『霊穴裂孔』を患い、自由に動けない体になってしまった。
竜の討伐を知らせに辺境伯の館に来たウォーレンたちに、辺境伯はその手柄とアンジェを要求してきた。
激昂したウォーレンは辺境伯とその家臣を皆殺しにして逃亡。
そして、アンジェとルシアンは除名されていたことにして、ウォーレンは仲間二人と共に、今も傭兵として生きている。
アンジェを無事に逃がしたルシアンは、アンジェの故郷であるこの村へ連れてきたが、そこでアレンを妊娠していることに気づいた。
アンジェはひとりで産む決意をし、ルシアンはできる限りの補助をした。
そして、生まれたのがアレンだ。
その後もルシアンは定期的にギルドのサッチェに薬を預けに来ていたが、実はその薬はウォーレンからのものだった。
ウォーレンからは秘密にしてほしいと頼まれている。そして、アレンのこともアンジェからはウォーレンに秘密にしてほしいと頼まれているということらしい。
「でもね、アレン坊や。本当に嫌いなオトコなら、生まれた我が子に『アンジェ』『ウォーレン』から『アレン』ってつけると思う? ホントに昔から正直じゃないのよね。あの二人は」
そう言って、ルシアンはクスリと笑う。
アレンは、父親がクズじゃなくて良かったとほっとし、
そして父親のような男になりたいと思った。
「じゃあ、母さんが言っていた『酒癖、女癖、借金癖、ギャンブル癖』とかも、本当は何か理由があったとか?」
ルシアンはカクテルを指でクルッと回す。
「ああ、それは本当の話ね。まあ、一般的に見たらクズなのよねぇ。ウォーレンって」
アレンは、やっぱり自分は絶対クズ親父のようにはならないと固く誓った。




