第11話 アレンと鬼教官
「……おい、ちょっとナナ君?
あれは一体なんだい?」
目の前には、傷を負ったブラッドベア。
なんだか随分とお怒りのご様子だ。
まあ、いきなりボコボコにされて拉致られ、ここに連れてこられたんだ。
そりゃそうだろうよ。
「あれは『わりと固い肉』ニャ」
アレンの頭の上に鎮座したナナがそう答える。
黒いふかふかの帽子を被っているように見えるが、不思議と重さは感じない。
「とりあえず実践訓練ニャ。アレン、行くニャ」
以前遭遇した強個体は、推定七メートルの超大型だった。アレンはその強大な体に圧倒され、戦う前から戦意を喪失していた。
だが、今回の相手はブラッドベアの中では小柄な、四メートルサイズではある。が、普通の人間なら一撃で死ぬレベルだ。
コイツ、無茶苦茶だ。
「行けと簡単に言われても、一発もらえば死ぬぞ。オイ」
アレンは剣を構えながらも、膝が震えて止まらない。
「身体強化は使えニャいのかニャ?」
身体強化。ナナが言うのは、多分この世界で『プログレス』という強化魔法を指しているのだろう。
しかし、プログレスは使い方によっては身体への影響が甚大なため、母さんには、どうしようもなくなったとき以外は使うなと言われている。
「一応使えるけど、長時間は使えないし、そこまで威力を上げたら負担がデカすぎる」
アレンはブラッドベアから目を離さない。相手も同じく、こちらを睨みつけている。
「気にすんニャ。実践で感覚を掴むニャ。ガンガン行くニャ」
ナナがそう言い終わる前に、ブラッドベアがこちらへ向かって突進してきた。
「やるしかないな」
アレンは腹を括り、小さく呪文を唱える。
「プログレス!」
アレンの体が一瞬、薄く蒼く光る。
「グォアア!」
ブラッドベアの右腕がアレンを捉え、ものすごい速さと力で飛んでくる。
アレンはその腕の動きをしっかりと見極めて躱し、ブラッドベアの右脇腹に渾身の一撃を叩き込む。
「堅ってえな」
アレンの剣は、完全に胴を薙ぎ払う軌跡を描いていたが、その強靭な体に弾かれた。
「グアッ! グルルル……」
それでも少し血しぶきが上がり、ブラッドベアは少し距離を取った。
「アレン。やるなら一撃で仕留めるニャ」
ナナがポンポンとアレンの頭を叩く。
「いや、全力の本気で行ったよ? 行ったけど、さらに堅いんだよアイツ」
ブラッドベアがまた勢いよく飛びかかる。
アレンは相手が手前に来るまでしっかりと見極めた後、素早く剣を左手に持ち替え、右手を地面につきながら転がるように攻撃を躱した。そのまま左手の剣で、ブラッドベアの左足を薙ぎ払う。
「ニャ。全然ダメだニャ」
左足から少し出血したブラッドベアは、立ち上がって吠える。
「身体強化は場所を絞るんだニャ。意味なく使わないところまで強化するから、効率が悪いんだニャ」
頭の上の鬼が無茶振りをしてくる。
いきなり言われてできるわけねーだろ。
「そもそも刃が通らないんだから、無理だろうがよっ!」
アレンはそう返しながら、目の前で怒り狂って吠えるブラッドベアへの対処を考える。
「剣を体の一部に置き換えるニャ。アレンは前にスパスパ切るやつを使ってたニャ? アレを応用したのを剣に強化して付与するんだニャ。簡単ニャ」
その後も何度かアレンは切りつけるが、せいぜいかすり傷程度が限界だった。
アレンの使う魔法『プログレス』は、使っている間は身体が強化されるが、解除すると疲労が倍増して襲ってくる。使い続けると、解除したときに体の限界を超えてしまうため、短時間での使用を心がけていた。
それでも、疲労は通常の数倍の速さで蓄積していく。
「はぁはぁ、さすがにそろそろきついな」
アレンはそう呟きながらブラッドベアの攻撃を躱そうとしたが、足がもつれて半歩遅れた。
その半歩が致命的な遅れとなり、ブラッドベアの鋭い爪がアレンの背中を直撃した。
「うぁぁぁぁ……あれ?」
その爪はアレンの背中に届かず、数センチ手前で、何か見えない壁があるかのように遮られていた。
「あまりコレをあてにするんじゃニャいニャ」
どうやらナナの防御魔法のようだ。
一応、アレンの体の保護は考えてくれているみたいだ。
それでも、八回、九回と致命傷になりうる攻撃を受けながらも、なんとか立ち向かうアレンだったが、さすがに疲労困憊で、立っているのがやっとの状態になっていた。
「仕方ないニャ。今回は吾輩が特別に感覚を教えてやるニャ」
ナナはそう言って、アレンのこめかみ辺りに両手を当てた。
アレンの体をナナのエネルギーが通過し、体内のエネルギー変化を補助していく。
「まず、眼の強化。よく見るニャ。そして、相手の次の動作を予想して、次に右足に三、左手から肩までを七くらいで受け流しながら、後ろを取るニャ」
アレンは流れるような動きでブラッドベアの攻撃を受け流し、後ろに回り込んだ。
「ここで右肩から指先までに三、剣先から刃全体に鋭さを五、足の踏ん張りに残りの二で振り抜くニャ」
ナナがそう言うと、アレンの刃はブラッドベアの首を胴体から切り離した。
「簡単ニャ」
アレンは疲れのあまり、その場に大の字で倒れた。
そして、意識は暗闇の中へと落ちていった。
「アーレーンー?」
冷たい何かが頬に触れる。
アレンがゆっくり目を開けると、頬に水の入ったコップを当ててくる天使が見えた。
ああ、お迎えが来たのか……
と一瞬、頭をよぎるが、すぐに気を取り直して起き上がる。
「帰ってくるの遅いから冷めちゃったよー」
ああ、そういえば朝飯前の軽い運動に出かけてたんだっけ……
あれ?
アレンは起き上がって状況を確認する。
自分の部屋のベッドだった。
目の前には天使がいる。
なんなら、このまま抱きしめたいな、と考えたが、部屋の入口からこちらを見る不穏な気配の母さんに気づいてやめた。
「朝食作ってくれたんだったよね。ごめんね、遅くなって。今から食べるよ、ありがとう」
そう言って食卓に行くと、用意されたお皿の上に炭が三つ乗っていた。
「おや、母さん、これは?」
アレンはリンと一緒に調理していたはずのアンジェをちらっと見ると、アンジェはサッと目を逸らす。
「アレン、ごめんね。初めて料理したから失敗ばかりして、アンジェお姉ちゃんにもいっぱい迷惑かけちゃった」
今にも泣き出しそうなリンを見て、アレンは覚悟を決め、お皿の上の炭のようなものを口に入れる。
ガキン……と、今まで口にしたものでは聞いたことのない音がして、口の中を埃が舞うような感覚がした。
「う、うまいなぁ。これからさらに練習して、もっとうまくなるんだろ? 楽しみだなぁ」
アレンは笑顔を振り絞ってリンにそう言った。
身体中に変な汗を流しながらも、アレンは男をあげた。
部屋の隅で見守るアンジェも、少し涙を堪えながら我が子の成長を喜んでいた。
その頃、ナナは先程倒したブラッドベアを食した後、山へ戻って救援装置の補給に来ていた。
その救援装置の台の上で、何かが機械に語りかける。
「こちらアブソルート07。『ユダの心臓』を確認。しかし現在は消失した模様。なお、持ち出した『サフィア』様の行方は現在確認中。以上、定期連絡を終了する」
そこには、蒼く光る目をしたナナが座っていた。




