第14話 アレン旅立つ
紅の魔女と変態が一触即発の状況にある中、意を決してナナが割って入った。
「そ、それでその『遺跡』はどこにあるんだニャ?」
ルシアンはアンジェから視線を外し、ナナを見る。
「『遺跡』にはアタシも同行していなかったから、詳しい場所まではちょっとわからないのよねぇ。確か東の大陸にある『ランダ帝国』だったと思うんだけど、あそこも今は隣の『ドキシル皇国』と小競り合いしているから、簡単には行けないかもしれないわねぇ」
ルシアンは、いつの間にか右手に持っていた薔薇をクルクルと回しながら話す。
東の大陸まではかなり遠い。ナナがいくら速くても、三日で往復するのは無理な距離だ。
アンジェはリンを置いて行くわけにはいかない。
となると……。
ナナとアンジェがアレンの方を向く。
とりあえず、アレンも後ろを向いた。
洗濯物が風に揺れていた。
「そうね、『冒険者』なら戦時中の国でも入れるかもしれないわね」
冒険者ギルドは各国に設置されているが、国からの支配を受けない独立した機関だ。
国からの依頼もあるが、民間からの依頼も多い。
魔物の駆除やダンジョンの捜索など、自国の軍では対処しきれない問題に対応するため、国同士の争いにはあまり干渉しない。
そのため、戦時中であろうと冒険者は比較的、国を出入りしやすい。
だが、それは名の売れた高ランク冒険者に許される特権のようなものでもある。
登録したばかりの、名も知られていない新人が誰でも彼でも自由に出入りできるわけではない。
「なら、アレンを鍛えて冒険者ギルドに登録して、さっさとランクを上げて名を上げて、ランダ帝国にある遺跡を見つければいい話ね」
アンジェはそう言ってナナを見た。
「吾輩には三十年、四十年くらいはすぐの感覚ニャ。アレンが名を上げるまで待ってるニャ」
なんだかわからないけど、勝手に俺の進路が決まりそうです。
「アタシもついて行ってあげたいところだけど、今は違うパーティを組んでいるから、ちょっと難しいわね。ごめんなさいねぇ」
変態と一緒に旅をするとか、危険しかないだろ。
アレンは少しほっとした。
「それはそれでいいとして……」
アンジェはルシアンに向き直り、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「じゃあ、これはどういう意味だったのかしら?」
引きつった笑顔を浮かべるアンジェの手には、殴り書きのような文字が並んだ紙が握られていた。
『一生かけて守りたいオンナができちまったから、悪いがこれでさよならだ。
ウォーレン
あと、少ないけど借金のカタに置いてくから、これで勘弁してくれ』
アレンは、もしかして母さんから譲り受けた『父の形見のような装備』は、『父の借金のカタの装備』だったのかと、少し落ち込んだ。
でも、綺麗に整備されてたよ。母さん。
ルシアンは笑顔を浮かべながら言った。
「やーっぱり可愛いわね、アンジェちゃん。まだそんなの大事にしまってるなんて。ウォーレンの『大事なオンナ』なんてね、よぉーく考えたらこの世にたった一人しかいないわよ? ホント、貴方たちって面白いわよねぇ」
クスクスと笑うルシアン。
アンジェは顔を真っ赤にして、ルシアンに火球の雨を浴びせている。
ルシアンの周りには、焼け焦げた花びらが舞いに舞っていた。
あー……後片付けが大変だなー。
アレンとナナは、呆然としてその光景を見ていた。
アンジェとルシアンの茶番劇がひとしきり終わりを迎えた頃、リンが家の外に出てきた。
「アンジェお姉ちゃん、お昼一緒に作ろうー」
いかん。天使の瞳に変態が映る。
アレンが行動を起こすよりも早く、アンジェはリンのもとへ行き、ルシアンの視線から隠すように抱きしめた。
「そうだねぇ、お昼作ろうか。じゃあ、ちょっとお家の中で待っててね。すぐにお姉ちゃんも行くから」
そう言って、リンを家の中へ戻した。
母さん、よくやった。
「あら、あんなに可愛いお嬢ちゃんとお料理だなんて。アンジェお姉ちゃん、素敵だわね。案外、あの子の前だと……」
その瞬間、アンジェが頭上に掲げた右手のひらから、直径五メートルほどの火の玉が出現した。
「ちょっ! ごめんなさいね、あの子には何もしないわよ」
ルシアンが初めて動揺する。
「いい? リンちゃんに何かあるなら、全盛期以上の『紅の魔女』が全力で相手をするから。覚えておいてね」
アンジェが右手のひらをグッと握ると、火の玉は消滅した。
「ホントにアタシの知ってる全盛期以上みたいだわね」
ルシアンは一呼吸置いてから立ち上がった。
「それじゃあ、アタシはこれで。また会ったら、その時はよろしくねぇ」
アンジェはさっきの紙にペンで何やら書き足し、書き終えた紙を丸めてルシアンに投げた。
「あのクズに会ったら渡しといて」
ルシアンは丸められた紙を受け取り、ウインクをした。
いつもの花びらが視界を奪う。
花びらが収まる頃には、ルシアンはどこかへ消えていた。
それから、あっという間に三年の月日が流れた。
アレンは十九歳を迎え、どんどん厳しくなるナナとアンジェの指導も、最近では軽くこなせるようになってきた。
「そろそろ準備期間は終了かしらね」
「ニャ。それでも吾輩より強い肉を見たら逃げるニャ」
「ああ、そんな化け物に出くわさないよう祈るよ」
様々な試練を乗り越えて成長したアレンは、身長百九十センチの筋肉質な体型になっていた。
先日はグランドタイガーの強個体を一刀のもとに切り伏せた。
「アーレーンー! お昼ご飯作ったよー」
天使が悪魔を連れてきた。
今この近辺で、ナナとアンジェ以外にアレンを倒せるものといえば、リンの手料理くらいだった。
そして、アレンが出発する日を迎えた。
まずは、この村から馬車で七日ほど離れたところにある都市『プラシス』を目指し、そこの冒険者ギルドで冒険者として活動を始める予定だ。
いずれ、その名を轟かす高ランク冒険者になるために。
「行ってらっしゃい」
アンジェと抱き合い、別れを告げる。
「餞別ニャ」
ナナは小さな小瓶を渡した。
恐らくアレだ。三年くらいじゃ、そんなに溜まらなかったのだろう。
「アレン、ちょっと」
リンがアレンを呼び、しゃがませる。
頬に、優しく柔らかなくちびるが触れた。
「頑張ってね! アレン」
アレンは、なぜか涙を流していた。
背後から母さんの殺意がひしひしと伝わってくるが、今はどうでもいい。
そして――
アレンは旅立った。
ナナの探す遺跡の謎も気になるが、それよりも自分のこれからの冒険者生活を楽しみに、一歩一歩前に進んだ。
第1章 完
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ルシアンがアンジェの家を訪れた三か月後
とある国の、とある場所で
「あら、こんな所にいたのねぇ」
「おう。マジシャンじゃねぇか。しばらくぶりだな」
「ルシアンの兄貴! お久しっス」
「……ルシアン、相変わらず……」
「アンタたちも変わらないわねぇ? ま、アタシの美貌も変わらないのは同じよねぇ」
「それで、アイツは元気にしてたか?」
「ええ。ホントに霊穴裂孔が治ってたわよ。何があったかまでは詳しくわからないけど」
「そうか。それならそれでいいさ。アイツは自由になれたんなら自由に生きればいいさ」
「あ、それから。はい。ウォーレンの『大事なオンナ』から預かり物よ」
「なんだ、このゴミみたいな紙……」
「なんて書いてあるっスか?」
「……アンジェ、元気、良かった……」
「アンタたちってホント、どこまでも正直じゃないわよねぇ」
「うるせえ」
『私も大事なオトコができた。見たけりゃ見に来い、ばーか』
その丸まった紙を、ウォーレンは大事にポケットにしまった。




