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10話 依頼②

 

 あれからのこと。

 ガルダ達は本当に帰ってしまった。夕日を前にした鳥の如く素早い出立だった。

 しかしフィンは一人ではなかった。ゆっくりと丘を歩く彼の隣には人影が一つ残っている。

 影はポケットに隠れるレルトではない。隣を歩く“彼女“に向かって、フィンは言う。


「にしても、まさか残るとは思わなかったぞ」

「あはは……普通は帰りますよね」


 本件の依頼人──キナイは頭を抑えて苦笑した。焦茶の猫っ毛がモソモソと擦れる。

 彼女も、この判断が常識からズレていることは自覚しているようだ。フィンはますます呆れ、ため息を零した。

 彼女はガルダからの呼びかけをキッパリと断り、“ここに残る“と宣言した。そのまま挨拶も済ませていないフィンに微笑むと、追加依頼として護衛を頼みこんだのだ。“このままだと私は一人寂しく死んでしまいます“と涙目で同情を誘う姿は、嘘泣きと分かっていても庇護欲が湧き出る弱々しさがあった。

 だからこそ、フィンには逆に強かに写った。目的を達成する為に恥を捨てる行動力に、胸の内に住み込んだドブネズミが感心するように何度も頷いたのだ。気づけば一つ返事で依頼を受けていた。


「命あっての物種。商人ならあそこは帰るだろ……俺は嫌いじゃないけどな」


 丁寧な言葉遣いは捨てていた。経験上、この手の相手には不要だろうから。

 明け透けに呆れられたキナイは、誤魔化すように顔の前で手を振っている。


「それはまぁ、依頼破棄ということで費用は補填されるでしょうけど……それじゃ意味ないですから」

「俺は無駄金払う必要がないからありがたいが……」


 連盟の対応にもよるが、下手をすれば賠償金を連帯責任で払う可能性があった。フィンも結構ピンチだったのだ。気づいた時にはホッと胸を撫で下ろしていた。

 おかげで今は気楽に話ができる。


「賠償分も含めれば、多少は利益が出るんじゃないのか?」

「お金を稼ぐだけなら他に方法がありますよ。命の危険がある場所に来る理由としては……うん、薄いですね」

「へぇ……そんなに価値があるのか、ここの葡萄」


 白角鹿(フィア・バーナルハハ)の討伐を熟していたが、実はフィンが受けたのは討伐依頼ではない。護衛依頼も付属的なもので、正式な依頼区分は援農。つまり農作業支援だった。

 キナイの目的はツギハギの丘クノンケ・ナ・バースティにのみ存在する特殊な葡萄。その収穫補助だ。今は収穫用の機材を取りに向かっているところだった。

 彼女は興奮したように握りこぶしを作る。


「ただの葡萄じゃありませんっ。冬空葡萄(スピーレ・ギブリ)。幻の葡萄です!」

「おお、そっか……」


 流石にディルの記憶に葡萄の品種までは入っていなかった。だから彼女が圧を強める程の価値があるのかは分からない。知っている事と言えば、冬なのに収穫可能な葡萄であることと、その使用目的くらいだ。


「確か、ワインの材料にするんだったか?」

「ええ! ウチはワイン醸造の老舗ですから! 冬空葡萄のワインはウチだけの限定品ですよ」

「危険地帯に自生してる訳だし、そもそもの葡萄が取れないんじゃ限定品にもなるわな」


 キナイは人差し指を立てて横に振った。チッチッチと、雀が鳴くように連続で舌を鳴らしている。


「それだけじゃなくて扱いが難しいんですっ。そもそもが低温かつ劣悪な環境で育つ果実なので糖度が高くって、その上果皮が分厚い──つまり甘さと渋さが強い超個性的な品種なんです。しかも一般の葡萄品種とじゃ骨格が違い過ぎるからブレンドで調整も出来ない。妥協を許さない真面目ストイック君って感じで、本当に困ったチャンなんですよ! 下手な職人が触っては安物にすら劣ります。でもウチは大丈夫! 醸造技術は特許ですよ特許!」


 彼女は早口で語り、フンスと鼻息を吐き出した。

 フィンは胸の高さにあるドヤ顔に、どこかレルトと同じ気質を感じ和んでいた。胸ポケットに隠れた当人も楽しげな空気を感じたのかモゾモゾと身を捩っている。姿を見せるようなことはしなかったが、気分が良さげなのはフィンにも伝えわっていた。そして物欲しげなのもお見通しだった。

 精霊は酒を好み、幼精であるレルトも同じく。フィンもそうだ。


「……ちょっと飲んでみたくはあるな」

「興味出てきましたか!」

「くれるの? 何本くらい?」


 首を傾げながら指を3本立てた。自分とレルト用、家族用、保存用である。


「あはは……ストレートにガメついですね」


 サラッと複数要求するフィンに、キナイは苦笑した。

 フィンに恥じ入る様子はない。貰えるものは貰っとけ精神だ。無理ならそれで良いやとも思っている。

 キナイは苦笑を弱らせて指先で頬を掻いていた。


「無理にとは言わないぞ」

「ああ、いえ……もちろん、今回のお礼としてお渡ししたいと思っているのですが……」

「ですが?」


 キナイは気まずそうに眦を垂れさせる。


「実は在庫切れ中でして……新しく作るとなると、一年はお待たせしてしまうかと」

「本当に人気なんだな」


 フィンは素直に感心した。やはり希少な酒は需要が高いのだろう。

 しかしキナイは誇るでもなく人差し指同士を絡めていた。


「あ、いえ……」


 言葉を探すように口をまごつかせた。


「売り切れって事かと思ったんだが、違うのか?」


 フィンの問いに、キナイは苦笑を返す。


「あはは、色々と込み入った理由がありまして……」

「聞いてもいいのなら話して欲しいけどな……なし崩し的に護衛を受け持ってるが、誰を守ってるかくらいは知っておきたい」


 フィンはキナイの目を見て言った。それが例え依頼であろうとも、誰の為に力を振るっているのかは押さえおきたかった。

 フィンは仕組みやら役目やらに興味はない。力を振るう時はいつだって親しい誰かの為だと決めている。それが根っこにある。今こうしているのも、家族の元にいち早く帰る為の基盤作りと、ディルという半身が重ねた苦悩を晴らす為の下準備の為。だからダーラに“次代の王に“と求められても断った。顔も知らない不特定多数の為に動くつもりはないのだ。


 何処と無く親近感もあり、フィンはキナイのことを知りたいと考えていた。

 対する彼女は、どこか気恥ずかしそうにモニョモニョと口元を緩めている。


「ええー、その、そんなに私に興味あります? 意外と情熱的なんですね」

「赤の他人のまま今回で縁切りするなら、それでもいいんだが」

「落差激しくないですか? え、同じ口から出た言葉ですよね?」

「一貫した発言のつもりだけど」

「ええ、極端……」


 キナイは吃りがちに小さく呟いた。

 言葉足らずで困惑させてしまった。フィンは察して補足する。


「ここは護衛が逃げ出すような場所だろ。自分の意思で残る奴に事情が無い方が怖い」

「もしかして何か疑われてます? 私」

「別に警戒してる訳じゃない」


 フィンは淡々と続ける。


「踏み込みすぎってことで拒否するならそれでもいいが、その場合はこれっきり。“どんな事情で動いているのか“くらい知っておかないと、安心して力を貸せないし、依頼の度にこうして頭を悩ませなきゃいけない……こんな探りを入れるようなやり取り、毎回したいか?」

「ごめんですねぇ」

「だろ? 俺も時間の無駄だと思う」

「そこまでは言ってませんよ……」


 キナイは苦笑した。商人なら交渉として探り合うこともあるだろう。“無駄“は言い過ぎたかもしれない。フィンは頭を掻いた。


「まぁ、もちろん俺だって秘密はあるから無理強いはしない。でも動機くらいは共有し合ってもいいんじゃないか、とは思ってる」

「ではフィンさんは、偽名まで使ってどうしてこのような依頼を?」

「親族がクソだから」


 キッパリと言い切った。

 ディルが受けた迫害の対象には、彼にとっての血縁者も含まれていた。フィンが目覚めた時の蔵も、ディルが半ば隔離されていた場所だ。蔵の中には最低限の生活設備と、保存食が大量にあった。可能な限りディルとの接触を減らす為の工夫が、そこかしろに散見していた。彼の記憶の中の親の顔は曖昧になっていた程だ。

 “親族がクソ“というのは、つまり反抗だ。親に捨てられたフィンにとっても、親に見捨てられたディルにとっても十分な動機だった。


 あっさりした回答に、キナイは細かく瞬きを繰り返す。


「……まさか本当に答えるだなんて」

「こっちが求めてる以上、俺から歩み寄る努力は必要だろ」

「学生さんなのにしっかりしてますねぇ」


 キナイは感心した様に頷き、そのまま首を傾げた。


「というかフィンさん、師族様ですよね? 良いんですか貶すようなこと言っても」

「別に良いだろ。それに正直、自覚が持てなくってなぁ……それくらい繋がりが薄いってこと」


 中身が入れ替わっているのだから当然だった。


「それに、血と育ちは別だからな」

「と言うと?」

「流れる血じゃなくて、環境を俺が育てたってこと。だから俺はフィンと名乗っているし、自分の力で稼ごうとしているって話」

「分かるような、分からないような……」


 キナイはグデグデと首を揺らす。

 フィンは苦笑を漏らす。


「要するに、反抗期だよ」


 そう簡単に纏めた。

 急に型に嵌めるような言葉が出てきて、キナイは乾いた笑みを零した。元も子もない。そう良いたげだ。

 フィンは肩を竦めて話の締めとした。


「ま、俺はこんな感じだけど……」


 キナイに向けて“どうする?“と伺うように首を傾げる。


「そうですねぇ……」


 彼女は少し考えてから、試すようにポツポツと話し始める。


「その……私、若いでしょう?」

「まぁ……そうだな」


 フィンは頷いた。彼女は二十六歳。ディルの記憶によれば十分若い区分に入る。

 キナイは続けて言う。


「しかも女ですし」

「そりゃ……」


 ついキナイの胸元を見てしまう。彼女が顔を伏せているせいか、服を押し広げる厚みはかなりのもの。上澄みだろう。

 これで男は無理だろうな。フィンは内心で頷き、そして尋ねる。


「若い女性ってのは、色々得があると思ってたんだが?」

「場合によりけりですよ……私の場合は、ほら、取締役ですから」


 彼女は自嘲の笑みを浮かべる。声も段々と細くなっていく。


「肩書きこそ立派ですが、何もかもが不足しているんですよね……」

「不足してる、ねぇ」

「その肩書きすら、最近背負ったものですから」

「そうだったのか?」


 キナイは頷く。


「以前は父と兄が管理していたんです。当時、私は下働きみたいなもので、やっていたことも……ちょっとした手伝いばかりでした」


 彼女は思い出すように宙に視線を彷徨わせた。少し濡れた夕陽色の瞳が陽炎のように揺れている。


「材料の確保も、その醸造も、肝心な部分に私は関わっていなくて……知識こそ詰め込んでますけど、正直、興味もあんまりなかったんですよね」

「興味がないねぇ……こうして、依頼まで出してるのにか?」

「必要にかられまして」

「込み入った理由ってやつか」


 キナイは頷き表情を沈ませた。息が一瞬止まり、重く吐き出される。


「二人が……居なくなったんです」

「居なくなった?」

「言い方が悪かったですね……本当は、奪われたんです」

「……誰に」

「霊害獣と……ある師族にッ」


 キナイの声は震えていた。音には熱が篭っていて、怒りが喉を締め付けているのが伝わってきて、フィンは瞳を細めた。

 彼女は続けて言う。


「二年前のことです。父達は例年通り、冬空葡萄を確保する為に護衛依頼を出していました。私のように連盟を通すのではなく、ウチのワインを気に入ってくれていた師族の方に、直接依頼する形で」

「例年ってことは、通例だったのか?」

「はい。契約書も交わされていたらしくって……だから父も、依頼が通る前提で予算を組んでいたようです。なのに……」


 キナイは肩を震わせ顔を伏せた。ここまで動いていた足も重く止まる。

 二人の間に数歩分の距離が空き、その隙間を冷風が通り過ぎる。


「……断られたのか」


 振り返ったフィンは続くだろう言葉を引き継いだ。

 キナイは頷き、しばらく沈黙した。フッと短く息を吐いて言う。


「どのような形で断られたのかまでは、知りません……ですが、連盟の方に聞きました。父が愚痴を溢していたと」


 連盟の運営は依頼主からの信頼によって成り立っている組織だ。依頼人であり、父を亡くした実の娘に対して、確度の低い情報を渡すようなことはしないだろう。彼女の語りは“可能性の高い予想“だと、フィンは内心で頷いた。


「内円地区への移動費は馬鹿になりません。父も無駄金にするのは嫌だったでしょう」

「商人なら当然だな。それで連盟への依頼に切り替えたのか」

「ええ。なんとか冬空葡萄を確保しようとして……命を落としました」

「霊害獣か」

「そのようです……種類までは、分かりませんけどね」


 もし分かっていたら、その霊害獣を指定した討伐依頼も出していただろう。そうフィンが確信できる程に、彼女の声には悔しさが滲んでいた。

 きっと当時も護衛を付けていただろう。今のキナイと同じように。それでも死んだ。恐らく護衛ごと殺されたのだ。死人に口なし。情報が不足しているのはそれが理由だろう。フィンは頭の中で完結させた。分かり切ったことをわざわざ聞いて、彼女の足をこれ以上重くするつもりはなかった。

 妙に重たい空気とフィンの気遣うような視線を感じてか、キナイが咳払いを挟む。


「──まぁ、その分ウチのワインにはプレミアが付きましてね! 蔵を開けてファンの方々に売り捌くことで、なんとか醸造所を維持する資金は確保できた訳です! 」


 彼女は努めて明るい声で言った。無理な発声は掠れている。

 フィンは指摘せず、むしろ意識して表情と声音を柔らかくして言う。


「金は大事だからな。まずは手堅く資金を確保するとは、やるなキナイさん」

「そうでしょう、そうでしょう! ふふふ、急造のトップとしてはまずまずじゃないでしょうか!」

「そうか……急だってのに、トップとしてやってく覚悟があるんだな」

「もちろんですとも! だって……だって──」


 キナイはクシャリと顔を顰め奥歯を噛み締める。


「だってッ悔しいじゃないですか……理不尽な霊害獣も、横暴な師族も……そんな奴らに家族の積み重ねてきたものを潰されるのはッ!」


 空元気の反動か、キナイは泣き笑いのような顔を一瞬浮かべ、すぐに顔を伏せた。

 彼女の表情は見えない。しかし震える肩から察するものはある。フィンはそっと彼女の肩に手を添えた。素直に凄いと感じた。ダーラに“王になれ“と言われて逃げている自分とは大違いだ。

 己の弱さに身を震わせる彼女が、眩しく思えた。


「キナイさんの父も兄も、相当なやり手だったんだな」

「……ですね。今ならその凄さが分かります」


 キナイは小さく笑い、取り出したハンカチで目元を抑える。

 彼女はスンスンと鼻を啜って言う。


「ふふ……私も、今回の件でその師族様に話を持ち込んだのですが、御目通りも出来ずに突き返されましたよ」

「そいつは腹が立つな」

「全くです」


 声に芯が戻っている。そう察し、フィンは彼女の肩から手を離した。

 フィンは軽くなった空気に合わせて言う。


「それで一か八か連盟に? 他の人員も連れずにってのは、ちょっとどうかと思おうけどなぁ」

「冷静でなかったのは認めます。私、焦ってました……」


 キナイは胸に詰まっていた熱を逃がすように息を吐いた。そして頷く。


「あの醸造所を守る事ばかり考えて、周りが見えてなかったんでしょうね」

「……後悔してるのか?」


 キナイは顔を上げた。そこには苦笑が浮かんでいる。


「まぁ、それなりに……他の人達も止めてくれたんですが、勝手に押し切って来ちゃいましたから」

「思った以上にお転婆だな」

「私も自分で驚いてます。いい年して恥ずかしいですよね」


 ははは。キナイは単調に笑うと、誤魔化すように前へとステップを踏んだ。大股で、小柄な彼女でも距離を稼げる。立ち止まっていたフィンと立ち位置が入れ替わった。


「でも……」


 彼女はくるりと振り返る。雨の日に傘を回すように。


「こうしてフィンさんに会えました。行動した結果です」


 キナイは笑った。子供のような笑みだ。

 フィンはむず痒くなって肩を竦めた。


「俺も一応、師族だって分かってるよな?」

「でもこうして守ってくれてますよ? ちゃんと、誠実に」

「現状、隣を歩いてるだけだが」

「そうでしょうか?」


 キナイは意味深に笑みを深めた。“気遣ってくれているのは分かっていますよ“と副音声が聞こえてくる。

 フィンは返事の代わりに首の後ろを撫でた。

 彼女は満足そうに頷いて言う。


「依頼を出したのも、護衛の人達と帰らなかったのも……後悔はあっても卑屈にはなってませんよ。判断は間違っていませんでした。今ここで、私がそう言ってるんだから間違いありませんっ」

「清々しい結果論だな」

「いいじゃないですか! そういうものでしょ、出会いなんて」


 キナイはあっけらかんと言い切った。

 そういうものかもしれない。フィンは胸ポケットの重みを感じながら納得した。


 ──閑話


「まじか……」


 フィンは大きく口を開けた。

 キナイが冬空葡萄を収穫、搬送するために準備していた重機──キャタピラダンプは想像以上にゴツい見た目だった。まさか見上げるサイズとは思わず、唖然としてしまった。

 依頼現場である森や丘を移動するのには確かに適任だろう。それに内円地区は霊気によって植物が活性化し、街中であっても悪路が基本。他の依頼現場に移動する上でも賢い選択だった。

 しかし重々しいヘルメットを小柄なキナイが着用する姿には、凄まじい違和感があった。


「これ、動かせるのか?」

「バリバリですよ! ダンプの運転は誰よりも得意ですから!」


 そう言って彼女はゴツいキーを回す。地鳴りのような音と共にダンプが鼓動し、ドドドと重低音を響かせた。

 その中心で、キナイは眩い笑みを携えて何本もあるレバーを軽やかに操っている。

 その細く小さな指に導かれて、巨獣が侵略を始めた。


「……すげー」

──(かっこいい)!」


 フィンは人間界で一番の衝撃に口を開けっぱなし。レルトはその様子を盗み見て瞳を輝かせた。


 ──閑話休題


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