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第91話 後南朝を考える(3/4)

☆ 美作後南朝の可能性はどうか ☆


もし岡崎前門主が別の所にいたなら一体何処か。後南朝伝説は尾張を始め各地にあるが、応仁以前の伝承があるのが美作。自天王が居たのも、長禄の変が起こったのも美作というとんでもない話だが、気になるのは西陣南帝は美作から紀伊に入り山名に奉じられ、応仁の乱後は美作に戻り子孫を残したという点。(2025/08/04)


美作後南朝の骨子は、小倉宮良泰(聖承?)の四宮 尊義親王(赤松に奉盗された聖承の末子?)が植月で即位(分家設立?)。その子 忠義親王(西陣南帝?)が京で山名宗全に奉じられ、応仁の乱後に山名清成(?)とともに植月に戻り子の尊朝王(?)に譲位(家督譲与?)。35歳で薨去し王子御塚に葬られたというもの。(2025/08/05)


美作の宮家(?)は江戸時代初期に当代 良懐王が暗殺されるまで続き、その分家筋は現代まで続いているそう。代々、天皇に即位したなど鵜呑みに出来ない話も多いが、南朝系宮家の血を引く者がこの地に匿われたこと自体はあり得る話。後世の人が事実を元に話を盛って語られたのが美作後南朝伝承なのか…(2025/08/06)


美作は赤松と山名が守護職を争った地。何れかが小倉宮王子を移したのか。赤松なら嘉吉の乱で奉じた王子を討伐軍が来る前に美作に隠したとも考えられる。この場合、門跡寺院の院主になる機会がない。それでも前門主と呼ばれるのは、赤松が奉じる前に門跡寺院に入り、将来の門主が約束されていたからか?(2025/08/07)


山名が関与するなら、嘉吉の乱の討伐の際、赤松の手にあった小倉宮王子を保護したとかか。しかし美作に連れていく理由は見あたらない。享徳三年に赤松再興を模索する足利義政に宗全が反抗して攻められているが、王子を門跡寺院から連れ出す契機としては弱い。やはり山名が関与するのは応仁の乱からか…(2025/08/08)


☆ 一先ず岡崎前門主の正体を仮定する ☆


無責任な結論は、嘉吉の乱で赤松が小倉宮聖承を奉じようと接触すると、末子(幼子)を託される。赤松は蓮華光院(岡崎寺)に入れられていた末子を盗み出し奉じるも劣勢は変わらず。聖承との約束で幕府の目の届かない美作に逃がす。末子は岡崎寺門主になる予定の存在だったので赤松らは法親王の様に扱った。(2025/08/09)


赤松が美作守護でなくなった後も小倉宮王子(岡崎前門主)は在地の美作菅家党らに護られて成人。兄の小倉宮教尊、従弟の自天王・忠義王らの悲報を受けると小倉宮家の再興を志し、後南朝残党と連絡をとり吉野に入る。後南朝残党は岡崎前門主の二人の王子をそれぞれ奥吉野と熊野で奉じて蜂起…という感じか(2025/08/10)


その後は記録通り、後南朝勢力に奉じられた岡崎前門主と息子兄弟は紀伊有田→紀伊藤白→大和壷坂寺そして飛鳥橘寺へと北進。応仁の乱の西軍主導者 山名宗全は、東軍が奉じる後土御門天皇・後花園法皇に対抗すべく、門主の息子(兄宮)を新主に擁立して京の北野松梅院に迎えた。いわゆる西陣南帝である。(2025/08/11)


山名宗全が亡くなり応仁の乱が終結すると西軍諸将が引き上げて西陣南帝ら(弟と父 岡崎前門主?)は京に置き去りとなる。その後は保護者を求めてか諸国を放浪。二年後、出羽王(岡崎前門主?)が越後→越前→鞍馬に着いた記録がある。出羽ということは北畠家の子孫 浪岡氏のもとに一時身を寄せていたのか?(2025/08/12)


もし岡崎前門主や西陣南帝が美作育ちなら、なぜ乱後に直ぐ戻らず諸国を放浪したのか?実は乱後、美作は敵方(自天王を討ち東軍だった)赤松が守護に返り咲いている。しかし出羽王が鞍馬に現れた翌年、山名が美作を実質的に制圧し帰還の条件が整う。伝承では山名刑部少輔清成と共に美作に戻ったとされる。(2025/08/15)


※次ページ 4/4 へ続く

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