第83話 古典太平記
☆ 古典太平記という物語 ☆
今日は南北朝時代の公卿、坊門清忠の命日。「光る君へ」に出てきた藤原道隆の血筋です。楠木正成の進言に反論し、正成を湊川へ出陣させたことでも有名。NHK太平記でもイメージ通りの俗人と描かれてました。ただ、後醍醐天皇との関係をみると単なる代弁者か…代わりに汚名を被ったようにも見えます。(2025/04/11)
古典太平記の、物語としての完成度が高過ぎるのが原因と思うんですよね。正成の進言を却下する場面はこれ以上ない流れ。ストーリー上、小悪人を作る必然性は納得です。面白い作品の影で評価を貶められている人が沢山いるんだろうなと同情します。でも、現実だとすれば、それはそれで凄いことですが…汗(2025/04/11)
ホント、ちょっとした行き違いでその後の歴史の流れが出来てしまってます。兎角、歴史とはそういうものでしょうけど、中でも南北朝時代の歴史はまるで創作物のようです。もっと作品が出てもよさそうなんですけどね…(2025/04/11)
作品では、どうしても古典太平記のテンプレートがあまりに素晴らしく、後醍醐帝の側近などを悪者にした方が盛り上がるので、私の小説も少なからず、これに沿ってます。ただ、当時の北朝の関白などは後醍醐帝を評価してたようです。持明院の花園天皇も評価されてたような(うる覚え)(2024/07/12)
☆ 古典太平記の楽しみ方 ☆
古典太平記は軍記物で、これが無ければ、一次資料だけでこの時代を追うことは難しい。だけど創作物でもある。書かれていることが本当か見極めることも楽しみの一つと考えれば良いかと思う。(2021/06/20)
例えば楠木正成と宇都宮公綱の駆け引き。正成を四天王寺から撤退させた公綱に対し、正成は周囲の山々に無数の篝火を掲げて公綱に神経戦を仕掛け、撤退させる……ん?周囲の山々?!生駒山?!あんな遠くに篝火があっても、恐くも何ともないぞ!(2021/06/20)
実はこの篝火の神経戦、正儀にもあります。それと、正行が渡辺橋から極寒の川に落ちた敵兵たちを助ける美談、これも正儀にある話です。たまたまなのか、楠木の流儀なのか、はたして。正儀の話が、正成や正行を祭り上げる為に付け替えられたんじゃないかなという気もします。(2021/06/20)
まったくすごい親子ですよね。何度かあった和睦の機会が活かされていれば、楠木家が河内・和泉の守護大名。そして戦国大名の楠木も面白いですね……あ、でも河内畠山が居なければ応仁の乱もなく、戦国時代が……(2021/06/20)
ちなみに古典太平記には、刑部大輔景繁が三種の神器を荷担して後醍醐天皇を奈良街道の梨間宿まで逃がしたとあります(実際は三種の神器は持ち出せてなかったと思いますが)。この「荷担」が味方することという意味に使われ、後の世に「加担」の文字に変わったとか。まあ、真偽は定かではないですが…(2023/11/18)




