第58話 中世の執事
☆ 足利家以外にも執事はいるの? ☆
いますよ!新田の執事は船田義昌。一騎当千の武者として知られています。楠木は恩地左近。忠義の老臣です。楠木は執事とは称さず、広い意味で家宰としてます。ただ、実在の確証は不明です。('23/07/01)
☆ なぜ執事、家宰、家老と呼び名が違うの? ☆
その辺りを整理し始めたら論文が書けそう……極簡単に、誤解を恐れずに言うと、雰囲気的には家宰が戦国期に家老という名に変わった感じです。家宰は総領家の家政をみる私的な存在です。家によっては呼び方が違ってたりもしますが、室町期までは広く使われた名称です。('23/07/02)
一方、執事はもう少し公的な印象で、はじめは別当の別名として登場し、院や摂関家の家政を預かる者や、鎌倉幕府の政所や問注所を将軍に代わって管理する長官の名称として使われていました。('23/07/02)
では何故、足利や新田の家宰までが執事を称したかですが、これは想像ですが、関東の御家人だったから、幕府を身近に見てそこで働いたことで、幕府機関で用いられていた執事という言葉を私的な家宰にも用い始めたのかなと。(間違ってたらごめんなさい。誰か訂正ください)('23/07/02)
しかし、足利が将軍家になったので、そのまま執事が室町将軍の公的な家政を預かる役名になったと同時に、鎌倉幕府の名残で政所など役所の長官にも政所執事などで名が残りました。ですが、将軍家の執事という名は管領に置き換わり、また政所執事などの名も室町幕府の終演と伴に消滅します。('23/07/02)
あ、室町将軍でなく足利将軍ね。執事から管領に変わった時期は、まだ室町殿が出来る前なので(汗)('23/07/02)
私の小説は長いのでお薦めしづらいですが、執事から管領に名称が変わっていく過程が出てきます。ちょうど第28話の頭からですね('23/07/02)
☆ 高師直の後任の執事 ☆
言われてるより、足利直義と高師泰の関係って悪くなかったんじゃないかな。足利尊氏が高師直と行動を共にしていたように、直義と師泰も行動を共にすることが多かったようだし。策略と言われるけど、観応の擾乱では、師直の後任を師泰に打診し、結果的には息子の師世を執事に据えてるし。('24/05/25)




