第51話 楠木紀行 河内源氏 1/2
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☆河内源氏と橘氏☆
#楠木紀行 No.14
ここは河内源氏館の跡。近くには源頼信、頼義、義家の河内源氏三代の墓もあります。この地を相続したのは義家五男、源義時。その嫡流は蘇我系後の石川氏として鎌倉中期まで隆盛を誇るも、徐々に楠木氏が台頭し主導権を奪われます。ちなみに徳川家康の家臣、石川数正はこの石川氏の子孫。('24/06/19)
#楠木紀行 No.14補足
清和源氏の二代目は源満仲。母は橘繁古の娘なので満仲から別れた河内源氏も橘氏の血を継いでます。安和の変では藤原氏に与し、密告で左大臣源高明、橘繁延らを追放。橘氏とは秘密を共有するほど近い関係だったのでしょうか。後の河内源氏も橘氏との関係が続いていたのでしょうか?('24/06/19)
#楠木紀行 No.15
河内源氏初代の源頼信が、東国で乱を起こした平忠常を鎮圧した際、頼信の下に参じた伊予橘某が東国に所領を得たそうです。伊予橘氏と河内源氏の繋がりは清和源氏始祖の源経基が藤原純友討伐で伊予に下向した時とされます。清和源氏は皇別橘氏とも、伊予橘氏とも関係深かったようです。('24/06/20)
#楠木紀行 No.15補足
源頼信の墓は、孫の源義家の墓の南側。山の中なので今回はあきらめました。頼信から孫の義家までの三代は、源氏館の場所が、近くの壺井八幡宮の辺りにあったとも言われています。とするなら、後世に伝わる河内源氏館跡は曾孫の源義時に始まる石川氏の館跡ということになります。('24/06/20)
#楠木紀行 No.16
河内源氏の二代目、源頼義の墓です。前九年の役では鎮守府将軍となった頼義の下で橘氏も活躍してます。河内源氏家臣の橘孝忠のほか、伊予橘氏の橘義範、出羽橘氏の橘貞頼・頼貞兄弟です。はたして、頼義に従って河内に定住し、楠木氏の祖先となった橘氏はいたのでしょうか?('24/06/21)
#楠木紀行 No.16補足①
源頼義の下に参じた橘氏のうち、河内源氏家臣とされる橘孝忠。板東の兵を率いて奥州に駆けつけたとあります。源頼信によって東国に所領を与えられた伊予橘某の子なのか。この橘孝忠の子や孫の誰かが河内源氏の郎党として河内に住み、子孫が楠木氏になった可能性はないでしょうか。('24/06/21)
2/2へ続く




