第49話 楠木紀行 竹内峠 2/2
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☆楠木石切場と楠木氏☆
#楠木紀行 No.8補足②
古墳時代後期からある石切場なら、楠木氏の名字より、小字楠木の地名が先にあったとしてもおかしくはありません。この楠木石切場、奇しくも楠木氏が滅ぶ中世に使われなくなったというのも気になるところです。('24/06/13)
#楠木紀行 No.8補足③
楠木一族は金剛砂や辰砂を採掘する鉱山業者の一面を持っていたとされますが、その原点がこの石切場にあったような気がします。凝灰岩から他の鉱物にも手を広げ、辰砂が採れる赤坂、金剛砂が採れる金剛山と、南に勢力図を広げ、水分に館を移したとすれば納得しやすい。('24/06/13)
#楠木紀行 No.8補足④
この楠木石切場(小字楠木)は大字太子ではなく大字山田では?とも言われています。そこで調べると、確かにろくわたりの道は大字山田ですが、その東向こうの石切場の辺り(小字楠木)は、なぜか大字太子の飛び地があって、大字太子でよいみたいです。('24/06/13)
#楠木紀行 No.9
太子温泉で休憩。お湯に浸かって旅の疲れを癒しました。昼食はおすすめの卵かけご飯。美味です。隣にはバイク神社があり、バイカーたちの聖地(?)になっています。ろくわたりの道がこちらにも続いており、太子温泉からも楠木石切場跡の近くまで行くことが出来ます。('24/06/14)
☆竹内峠と二上山城☆
#楠木紀行 No.10
ここは竹内峠。平安時代、長谷寺の観音像の材料である楠の巨木を運んだ際、狭い峠を通すために梢を払い、これで身枌観音を作ったと伝わります。二上山万葉の森に車を停めて、楠木氏の二上山城跡へ登山(ハイキング?)が出来ます。('24/06/14)
#楠木紀行 No.11
この二上山の上に楠木氏河内国七城の一つとも伝わる二上山城があります。楠木石切場はこの城跡から西の山裾。「楠公の鎧掛松」があったそうですが、明治になり大風で倒れたとのこと。東条からは外れていますが、種々の伝承が残るこのあたりは楠木にとって重要な地だったのでしょうか。('24/06/15)
#楠木紀行 No.11補足
詳細不明ですが、この楠木氏河内国七城というのは、いわゆる楠木七城とは別物のようです。本拠の東条にあるのが楠木七城。東条以外の河内の拠点が楠木氏河内国七城ということでしょうか。ほかにも楠公十七支城と呼ばれるものもあるようです。('24/06/15)




