第48話 楠木紀行 竹内峠 1/2
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☆梨堂(楠氏堂) と ろくわたりの道☆
#楠木紀行 No.4
大阪堺と奈良葛城を結ぶ竹内街道。日本最古の官道(国道)です。南北朝の戦乱期には多くの軍兵が行き交いました。県境近くの街道沿いには、梨堂(楠氏堂)や楠木石切場、二上山城跡といった楠木所縁の地があります。('24/06/10)
#楠木紀行 No.5
竹内街道近く、ヘリポートのある小山沿いが大字山田小字梨堂という地域。農家の方に教えて頂きました。楠木氏を指す楠氏堂が転じて梨子堂/梨堂となったらしいです。昔、この辺りに楠木館(?)があったのでは?と想像が掻き立てられます。('24/06/11)
#楠木紀行 No.6
この細い小路が「ろくわたりの道」。今はグリーンロード以東を指すようですが、郷土史書を見ると竹内街道沿いの歴史資料館の裏の小路が起点。まるで梨堂(楠氏堂)と楠木石切場を結ぶために作られた小路のようにも思えます。まずは起点からグリーンロードまで。('24/06/12)
#楠木紀行 No.6補足
梨堂という地名の云われとなった楠氏堂(楠木館?)があったとすれば「ろくわたりの道」の起点近くでしょうか。航空写真を見ると、起点近くの工場や、小山の上のヘリポートなど幾つか平地が確認できます。('24/06/12)
#楠木紀行 No.7
続いて、グリーンロード以東の「ろくわたりの道」です。楠木石切場跡の近くまで歩きました。「ろくわたり」は「麓渡り」かと思ってたんですが、どうやら「鹿渡り」のようです。この辺りには、他にも鹿向谷や鹿谷寺跡など鹿の名がつく場所があります。('24/06/12)
☆楠木石切場☆
#楠木紀行 No.8
森の向こうが楠木石切場跡。そこが大字太子小字楠木です。楠木氏を河内出身とする説では名字の云われの有力地。1998年の発掘調査で古墳時代後期から中世まで使われた大規模な遺構と判明。この石切場を仕切った一族だから楠木氏と呼ばれるようになったのか?! 千早赤阪村までは車で15分。('24/06/13)
#楠木紀行 No.8補足①
楠木石切場跡は二上山の西の麓です。この山からは白い凝灰岩が採れ、高松塚古墳などの石室にも用いられました。古代から石切場が山の東や南にも作られおり、楠木石切場もその一つ。山の上には楠木氏が造ったと伝わる二上山城跡があります。('24/06/13)
2/2へ続く




