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第47話 楠木紀行 いにしえの時代

カクヨムへの転載に際して写真は割愛しています。写真をご覧になりたい方は、Xにて「#楠木紀行」で検索ください。


☆いにしえの時代☆


#楠木紀行 No.0

南河内に行ってきました。ちょっとマイナーな楠木紀行を順次UPしていきたいと思います!('24/06/09)


#楠木紀行 No.1

ここは旧古市郡の尺度郷、県犬養三千代の出身地。そうです、女傑、橘三千代です。橘氏はこの人に始まりました。尺度から楠木氏の本拠である東条の北端(当時)までは5km、車でわずか10分です。橘氏を称する楠木氏の本拠がこんなに近いのは、単なる偶然なんでしょうか。('24/06/09)


#楠木紀行 No.1補足

三千代は地方官僚の娘という低い出自から成り上がったバリバリのキャリアウーマン。最初の夫、美努王が筑紫大宰率(太宰府長官)として九州に下っていた間に、藤原不比等と結ばれて後室となり、安宿媛(後の光明皇后)を生みます。似た者同士で引かれあったのでしょうか。('24/06/09)


#楠木紀行 No.2

敏達天皇陵です。ここも楠木氏の東条北端(当時)から車で10分くらい。橘三千代の最初の夫、美努王の曾祖父にあたる天皇です。つまり三千代の息子で、臣籍降下した橘諸兄に始まる橘氏は、源氏や平氏のような皇別姓でもあるのです。ただし、孫の源氏、曾孫の平氏と違い、玄孫の臣籍降下です。('24/06/09)


#楠木紀行 No.2補足

基本、天皇陵は南を向いていて、例外は「玉骨はたとひ南山の苔に埋るとも魂魄は北闕の天を望まんと思ふ」と遺詔したとされる後醍醐天皇の御陵だけだと思ってたんですが……敏達天皇陵も北向(北北西)でした。びっくりです。でも冷静に考えれば、前方後円墳なので、向きなど関係ない時代……納得です。('24/06/09)


#楠木紀行 No.3

蘇我倉山田石川麻呂の墓とされる仏陀寺古墳です。大化の改新で蘇我入鹿を滅ぼす側に回った蘇我氏庶流。その弟が系統を継ぎ、河内源氏以前の石川氏として平安前期までこの地で勢力を維持しました。宗岳(ソガ/ムネオカ)に改姓するも衰退。その氏寺が楠木と関係深い嶽山の龍泉寺です。('24/06/10)

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