第34話 孤児院⑤
重力子の増大による圧死。元の生物が何であったかすら認知不能なほどに遺体は損傷している。空気分子を操作することで光の屈折率を変えて、子供たちに視認出来ない工夫は万全だったとはいえ、流石にやり過ぎた感は否めない。
(未来ある子供たちが絡むとどうしてもな…)
それでも子供たちが無事で良かったと、気を取り直して順に縄をほどいていった。縄をほどき終え、今までの経緯を聞こうとすると、年長の少年が凄い形相で助けを求めてきた。
「助けてください!今すぐ、今すぐ孤児院に向かわないと大変なことに…」
「少し落ち着け。まずは事情聞かせてくれないか?」
話を聞くにとんでもないことが発覚した。どうやらゴロツキどもは二手に別れていたらしく、時間的に今はもう片方のチームが丁度孤児院の襲撃を始める頃合いとのこと。
「…もし天使たちに何かあってみろ。肉片1つ残ると思うなよ!」
今からここに居る子供たちの安全を確保しながら向かっては手遅れになる。他の選択肢として自分たちで帰って貰うのもあるが、これは夜中である以上危険が伴う。それに素粒子支配の能力範囲も限られていて遠くから守るのは不可能。仕方がないが、ことが収まるまでこの空き家で待っていて貰うしかない。
大人しくここで待つように伝え、急いで第1孤児院を目指した。
◇◇◇◇◇
ロイは孤児院内でみんなの帰りを待つが、一向に帰ってくる様子がない。それだけでなく何か嫌な予感もする。直感めいたものだが、悪いときだけは必中と言い換えていいほど当たる。
「お姉ちゃんを抜けば僕が最年長なのに、弱気になってどうする。」
気分転換にロイは孤児院の外に空気を吸いに出た。
外へ出ると普段見掛けない3人組の男。それが最初に目に入ってきた。夜中のスラム街で複数人の男たちが剣を持って歩いている。どう考えても怪しい。この時、無意識のうちに片手を腰にかけてある短剣に伸ばしていた。
「お前はここの孤児なのか?」
「そうですけど、それがどうしたんですか?」
目の前にまで来た男が何かに納得し、軽く頷く。直後、その男の雰囲気が変わったと感じた途端、鞘を付けたままの剣で横から殴り掛かってきた。
「っ!?」
咄嗟に腰にあった短剣を抜き防御。刀身の角度など考えず、業の欠片も感じさせない防御法ではあったが、直で食らうのを防ぐ。それでも力を逃がさないで受けたことにより、今の一刀で手首を痛めてしまった。
「子供にしてはやるな…」
男は素直に称賛の言葉を口にした。しかし、此方はそれを聞くほどの余裕はない。距離を取るべくバックステップして、自分の身の最低限の安全が約束されてからここでやっと落ち着くことができた。
「どうしてこんなことするんですか!」
「決まっている、金のためだ。」
「お金のため…」
「子供を売り払えば、それなりに纏まった金が転がりくるんだよっ!」
リーダー格と思われる男が一気に距離を詰め、剣を叩きつけるか如く上段斬りを繰り出してきた。先の一撃で目が慣れたのか、今回の上段斬りは紙一重でかわすことに成功。だが、攻撃はこれで終わらない。振りきったと思われた剣が、上段斬りの軌道をなぞるが如く下から迫って来ていた。
これに対し、反射的に大袈裟とも言えるほどの距離をバックステップで取り、何とか回避。
「はぁっ、はぁっ…」
「チッ、今のを避けるか。おい!俺はこいつを大人しくさせた後に向かうから、お前らは先に孤児院内に行け!」
「「了解!」」
「やめっ!?」
この瞬間にも隙を見逃さず、攻撃を仕掛けてきた。子供だからと、手加減はするつもりは端からないらしい。今受けている一撃はそれほどに重い。
「安心しろ、お前らを殺すつもりはない。だけど、売り飛ばされた先が変態貴族やイカレ研究者だった場合は、ここで死んだ方がマシだったと思うがな。」
「それが判っていながら何故こんな非道が出来る!」
力の向きをずらし、相手の剣を受け流す。
剣を振り切ってしまい、隙のできた男は後ろへ下がるために重心を傾けるが、子供相手と油断して判断が遅れる。恐らく最初で最後の隙。覚悟を決め短剣を振り抜く。一切の情けを掛けず切り捨てる。そのつもりでいたが、それは突如耳に入る悲鳴によって止められた。
「た、た、助けてっ………」
「ひぃぃっ…」
孤児院に侵入したはずの男たちが怯えきった表情でおぼつかない足を使い、逃げるように引き返してきた。
「リーダー早く逃げないと!」
「あいつは化物だ!もはや人じゃねえ。」
とてもまともな怯え方ではない。手足は恐怖で震え立つことすらままならない状態。気になり孤児院の方を振り向くと、細身ではあるが筋肉質の男が出てきた。片手には素人目から見ても業物だと判断可能な剣を所持している。
そして、その男が此方に歩きながら手を剣に掛けた瞬間、後ろの男たちの声が聞こえなくなった。
突然耳に届かなくなる声。
不自然に思いゆっくり後ろを確認すると、男たちの首が跳ねられている死体が崩れ落ちていた。
「ひっっ!?」
余りに急な出来事で意識が追い付かない。時間が徐々に経つに連れ何が起きたのか理解し始める。
(これは、この人が…)
ここには2人しかいない。ならば、必然的に答えは導かれる。すぐ手前にまで近づいてきた男に問い掛けた。
「これは貴方が…」
「よく判ったな、私が手を下した。」
やはり正解だったらしい。
「危険なところ助かりました。ありがとうございます。」
いきなり人が死んだ光景を目にしたのはビックリしたけど、それでも助けて貰ったことには代わりないからお礼はしておく。
「礼はいい。それより1つ確認したいことがある。君はロイという名前であっているか?」
「はい?確かに僕の名前はロイと言いますが、何で…」
―――知っているんですか?
と続く言葉を男が首を締めに来たことで唐突に遮られた。
その瞬間、何をされたか理解できなかった。しかしそれも一瞬。体の生命維持機能なのか、自分が措かれている状況に意識が即座に追い付く。
そう、今の自分はこの男に片手で首を握り潰されそうになっている。しかも体が空中に浮いているせいで、抵抗しようにも足に力が入らない状態。
「く、苦しい…」
「悪いな。ロイ君、君には死んで貰う。これも世界の為だと思ってくれ。」
理解不能。何が世界の為だ、ふざけるなよ。僕が居なくなったら誰が孤児院を守る。
必死に暴れるも男の腕力が強すぎて、体は微動だにしない。先程のチンピラとは訳が違う。
「ん、んっ…」
「心配するな。他の孤児には手を出さない。誓ってやろう。それに君さえ死ねば、取り敢えず今の所は破滅を逃れられる。」
意識が遠退いていき、視界が霞む。話している内容も聞き取り不能。呼吸が出来ないせいで力が抜けていくし、体が思うように動かない。
もうダメなのか―――――
諦め掛けたとき、孤児院のみんなや今まで育ててくれたお姉ちゃんの顔が頭に浮かぶ。
いや、まだだ!責めて最後に一矢報いてやる!
短剣を握り締め、残りの力を全て振り絞って男の首もと目掛け、刃を振りかざした。
バキィィン―――――
首もと目掛けて振りかざした筈の短剣が、男の薄皮1つ切り裂けずに折れてしまった。
「!?」
「まだ力を残していたか。だが、残念だったな。私にはその程度の攻撃は通らない。せめてもの慈悲だ、一思いに殺してやる!」
男がもう片方の手で手刀の形を作る。
本当に今度こそ…もう打つ手はないと諦め絶望する。そして、希望的観測から来る幻聴なのか、今までとは別の声が辺りに響く。
「てめえ、何してんだ!」
それは途轍もない程の怒気が含まれた声。
◇◇◇◇◇
数分時間を掛け、やっと孤児院に到着したと思ったら、孤児が殺される寸前。宜しくない状況ではあるが、ギリギリ間に合った。
「お前…何でここに居るんだ?」
「素粒子支配…これは予想外だ。少々ズレが生じたか…」
「そんなことは聞いてねえ。」
「あぁ承知している。何故、だったな…それはこの子を殺す為だ!」
ロイの心臓部めがけて手刀が放たれた。
しかし、それを固体レベルになるまで圧縮した空気で防御。この防御に使った空気を次は攻撃に切り替え、思い切り男に叩き付け吹き飛ばした。
叩き付けた威力でスラム街の通路にはクレーターができ、轟音と共に瓦礫が周り散らばる。
常人ならばこれで肉塊。だが、そこは相手も常人ならざる者。全くの無傷。
「相変わらず目を見張る演算能力。よくロイ君を守りながらあれほどの威力が出る。」
アルフレッドは気流操作を行い、1秒にも満たない時間の間に攻防と同時平行でロイを安全地帯まで運んだ。
「ジークフリート、そこまでして何がしたい。」
「世界の救済。あれが死んだとき森羅万象全てが無と化す。概念すらもねじ曲げるその力、人に非ず。大の為に小を切り捨てるは致し方ないこと。」
「そうかよっ!!」
重力子を操り、ジークフリートの重力を数千倍にまで引き上げ押し潰す。重力増加したことで地面が荷重に耐えられず、ひび割れを起こし断裂。クレーターがあった地面は一層崩壊が進む。
「動きにくいな…仕方がない。これならどうする?」
ジークフリートは殆ど重力をものともせず、ロイを直接狙いに行った。
アルフレッドは原子内部にある電子を移動させることで電気を発生させ、雷すら越える電圧の放電でジークフリートの足を止める。
「どこまで堕ちれば気が済む!」
「知れたこと。私の能力は既に承知の筈。破滅をもたらす可能性を排除しているのみ。」
排除…その言葉にアルフレッドの怒りは更に増し、能力を発動させ核融合反応を起こす。この反応によって放出されるエネルギーは原子核爆弾の比ではない。
周りを圧縮空気の壁で覆い、自分と街に被害が及ばない準備を終えた瞬間、摂氏数億度に達するほどの核爆発が起こる。
核爆発の威力は圧巻の一言。
圧縮空気の壁が無かったら、爆風や高熱によりこの辺りは街もろとも周りの草原も焼け野原になっていただろう。
とても人間業ではない。
しかし、これが世界序列一桁。
これが第4位。
たった1人で国を滅ぼすことの出来る化物の中の化物。
それでも…
「流石に今のは私でもキツかった。幾度と体験していなければ、ここでも死んでいた。」
ジークフリートは生きていた。ならこの男もその化物と肩を並べるほどの存在。
そう言い切れるだろう―――――




