第22話 模擬戦③
閃光―――――――
かつてトールがAランク冒険者だった頃に、畏怖と敬意を込め呼ばれていた二つ名。
その二つ名は決して大袈裟なものではく、寧ろ控えめですらあった。
常人では、まず目に追えない。歴戦の戦士であっても捉えることは困難。それほどの素早さを持つ者に閃光という二つ名が与えられる。本来はそうなのだ。
しかし、トールはその常識には当てはまらなかった。
閃光の二つ名を獲ても鍛練を一度足りとも怠らず、毎日続ける日々。何度も同じことの繰り返し。ただひとつのことを極めるために、納得のいくまで反復練習。それをバカのひとつ覚えのように、ひたすらにやり続けた。
何千何万、その動きを繰り返したことだろうか。いつしか、頭を使わなくてもその動作が出来るようになっていた。
ある日、熟練冒険者でそれなりに腕に自信があった者がトールの一刀を見た。
いや、これでは語弊がある。
詳しく説明するなら、トールが歩き出したと思った瞬間、魔物が絶命していた。数秒前まで生きていたはずの魔物が気付かない内にだ。ならトールが攻撃したとしか考えられない。だが、いつ剣を振ったのか全く解らなかった。
いつ魔物の元まで移動し、そしてどのように攻撃を放ったのか全く見えなかった。それこそ、動きの始まりである初動すら捉えることは不能。
その日、この話はすぐに広まり人々はトールのことをより称えた。
まさに閃光、それにふさわしい人物だ。
皆が口を揃えて、そう言い放った。
だがトールは、これでもまだ自分自身を納得させられないでいた。既にこの時、歴戦の戦士すら目で追えない人間の限界に、達していたのにも関わらず。
次の日から自身を納得させるためにも、より鍛練に没頭した。
時が経ち、最早自分が何をやっているのかすら解らなくなったとき、その一太刀は完成した。
全てを置き去りにする一刀。
剣を持つものなら誰しもが目指し、志すもの。
だが、その殆どがそれをなし得ず一生を終える。
剣の終焉にして頂き。
それを見た者たちは、涙を流し歓喜した。
そして、後にその完成された一刀は、最大限の敬意を込めこう呼ばれるようになる……
――――――神閃
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「うおおおっおおっっ!」
神速の一刀に立ち向かうべく、全神経を集中させる。
しかし、何も捉えられない。
自身の持てる全ての力を発揮し、限界すらも越えたその意識化でも捉えることは不能。極限の集中力を持ってなお、まだその一刀は残像すら残さない。
(これですら、まだ…)
そんな、逆境ともいえる状況下の中、スキルレベルアップのアナウンスが連呼される。
【思考加速がレベルアップしました】
【思考加速がレベルアップしました】
【思考加速がレベルアップしました】
思考加速がレベルアップし、更に引き延ばされる時間の中やっとその残像を微かに捉えた。しかし、まだ微かに残像を捉えだけで、到底身体はそれに追い付いてこない。
刹那の時間、一瞬にして第壱の型[制空権]ですら対応できない速度で、その一刀は間合いに入ってきた。
第壱の型[制空権]は、本来人間が自在に使うことの出来ない脊椎反射まで利用した受けの型。これを容易くすり抜けて、間合いに入ってきたトールの一刀は最早、人間業ではない。神業だ。
永劫にも近い時間の中、意識を巡らせ対応策を考える。だが、幾度と対応策を捻り出そうとしても何も思い浮かばない。
それも当たり前だ。
相手の攻撃はただ速いだけの一太刀。小細工を何一つ弄していない、愚直なまでに真っ直ぐな一振り。そんなものに、何か策を立てようにも出来る筈がない。
目の前にまで迫った一刀。
今から何かしようにも身体が追い付かない。見えている残像でさえ、気を抜くと見失う。何もかもが異次元。
(もう避けることも敵いそうにないな…)
身体が動かない以上、何をしても無駄。ならせめて俺を倒すこの一刀、最後まで目に焼き付けよう。
極限にまで高められた集中力を使い、神速の一刀を観察する。
(なんて、綺麗な太刀筋だ。)
刀身に一切のブレが見られない。ここまでの技術を身に付けるのに、一体どれ程の時間が掛かるだろうか。考えるだけでも気が遠くなる。恐らく何千何万と、同じことを繰り返し続けたに違いない。
そして、観察している内にあることに気付く。本来ならあって当然のものがない。
(音が聞こえない!?)
音…それは動作をするときに大小の違いはあれど、必ず生じるもの。剣を振るうのもその例外ではない。
剣を振るえば確実に空気を切り裂くことになるから、振動して音は発生する。なのに今は音が聞こえない。ならば、考えられることは1つだけ…
(音が追い付けていない…)
音すらも置き去りにするほどの剣速。
全てにおいて非の打ち所のない完璧な一刀。
終焉にして頂き。
今この瞬間、神閃が放たれた。
直後、俺の身体はまるでボールのように何度もバウンドしながら、修練場の端まで吹き飛ばされる。吹き飛ばされている間は受け身を取る暇すらなかった。
「………っ…………っ」
声にもならない程の致命的なダメージを受け、意識が消え入る中、最後に審判の静寂を打ち破る声を聞く。
「そこまで!!」
その直後、意識は暗闇に落ち、力が抜けていくと共に気を失った。




