第21話 模擬戦②
始め!その合図が聞こえると共にトールが駆け抜けてきた。一切の小細工を弄さない、先手必勝の突進。最短距離で一直線に攻めてくる。その閃光のような動きで、一瞬で俺の間合いまで詰めて来た。
(クソッ、なんて動きしやがる!)
とても人間が出せるような速度ではない。それこそ、本当に同じ人間なのか疑ってしまうほど。
間合いに入られた今、突きを繰り出すには時間が足りない。もし攻撃に移れば、槍を突き出している最中に反撃を食らうだろう。大気を切り裂く一刀が迫り来る中、すぐさま攻撃の選択肢を捨て、防御に移行。
ガキンッ――――
甲高い金属音が鳴り響く。
トールの短剣が肩に触れる直前、槍を体の元まで引き戻し、なんとか一撃を防ぐ。
短剣使いは自身の素早さを生かし、回数でダメージを与えていく戦闘職だ。だから基本、筋力は他の戦闘職と比べ低くなるはず。それなのに…
(重い…気を抜くと持ってかれそうだっ)
攻撃を一撃防いだだけなのに、とんでもないスピードで体力が削られる。
腕や肩は小刻みに震え、足場である地面は軽くひび割れを起こす。更にひび割れは酷くなっていき、地面が陥没。余りの攻撃の重さで膝を曲げそうになるが、歯を食い縛り必死に短剣を押し返す。
逆に攻撃を防がれたトールは少し意外そうな顔をして、模擬戦前とは似ても似つかない獰猛な笑みを浮かべる。その顔は戦闘を楽しんでいるかのように見える。まるで、此方が本当の顔だと云わんばかりに。
「ハアアッ!」
防いだ短剣を弾き、距離を取るために前蹴りを放つ。
勿論これでダメージ入るなんて甘い考えは持っていない。あくまで牽制。少しでも気が逸れればそれでいい。そんな淡い期待を込め鳩尾を狙う。
しかし、現実はそれほど甘くはなかった。短剣を弾き、仰け反っていた筈のトールが何事もなかったかのように俺の足首を掴む。何時、バランスの崩れたあの体勢から持ち直したのか。そして、どのタイミングで俺の足を掴んだのか全く認識出来なかった。
最早、速いとか遅いの次元ではない。
(なら、これでどうだッ!)
今は前蹴りが防がれ、片足を掴まれた状態。そこから強引に身体を捻らせ、その勢いを使って掴まれていない方の足で上段蹴りをする。上段蹴りの軌道先は顔面。この一撃で拘束から抜け出すつもりだ。
次の瞬間、確かに拘束から脱出することは出来た。
俺が投げ飛ばされるという結果で。
70キロはある俺の身体を意図も容易く投げ飛ばし、その上脇腹に回し蹴りを食らわせてきた。蹴られた衝撃が内蔵に伝わり、胃にあるものを吐き戻しそうになる。
「うぇぇっッ」
吐きそうになる苦痛の中、受け身を取り、地面落下の衝撃を受け流す。
地面衝突の衝撃は受け流したが、回し蹴りはもろに食らってしまった。それにより、内蔵が潰れてしまうような激痛に襲われる。
「ゲホッ、ゲホッ」
回し蹴りの衝撃でかなり消耗した。自分で思っている以上に効いているらしい。鼓動は速く息が荒くなり、視界が霞む。咳き込む度にそこには血が含まれており、吐血する。キーンと、頭の中で響く音。耳鳴りも酷い。
その状態から無理矢理身体を起こし、体勢を立て直してから自分の身体にこれ以上損傷がないかチェックする。
(肋骨に異常はないみたいだな…)
蹴られた後も残る、鈍い痛み。これが刺すような痛みなら我慢してそれで解決だが、鈍痛は身体に響き、長い時間動きを阻害する。
(流石は元Aランク冒険者の蹴り…かなり効いた。)
10メートルは蹴り飛ばされた。何の変哲もない回し蹴りなのに、まるでハンマーで殴られた気分。咄嗟に受け身を取らなかったら、骨折していたかもしれない。
体勢を完全に立て直し、槍を構えトールを見据える。トールは俺が蹴り飛ばされたあと、追撃をしないで様子見。俺を警戒するにしても、力量差が離れすぎている。恐らく、手を抜かれているのだろう。
「予想以上だ。今の攻防を耐えきれるとは思っていなかったよ。」
「それは、トールさんが手加減してくれたお陰ですよ。」
「それでもフェイト君…君は中々やるよ。」
称賛の言葉をくれるトール。しかし、トールはまだ力の半分も出していない。
そんな状況で称賛されて嬉しいと思うか、否。嬉しいはずがない。寧ろ、侮辱に値する。
出だしは先手を取られたが、今度は此方から行かせて貰う。
槍攻撃の中で、最も速度の出る攻撃手段である突きを3連続放つ。
眉間、首、心臓の順に攻撃していくが、すべて短剣で受け流される。
槍の軌道を上手いこと変え、殆ど力を使わずに捌いている。身体能力だけでなく、技も一級品。対戦相手である此方が、見ていて惚れ惚れするほどだ。一体これ程の技術を身に付けるのに、どれだけ時間が掛かるのだろうか。
だが、今は模擬戦。相手の剣技に見とれている場合ではない。
(端から突きだけで行けるとは思っていない!)
突きを捌くのに集中すれば、下半身への注意は自然と散漫になる。そこを狙い、繰り出すは薙ぎ払い。
動作を小さくし、次の攻撃に繋げられるようにする。地面を軽く抉りながら、トールの足へ槍が吸い寄せられる。対してトールはこれを、バックステップを踏み後ろへ下がる。
後ろへ下がることは、前進と違って素早くは動けない。これまでの中で一番のチャンス。
(捉えたッ!)
すぐに槍を手元ヘ引き、渾身の突きを放つ。
「ハァァッッ!!」
完璧なタイミングに角度、これで決めた!
そう思ったが…次の瞬間、トールが目の前から消えた。
それと同時に【危険感知】が最大限の警鐘を鳴らす。
「―――――――ッ!」
本能的にも今すぐ対応しないと不味いことが解った。自分の持てる全てのスキルを発動させる。【魔闘気】【魔力撃】【身体操作】これ等を出し惜しみなしで全力で使っていく。
そして最後は【限界突破】を発動。そこから第壱の型[制空権]の構えを取り神経を研ぎ澄ます。
微量な空気の動き、音、気配、その全てを分析し、これから来るであろう一撃を予測。その分析スピードは【思考加速】を使っても追い付かないほど。それほど正確な分析をして予測しないと次の攻撃は防げない。断言できる。
そして遂にその時は来た―――――
千分の一秒すら満たない刹那の時間、背後から来たのは神速の如き攻撃。対して、脊椎反射を使い限界すら越えた反応速度、第壱の型[制空権]。
脳が与える信号より速く、身体を反転させ、神速を迎え撃つ。




