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失伝第1話 日常



暗闇の中、遠くから俺の名前を呼ぶ声。聞いていて安心するような声だ。


「フェ…ト……早……起き………さい。………聞い……いるの………フェルト!」


肩を揺らされたことで、意識が覚醒し始める。重い瞼を明け目を開くと、いつも通り母さんがいた。


「もう何時まで寝ているの、朝ごはん出来てるから早く起きなさい。」


毎日朝ごはんが出来るまで寝ていて、こうやって起こされる日々。我ながらだらけていると思う。でも仕方がない。すべてはこの布団が悪いんだ!


今は1月で、日によっては雪が降ることもある。そんなクソ寒い季節にふかふかの布団に入ったら天にも昇るような気分にもなる。なら寝ている状態から簡単に起きられる訳がない。そうに決まってる。それほどまでに素晴らしい。出来れば布団教を作りたいくらいだ。


「何、ボケ~ッとしているの?」


「母さん。俺は布団教を作って、布団の素晴らしさを伝えて行きたいんだ!」


「は?…訳の解らないこと言ってないで、早く布団から出なさい。」


そう言って母さんが俺の布団を剥がしてくる。どうやら母さんには素晴らしさが伝わらなかったようだ。


「さ、寒いッ…」


布団を剥がされたことで、カタカタと体が震える。


「寒いのは最初だけ、ちょっとしたらすぐに慣れるわよ。それより早くダイニングに来なさい。お父さんが待っているのよ。」


「毎回思うけど、先に食べればよくない?」


「ダ~メ。家にいるときは出来る限り家族全員で一緒にごはんを食べる。家族ルールでしょ。」


「はい、はい、解りました。今、行くからそう急かさないでよ。」


我が家には家族ルールなるものがある。幾つかルールはあるが、家族全員でごはんを食べる…これも複数あるルールの内の1つだ。でも、何てことはない。どのルールも家族ならして当たり前のこと。只、他の家族と違うとしたら当たり前のことをルールとして定めていることだけだ。それだけだ。







ダイニングに行くとそこには、椅子に座る父さんがいた。


父さんは顔が厳つく、その上歴戦の槍術士だけあって筋骨隆々。髪は燃えるような紅蓮の赤。この厳ついおっさんを子供が見たら、きっと泣き出してしまうだろう。それほど強面。そんな、父さんが眉を中央に寄せて此方を見つめてくる。


「フェルト!!」


家の中に響き渡るほどの声で俺の名を呼んできた。知らない人が見たら、今からお叱りを受けると勘違いしてしまう場面だ。だが…


「父さん腹ペコでもう限界だよ。」


父さんは厳つい顔をしている癖に家族にはめっぽう甘い。まるで、顔とは正反対。それがこの人だ。

特に母さんには駄々甘で、ずっと新婚のようにいちゃついている。見ていて甘ったるくなる程に。


「グレンさんがこう言ってることだし早く食べましょ。」


母さんがそう言い俺と一緒に席に着く。机の上には美味しそうなごはんが並んでいる。メニューは焼きたてのパンと目玉焼き、それとサラダとベーコンだ。見るだけで食欲を誘う。


「じゃあ、全員揃ったことだし頂くとしよう。」


「「「いただきます」」」


先ずは、焼きたてのパンから食べる。パンは焼きたてとのこともあり、香ばしい香りが口の中で広がる。それでいて、ほのかに甘いので、それが香りとマッチして相乗効果でうまくなる。


「やっぱ、マリアのごはんは最高だな。世界一だ!」


「もう、グレンさんお世辞が上手なんだから。」


「いいやお世辞じゃないぞ。マリアの作るごはんなら何でも美味い。」


「本当ですか?」


「あぁ、本当だ。こんなに料理が美味くて、しかも美人。俺は幸せ者だよ。」


「グレンさん」


「マリア」


またですか。なんでこの人たちは、息子の前でこんなにベタベタしてるのかな。確かに母さんは、贔屓目なしで見ても容姿が整っているし、スタイルもいい。髪は金髪で、流れるようなサラサラのロング。貴族の令嬢だと言われれば、思わず信じてしまうほどだ。父さんがベタ惚れなのも解る。それでも、俺の前でいちゃつかないで欲しい。


「フェルト、お前も母さんのような素晴らしい人を探し当てろよ。」


「……は?」


何を突然言い出すかと思えば、母さんのような素晴らしい人を探し当てろだって。そんなに、母さんの自慢をしたいのか。


「俺は心配なんだ。いつもお前は、男友達と遊んでばかりだから、好きな女性がいないのではないかと思って。」


「そんなこと関係ないだろ!」


俺に恋人や想い人がいないからって、余計なお世話だ。そんなの個人の自由だろ。多少強めに言い返した。


「そんなに強く言い返さないでくれよ。」


父さんがいじけたような顔をする。まるで、叱られた時の子供みたいだ。子供がやれば可愛げがあるが、この人がやっても何も可愛くない。だけど、確かに強く当たってしまったかもしれない。一応、謝っておくか。


「確かに強く言い過ぎた。悪かったよ、父さん。」


謝罪すると、いじけて暗くなっていた、父さんの顔が徐々に明るくなり始める。言葉一つで表情がコロコロ変わるなんて、本当に子供みたいな人だ。これも、俺たち家族だから気を許してくれているのだろう。


「父さんも無粋なことを聞いてしまったな、此方こそ悪かった。」


父さんが謝ってくる。父親が子供にこんなことで、頭を下げるなんて普通ないのに、本当にこの人は優しいな。


「それで話は変わるが、もしかして今日も遊びに行くのか?」


「うん、ごはん食べ終わったら行くつもりだけど。」


「最近、遊ぶ回数が増えて訓練する回数が減ったから時間を作って欲しいのだが…」


「週に何回も訓練する必要あるの?」


正直な話、貴族でもない俺がわざわざ毎日、訓練をする必要があるとは思えない。もし鍛えたところで、狩りにしか使わないだろうし。


「もしもの時、緊急事態に対応出来るよう常日頃から鍛えておくことは大事なんだ。それに、身を守るためにもな。」


「そうよ。もしもの時、何かあってからでは遅いの。だから最低限、命を守れるくらいにはやっておきなさい。」


「そんなこと簡単に起きる訳ないだろ。それより、ご馳走さま!」


朝食のあと遊びに行くので、早めにごはんを食べ終える。母さんの料理は絶品だからもっと味わいたかったけど、約束の時間が迫ってるので諦めた。


「マリアの料理は美味いから、もっと時間を掛けて食べればいいのに。」


「約束の時間まで余り時間がないから急いでいるんだ。」


こうしている内にも時間は過ぎて行く。すぐに席を立ち、外出の準備を開始。着替え、歯磨き等の支度を次々と終わらせ、父さんたちが朝食を食べきる前に完了する。


「準備も終わったし、そろそろ本当に時間やばいから行かして貰うよ。」


「暗くなる前には帰って来なさい。」


「分かってるって。」


母さんたちは心配性だなぁ。暗くなったら録に回りが見えなくなるから遊べるわけないのに。


「行ってきます」


「「行ってらっしゃい」」


父さんと母さんは優しげな声で俺を送り出す。


木造のドアを開け、集合時間が迫り来るなか、駆け足で友人と待ち合わせの場所へと向かう。





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