第21話「東京湾侵略編③ 湾岸に現れた悪夢」
西暦2055年4月14日 深夜。
東京湾沿岸。
警報のサイレンが鳴り響いてから、すでに二十数分が経過していた。
だが、街に“秩序”が戻ることはなかった。
「ママ、こわいよ……」
男の子が、泣きそうな声で母親の手を強く握る。
その細い指が震えていた。
母親は言葉を返せなかった。何を言っても、この状況では嘘になる。
ベイエリア。
ライトアップされた高層ビル群が、赤く点滅する緊急警報の表示に染まっていた。
自動走行車両は避難者の搬送を優先し、主要道路には長い車列ができていた。
それは秩序のようで、混乱の象徴でもあった。
警察官、消防隊、自衛隊の先遣部隊が、叫ぶように声を張り上げていた。
「この先は立入禁止です! 速やかに避難を! 後方へ退避してください!」
「聞こえてるか!? 応答してくれ、A4地区が……」
「こっちの避難ルートが詰まってる! 誰か回せ!」
叫びが交差する。命令も、悲鳴も、混ざり合って都市の夜を焦がしていく。
◆
その時。
東京湾——その沖合に、変化が起きた。
海面が、静かに“盛り上がる”。
波ではない。風でもない。
まるで、海そのものが“押し上げられて”いるように——
「……な、なんだ……あれ……」
湾岸施設の警備員が、言葉を詰まらせながら双眼鏡を下ろす。
水平線の彼方。
そこには、黒い“影”があった。
ビルのように巨大で、なのにほとんど波を立てず、海面を滑るように進んでくる。
それが複数。
いや、数えきれないほど。
◆
市ヶ谷・防衛省地下指令室。
「敵影、視認確認されました。推定全長30メートル以上。艦船ではありません。……移動手段不明」
「こっちも映像入った。目視とドローンによる記録——」
大型ホログラムに投影されたそれは、
“兵器”とは言い難い異様な姿だった。
なめらかで、鋼のように硬質な外殻。
腕とも脚ともつかない形状を備え、下半身はまるで四肢を持った海洋生物のようにうねっていた。
だが、その異形は、明らかに“人工的な設計”を匂わせていた。
「迎撃は……可能か?」
吉岡圭吾・内閣総理大臣が言葉を絞り出す。
「可能です。既存の火器であれば、着弾はするはず——ただし、効果は未知数」
「……行け」
「了解。湾岸第1防衛ライン、交戦開始」
◆
横須賀基地・陸上自衛隊第3特科群。
湾岸エリアの地上戦力が、敵影に向けて展開を始めていた。
「目標、複数。敵兵器、距離800、接近中」
「88式地対艦ミサイル、発射準備完了。目標ロック」
「撃て!」
轟音。
複数の地対艦ミサイルが、一斉に夜空を駆け抜けた。
白い噴煙の軌道が、美しくさえ見えた。
直撃。
海面が爆発する。高く舞う水柱。
……しかし、黒い影は——止まらなかった。
「……直撃確認、だが……撃破できていません!」
「なに……!? もう一斉射を——っ」
その時、敵影の一体が、上陸した。
巨大な影が、港湾倉庫のひとつを文字通り“押し潰す”。
ビルほどの重量が建造物を飲み込み、瓦礫が飛び、爆風が走る。
「うわあああああああっ!!」
近くにいた自衛隊員が吹き飛ばされ、警報が再び鳴り響く。
これは、“兵器”ではない。
“侵略そのもの”だ。
湾岸の夜に、最初の絶叫が響いた。
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