第17話:希望の外交線
首相官邸・地下会議室。
外の喧騒とは別世界のように、冷たい沈黙が支配していた。
日本政府――いや、“人類最後の中枢”とも呼ばれ始めたこの地には、各国から膨大な通信要求が届いていた。
「……アメリカ太平洋艦隊、現地指揮官と接続成功」
「旧NATO残存部隊、欧州中部より応答あり。だが内容は――限定的協力との条件つきです」
「豪州空軍、整備支援には前向き。ただし、輸送手段の安全確保が条件です」
通信官が次々と報告を上げる中、東郷誠一郎は一言も発さずモニターを睨んでいた。
「……東郷」
吉岡圭吾総理が、重い声で口を開いた。
「君の見立ては?」
「――半分が“恐れている”、もう半分が“見ている”だけです」
「どういう意味だ?」
「恐れているのは、我々が失敗した時に巻き添えを食らうこと。
見ているのは、我々が成功した時に“乗る”つもりでいる国々です」
吉岡は肩で息を吐いた。
「つまり、誰も最初の一歩を踏み出そうとしない……か」
「ですが、こちらには“切り札”があります」
東郷は、資料の一枚を差し出した。
「この部品供給リスト。旧日米技術協定の延長条項に基づき、アメリカの南部地下倉庫にF-14系中枢プロセッサの保管記録が残っています。
仮に所在が確認できれば、“旧式機の復活”は現実になります」
「その“もし”に全てを賭ける気か?」
「いいえ――“全てを賭けるに値する未来”だと、思っています」
◇
その日の夕刻。オンラインで接続された会議室に、各国の残存首脳・軍関係者が映し出される。
「繰り返す。現代機は敵AIによるハッキングと解析により、ほぼ通用しない段階に入っている」
東郷の言葉に、一部の軍人たちがざわついた。
「我々が提案するのは、“旧世代兵器”による逆転戦略だ。
敵は、旧式兵器の物理制御やアナログ信号に対する耐性が著しく低い。
これは、現場から得た確証に基づくものだ」
「その“確証”とは何か?」
ヨーロッパ代表の将官が眉をひそめた。
「実戦記録と照合された攻撃ログ、および初期遭遇戦での限定的勝利例です。
敵のアルゴリズムは、“新世代兵器”への対応を前提としている。
それが盲点になり得るのです」
「過去の遺物を使う? そんな非現実的な作戦が通用すると?」
東郷はモニターを睨んだ。
「“現実的”とは、何かを生き延びることです。
技術が高ければ勝てる時代は終わりました。
今は、“使える手札”を全て使う。それが生存条件です」
◇
その夜、吉岡総理は内閣官邸の屋上にいた。
防衛庁から届いた報告書を手に、彼は夜空を見上げていた。
「――皮肉だな。未来の戦争を見越していたはずの我々が、過去の遺産にすがることになるとは」
「ですが、“過去”は、我々の礎でもあります」
東郷が隣に立つ。
「F-14Dの修復。旧式部品の調達。
そして……各国との連携。すべては一本の糸の上に立っています。
ですが、糸は繋がり始めている」
「……どこからだ?」
「先ほど、ドイツ空軍の残存部隊から連絡が入りました。
“保有していたミグ-29、トーネード、ハリアーの一部を移送可能”とのこと。
旧型とはいえ、飛べる機体があることは大きい」
吉岡は目を閉じ、小さく頷いた。
「“たとえ過去の力でも、それが人類の未来を繋ぐなら”か。……悪くない言葉だな」
「それは――澪整備士の言葉です」
「……あの子か」
◇
その頃。格納庫21では、澪が一人、作業リストを前に資料を整理していた。
彼女の背中に、整備士たちの視線が向けられている。
「この部品、確かに記録が残ってたって話だったよな?」
「問題は……それが、間に合うかどうかだ」
「でも、やるしかない。もう後戻りはできない」
◇
夜が明ける。
作戦本部に、一本の通信が届く。
『こちらアメリカ第7海軍、臨時作戦支援部隊。F-14関連パーツの搬出に成功。海上経由で日本への輸送を開始する』
格納庫21。
澪の端末に、到着予想リストが表示された。
「……間に合う。間に合わせる」
彼女の視線の先、F-14Dの機体はまだ眠ったままだった。
だが、その沈黙は、やがて轟音に変わる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
作品への感想や評価、お気に入り登録をしていただけると、とても励みになります。
作者にとって、皆さまの声や応援が一番の力になります。
「面白かった!」「続きが気になる!」など、ちょっとした一言でも大歓迎です。
気軽にコメントいただけると嬉しいです!
今後も楽しんでいただけるように執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。




