第16話:未来へ繋ぐ部品
深夜の格納庫21。
わずかに点灯した作業灯の下で、澪は一人、配線図と格闘していた。
「……制御ユニットの代替案、ダメ。端子の規格が合わない。
これも、これも……全部古すぎて、データが壊れてる」
薄い汗が額ににじむ。
だが、それ以上に焦っていたのは“時間”だった。
F-14D──現場の誰もが「飛ばせない」と判断した機体。
それを飛ばすと決めたのは、自分たち。
でも……現実は、あまりにも重かった。
隣では若手整備士たちが、小さな声で話している。
「なぁ、本当にあの機体、飛ばせんのかよ」
「昨日は勢いあったけどさ……プロセッサは手に入らないだろ」
「誰もやったことのない修復を、俺らがやるって……」
澪は工具を置き、ふと立ち上がった。
誰にも言えない想いが胸を押しつぶしそうになる。
(やっぱり、私じゃ無理なのかな……)
そのとき。
「諦めたか?」
背後から声がした。
真壁颯士だった。
彼は作業着姿のまま、整備台に腰をかけて澪を見ていた。
「……いえ。まだです」
「なら続けろ。お前が止まったら、こいつは永遠に飛べねぇ」
「……はい」
短いやりとり。それだけだった。
でも、不思議と心が軽くなった。
「言わなくてもわかる。あの空の続きを、あいつに見せたいんだろ?」
真壁の言葉に、澪は小さくうなずいた。
◇
その夜、澪は寮の自室に戻ると、旧式整備データベースにアクセスした。
検索対象:F-14D、フライトコントロールシステム、国際部品協定。
過去の資料をひたすら掘り起こしていく。
──見つけた。
「……あった。平成期・日米整備技術協定──FCS-04型プロセッサの互換部品供給……」
小さな声が漏れる。
古い協定だが、記録によればアメリカ沿岸の整備倉庫群にいくつかの型落ちプロセッサが保管されている可能性があると記されていた。
(日本じゃもう作れない。でも、他国なら──)
澪は震える手でデータを保存する。
それは、一本の“希望の線”だった。
◇
翌朝。整備班にて。
「この資料……?」
「アメリカの倉庫? こんなの、今さら信じろってのかよ」
「でも……もしかしたら……」
整備士たちの空気が変わる。
諦めていた者の表情に、わずかながら灯がともる。
その背中を、澪は静かに見ていた。
「私は整備士です。
できるかじゃない。やらなきゃならないことが、あるんです」
◇
同時刻。首相官邸・地下会議室。
東郷誠一郎は、一枚の資料を机の上に置いた。
「……これが、旧日米整備技術協定の原本です。
もしアメリカ側の倉庫群が無事なら、必要なプロセッサが見つかる可能性があります」
「アメリカはほぼ壊滅状態だろう。連絡が取れるのか?」
吉岡総理が眉をひそめる。
「政府機能は停止状態でも、軍の一部とは依然として交信可能です。
旧式機の再起動は、もはや我々に残された唯一の選択肢かもしれません」
総理は目を閉じ、静かに息を吐いた。
「……過去の技術に頼るのは、“後退”かもしれない。だが、背を向けたまま滅びるよりはマシだ」
「ご判断を」
「認めよう。旧式機材の国外調達、全面的に進めてくれ。
“今の空”が通用しないなら、過去から借りるしかない」
「了解しました」
◇
夜。格納庫21。
パーツリストが掲げられ、整備班が再び動き出していた。
失われた時間を取り戻すように、誰もが無言で手を動かす。
澪は、F-14の尾翼に手を添えて、そっと目を閉じた。
「もう一度、飛んで。……あの人のために」
その小さな願いが、やがて空を変える力になるとは、まだ誰も知らなかった。




