第13話:兆しと疑念
オペレーションルームの天井から、薄いホログラムの光が揺れている。
演習空域、模擬戦、F-35×2機による交戦シミュレーション。
鳴瀬隼也は、スピア2として指導機の真壁とともに出撃していた。
「スピア1よりスピア2、フォーメーションを維持してください。回りすぎです、鳴瀬」
『了解です。……修正します』
丁寧な口調を意識しつつも、若干の不満が声に滲んでいた。
完全な従順にはまだ程遠い。
敵機役のAI操縦機が急上昇する。真壁はすかさず誘導ミサイルをロックオン。
鳴瀬も反応するが、速度と軌道のズレで機を逸した。
(もう少し、見極めてから撃てばよかった)
僚機支援としての立ち回り。以前なら無視して独断で突っ込んでいたところだ。
だが今回は、真壁のカバーに徹していた。
訓練終了後、真壁は短く言った。
「以前よりは悪くない。だが、まだ“チーム”になりきれていないな」
「……承知しました」
やや悔しげな表情を見せながらも、言い訳はしなかった。
変わろうとしている自分と、それを見ている周囲。
ぎこちない歯車が、わずかに噛み合い始めていた。
◇
格納庫21の一角。
F-14Dの主電源に繋がれた配線が、静かな起動音を発した。
「通電、確認。補助系、生きてます……!」
澪が声を漏らす。
サブモニターに微かに光が点り、古いシステムUIが読み込まれていく。
「主電源はまだ無理でも、これで機体各部のチェックが進められます」
傍で記録を取っていた一人の整備士が微笑む。
「澪ちゃん、やるじゃねぇか。元航空支援隊の誇りだな」
「でも、私だけの力じゃありません。皆さんがいてくれたからです」
「……そういう謙虚なところ、兄貴に似てないな」
その言葉に澪は一瞬だけ視線を落としたが、すぐに笑みを返した。
「“あの人”が見てても恥ずかしくないようにしたいんです」
F-14の金属フレームが、まるで眠りから目覚めたようにわずかに軋んだ。
◇
指令室では、新たな戦況報告が届いていた。
「西太平洋域、F-35部隊が敵機2機を迎撃。損失なし。帰還済みです」
「以前に比べて、敵の回避率が下がってきている。
F-35の挙動に対応しきれていない可能性があります」
報告を受けた真壁が、慎重に言葉を選びながら東郷へ言った。
「ですが、敵の反応が“遅れている”のではなく、“観察している”ようにも見えます。
このまま同じ戦術を繰り返せば、学習される危険もあるかと」
東郷は、ホログラム越しに戦闘記録を見つめながら静かに頷いた。
「敵が戦術AIを使っているなら、遅れは学習の“前段階”だと考えるべきか」
「はい。“こちらの型”を完全に読まれる前に、変化をつけなければなりません」
「そのためのカードが、旧式機……というわけだな」
◇
敵司令部。
複雑な幾何構造の中、幹部らしき存在が淡々と報告を行っていた。
「地球側のF-35、性能は確認済み。現在、個別戦術AIによる再解析中」
「人間による不規則行動が戦術判断に干渉。次フェーズでは抑制行動を優先せよ」
「了解。敵側の旧式機体群、起動の兆候あり。
一部地域にて電波・電源反応検知」
幹部は一瞬だけ沈黙し、やがて冷たい声を発した。
「過去に縋る意思も、排除対象に変わりはない。
記録も記憶も、戦場ごと消し去れ」
◇
夜。
澪は再びF-14Dの横に座り、整備記録をまとめていた。
冷えたコックピットを見上げながら、静かに呟く。
「“飛ばす”準備は、少しずつ……進んでる」
その言葉が、誰に向けられたものかは彼女自身にも分からない。
だが、その声は確かに機体に届いていた。
◇
司令室。
通信解析班から東郷に一報が入る。
「先ほど、地球衛星軌道上で一時的に“重力異常波形”が観測されました。
消失までの時間は1.6秒。現在、詳細を解析中です」
「敵母艦の新たな配置か、それとも別の何かか……」
ホログラムに浮かぶ、途切れた軌道の軌跡。
東郷はその光を見つめながら、小さく呟いた。
「……奴らの“何か”が、動き出したな」
その言葉と同時に、基地全体に静かな緊張が走る。
空は、また変わろうとしている。




