第12話:再び始まる空
格納庫21。
ヘルメットを片手に、鳴瀬隼也は静かにF-35を見上げていた。
無言で作業を続ける整備士たちの視線が、以前とはどこか違う。
それでも──
この空で、まだ俺は何も証明できちゃいない。
◇
作戦司令区画。
ホログラムの戦闘ログが静かに再生される中、真壁颯士は上官である東郷の指示を待っていた。
「F-35による撃墜、戦術評価は?」
東郷の問いに、真壁はやや緊張した面持ちで答える。
「撃墜自体は成功です。機体性能に依存せず、パイロットの判断が機能した結果と考えます。
ただし──敵機の挙動に従来とは異なる変化が見られました」
東郷はホログラムをじっと見つめたまま、静かに問う。
「対応された、というより“対応され始めた”……そう見るべきか?」
「その可能性は高いと考えています。ただ、現時点ではF-35は有効な戦力です。
継続投入は可能ですが、今後の対応スピード次第で有効性は急激に低下する恐れがあります」
東郷は短く頷いた。
「了解した。現状は現行機主軸での運用を継続する。ただし、他の戦力確保も進めろ。
例の“旧式機計画”──あちらの準備状況は?」
「整備班による点検・補修作業は進行中です。
機体フレームや一部電装系の生存確認は取れました。
今後、試験通電とパーツ収集の段階へ移行できます」
「正式に承認しよう。準備を急げ。過去の遺産が、再び役に立つ時が来るかもしれん」
◇
通信解析班。
大型投影装置に浮かぶのは、敵機が発信していた通信信号の解析結果だった。
「──こちらが問題の信号です。古い通信プロトコルですが、形式が一致するものがありました」
「どこと?」
「火星コロニー“アエリウス”のものと、完全に一致します。
廃棄前に運用されていた地球側の衛星間通信プロトコルです」
報告を受けた解析主任は、重く呟く。
「……ということは、あれは“火星由来”だと?」
「直接の断定はできませんが、少なくとも過去に地球人類が関与していた何かが、あの敵機と繋がっているのは間違いありません」
この報告は、すぐに東郷の元へと上げられることになる。
◇
地球上空。
敵母艦の作戦区画。
ホログラムに映し出された戦闘映像を前に、幹部の一人が淡々と報告を続ける。
「地球側、F-35による戦闘能力確認。ステルス性能および誘導兵器を有し、命中精度は中高度」
「記録せよ。戦術解析AIにフィードバック。回避アルゴリズムを更新する」
「加えて、戦場における“非合理な挙動”が確認されました。パイロットによる手動操作と判断」
「了解。次フェーズより、人間的行動特性に基づいた予測モデルを導入。
想定外要素を排除することで、戦場の制御を取り戻す」
幹部の声は冷ややかで、感情の色はなかった。
ただひとつ、“地球側の行動”を一手一手潰すためだけに存在している。
◇
夜。
格納庫21では整備士たちが交代制で旧式機の作業に取りかかっていた。
澪は一人、F-14Dの補助電源系統をチェックしていた。
冷却管の圧、燃料ポンプ、シート配線……ひとつずつ、静かに点検を重ねていく。
背後から真壁がやってきて、工具棚にもたれながら尋ねた。
「進捗は?」
「補助系は生きてます。主電源系は、まだ点かないけど……無理じゃないです」
少しの間、整備場には二人の靴音と工具の音だけが響いた。
「もし……この機体が本当に飛べるなら」
澪が、ぽつりとつぶやく。
「“あの空”を取り戻せるかもしれない」
真壁は静かに言った。
「……なら、お前の手で飛ばしてやれ。アイツが、空へ戻る時のために」
澪は黙ってうなずき、再びスパナを握った。
◇
一方その頃、訓練棟のログ室では鳴瀬が再生されたデータを見つめていた。
F-35による交戦記録。
敵の動きに対して、自分がとった回避と攻撃。
──何かがおかしい。
(あの瞬間……敵の挙動がわずかに緩んだ)
制御のミスか。あるいは迷いか。
戦闘機に迷いなどあるのか?
(いや……“あれ”も考えていた。俺たちと同じように)
気味の悪い直感だった。
だが、それは確かに戦場に存在していた。
◇
整備場では、小さな電源テストが行われていた。
F-14の機体に微かな通電音が走り、メーターのひとつがかすかに点灯する。
それは、かつての空が“まだ死んでいない”という、微かな証明だった。
そしてその裏で──
敵もまた、次の一手を静かに準備していた。
“再び始まる空”
その言葉の意味が、ゆっくりと現実になろうとしていた。




