第11話:F-35の刃
──出撃命令だ。鳴瀬、お前も行くぞ」
格納庫に響いた真壁颯士の声に、鳴瀬隼也の背筋が一瞬、強張る。
すぐに顔を引き締め、整備済みのF-35Aに目をやった。
「任務は南方洋上の偵察機撃墜。相手は単機のはずだが、油断するな。電子支援機は随行している。お前はイーグル2として僚機のサポートに徹しろ」
「了解、イーグル1。……ご指導、よろしくお願いします」
ぎこちなくも丁寧な返答に、真壁は少しだけ口元を緩めた。
「行けるか?」
「はい。飛べます」
◇
「お守り──ってわけじゃないけど、整備リストに載ってない予備パーツ、載せといた」
出撃準備を終えた機体のそばで、神谷澪が工具ケースを抱えながら言った。
「そのくらいのこと、言わなくてもやってくれてるって信じてたよ」
鳴瀬はふっと笑ってから、澪の目を見て言った。
「ありがとう、神谷」
「……無事に帰ってきて。それだけでいいから」
澪の声は、ほんの少し震えていた。
彼女の兄も、この空へ出たまま、戻ってきていない。
鳴瀬はそれ以上、何も言わずにコックピットへと乗り込んだ。
◇
機体がゆっくりと滑走路へと移動していく。
眼下に広がる滑走路、遠ざかる整備士たちの姿。
真壁のF-35が先に滑走し、続けて鳴瀬機が動き出す。
「イーグル1、離陸。イーグル2、続け」
「イーグル2、了解。離陸する」
機体が地を離れた瞬間、鳴瀬の胸にひとつの感覚が蘇った。
初めて空を飛んだ日。命が機体と一体化するような、あの感触。
(俺は……この空に、もう一度立つために来た)
◇
敵機との接触は、出撃からわずか18分後だった。
電子支援機のデータによれば、敵は一機。速度・航路ともに既知のタイプと一致。
「イーグル1、接敵。敵機は索敵範囲内。迎撃に入る」
真壁の声が冷静に響く。
だが敵は、以前と同じではなかった。
「動きが……変則的だ」
「イーグル2、下がれ。カバーに回れ」
鳴瀬は即座に反応し、真壁の背後へと回る。
敵機は巧みに高度を上下させながら、F-35のロックをかいくぐっていく。
「まるで……こちらの予測パターンを逆手に取ってるような……」
敵機は急旋回し、今度は鳴瀬に照準を向けてきた。
電子支援のジャミングが入るが、機体の挙動は落ち着きすぎていた。
「……これは偵察機じゃない。データと違う!」
真壁の声が鋭くなる。
「イーグル2、引くぞ──いや、待て。誘導機関のロックが入った!」
その瞬間、鳴瀬はわずかなチャンスを見つけた。
敵機が旋回に入った刹那、機体の死角が生まれた。
「──射撃管制、照準固定。ミサイル発射」
F-35の翼下から発射されたAAMが一直線に走る。
次の瞬間、空中で小さな閃光が弾けた。
「敵機、撃墜確認……!」
管制室からの声が、遅れて入った。
「イーグル2、帰還せよ。……よくやった」
真壁の声が、いつもより少しだけ柔らかかった。
◇
帰還後の格納庫。
機体のハッチが開き、鳴瀬が静かに降り立つ。
澪が駆け寄ろうとするが、一瞬立ち止まり、少し距離を取って見つめた。
「……よく、帰ってきたね」
鳴瀬はヘルメットを脱ぎ、澪と目を合わせた。
「まだ、始まったばかりだよ」
その言葉に、澪も小さくうなずいた。
◇
一方、司令区画の通信解析班。
「この信号、従来の敵機とは異なる……反応波形です」
「新型か?」
「詳細不明ですが……現行F-35では、解析困難かと」
データを受け取った東郷誠一郎は、無言でその数値を見つめていた。
「──来るぞ。次は、今までの比じゃない」
誰に言うでもなく、静かに呟いたその言葉は、
まるで嵐の前の鐘の音のように、静かに響いていた。




