第10話:突破口の輪郭
空が、再び鳴った。
機動空域N-3、日本列島南西の洋上。
F-35部隊が三機編隊で出撃したその日、ようやく“戦果”が確認された。
「敵機、撃墜確認──」
通信越しの報告に、基地中が静まり返ったあと、拍手が巻き起こった。
長く続いた一方的な敗北の連鎖。それがようやく、初めて“結果”に変わった瞬間だった。
◇
「何が……通じたんだ?」
ブリーフィングルームで呟いたのは、真壁颯士だった。
モニターに映された戦闘ログには、F-35が超音速域で仕掛けた一斉攻撃の軌道が残っていた。
「どうやら──敵の索敵アルゴリズムが、電子信号の“パターン”依存らしいんです」
神谷澪がデータの傍らで答える。
整備班と連携してログを洗い出した結果、ある共通点が浮かび上がっていた。
「F-35のステルス性を維持したまま、一定の周波数帯を使わずに突入した場合、敵側の索敵反応が遅れる傾向があります。
……つまり、限られた条件下では、“見えないまま撃てる”可能性がある」
「条件付きってわけか」
真壁が腕を組んだまま、難しい顔で画面を見つめる。
「ええ。常に使えるわけじゃないです。敵の学習能力を考えれば、すぐに無効化される可能性もある。
でも──現時点で唯一、“通じた”攻撃です」
◇
「イーグル2、訓練空域T-6へ移動開始。通信チェック完了。」
「こちらイーグル1。遅れるなよ。」
通信越しの真壁の声に、鳴瀬隼也は思わず苦笑した。
模擬戦訓練は継続中。F-35の操作訓練において、鳴瀬は着実に結果を出し始めていた。
(……あの日の空と、少し違う)
ほんの少しだけ、風が軽くなった気がした。
“戦えるかもしれない”という実感。それが、彼の肩を押していた。
「……それでも、俺はまだあの空に戻ってない」
鳴瀬は自分に言い聞かせるように呟く。
あの日、仲間が消えていった空。その記憶は、未だ胸を締め付けたままだ。
◇
夜、格納庫21の奥。
澪は静かに整備リストを眺めていた。
「油圧系、補助シリンダー……。やっぱり、こっちの規格とは合わないか」
旧式機──F-14Dをはじめとしたかつての名機たちが、整備架に沈んでいる。
彼女がこの整備に加わってから、すでに何日も経っていた。
表向きには、使用予定のない機体の“点検”という扱い。
だが実際には、政府・内閣官房直轄の極秘プロジェクトとして、“旧式再稼働計画”が動き出していた。
(今はまだ、整備できるのは一部の機体だけ。でも……)
思わず、澪はF-14のノーズに手を添えた。
「……あの空じゃ、この子たちが必要になる。そんな気がするんだ」
遠くから格納庫に誰かが近づく気配がして、彼女は手を離した。
◇
その夜、中央司令区画。
モニターの前に立つ内閣官房長官・東郷恒政は、画面に映る戦闘ログを無言で見つめていた。
「F-35での撃墜──成功したのは事実。しかし、楽観できる話ではない」
背後から現れた真壁が、静かに進言する。
「奴らの解析能力が想定以上なら、次は通じなくなる」
「……それでも、突破口として使えるなら、時間は稼げる。
その間に、我々は“次の手”を完成させねばならん」
東郷は視線をモニターから外すことなく言った。
「真壁。例の再稼働機体の進捗はどうなっている?」
「……パーツの供給が間に合えば、一機は飛ばせます。ただ、実戦には……」
「構わん。まずは空へ上げる。次に必要なのは“士気”だ」
東郷の目が、どこか遠くを見据えるように鋭く光った。
◇
その翌日、鳴瀬は基地内を一人歩いていた。
訓練の合間、整備エリアへの備品搬入を手伝うよう指示されたのだが、いつの間にか見知らぬ通路に迷い込んでいた。
(ここ……見たことないな。こんな奥にも格納庫があるのか)
重い扉を抜けた先、鈍く光る巨大な機体がカバー越しにうっすらと見えた。
風を断ち、時間に埋もれたその姿は、どこか現代の機体とは違う存在感を放っていた。
「なんだ、この機体……」
触れるわけにもいかず、鳴瀬はそのまま踵を返した。
だがその背中を、カバーの奥から“何か”が見つめているような錯覚が、いつまでも残っていた。
◇
風が変わる気配が、確かにあった。
敵にとっても、人類にとっても、それは同じだった。
──けれど、それは“嵐の前”の静けさに過ぎない。
そしてこのとき、誰もがまだ知らなかった。
その“嵐”が、次の瞬間に牙を剥くということを──。




