幸せ・終
生きていく
霊園を出て、レンタカーを走らせて霊園から1番近い海に着いた。
茉姫奈は海に着くや否や、サンダルのまま走り出して、勢いよく海の中に入り「玲依見て! めっちゃ冷たい!」と笑って、楽しそうにはしゃいでいる。
僕は、その微笑ましい光景を笑顔で見ながら、コンクリートの段差の上に座って、色々考えていた。
2年以上も前に出会う事が出来た縁····そもそもを思い出すと、10年以上も前から縁で繋がっていたと考えると、今まで信じてこなかった運命という言葉や、赤い糸なんていうモノも信じるようにもなってしまう。
おもむろに、ワンピースをたくしあげて楽しそうにしている茉姫奈を見る。
やっぱり、茉姫奈からは何も見えなかった。
茉姫奈だけじゃない、あの日を境に人間が放つ、僕だけが見える色が消えていた。
色が見えなくなってから、世界は一層綺麗に見える所もあるし、美化されて、汚く見えるところもある。
今の世界はそのギャップが激しいから、いつの間にか人は傷ついて、死に溢れてしまうのかもしれない。
だから、僕は言えることがある。
死に1番近づいて、そして遠ざかった僕らだからこそ分かったことがある。
苦しくなるまで頑張らなくていい、死にたくなるまで背負おうとしなくていい。
本当に追い込まれた人間は、人が普通何も感じないような些細なことでも死にたくなってしまうし、そうなると自分自身も歯止めが効かなくなってしまうから。
自分に1番優しく出来るのは、紛れもない自分自身だ。
僕も、そうだった。
それが分からなかったから、ことある事にひねくれて、死にたくなってた。
その苦しみが痛いくらいわかるから、僕は自分の思いを言葉にして紡いだんだと思った。
生きてればいい事がある、だからまだ生きてみなさい、なんてどんな聖人が言っても綺麗事で、無責任な言葉だ。
けど、絶対にいつか人は死ぬ。これは絶対に決まっていること。
けど、死ぬのはきっと今ではない。仮に過去に戻れることが出来て、過去の僕が自殺をしようしてるのを見たら、絶対に同じ事を言う。
幸せを知らなかった頃の僕に、幸せというものを教えてあげたい。
あの時、車に轢かれて、死にそうになるくらいまで走って、死が隣で僕の首を締め付けたから身をもって学んだことだ。
「玲依!」
茉姫奈が、僕のことを呼んだ。
はしゃいでいた茉姫奈は、砂浜でサンダルを脱ぎ捨てながら僕の方に向かってくる。
「一緒に歩こうよ」
髪をかきあげながら、僕に手を差し出した。
「いいね」
茉姫奈の提案に二つ返事で了承して、僕も立ち上がって差し出してきた茉姫奈の手を握った。
含羞の顔を見せながら口角を上げて、茉姫奈から絡めてくる手は、細くて、シルクのようで、何度繋いでも綺麗で、付き合ってから2年近く経っても慣れる気がしなかった。
夏の太陽も、少し傾き始めていて、紅い空が茉姫奈を美しく反射させて、影が出来る。
彼女の綺麗な金髪に反射した紅い煌めきは、どんな言葉にも変換しがたい玲瓏たるものだった。
一瞬見蕩れてしまって、手を繋いで歩きながら茉姫奈の髪を惚けた顔で見ているという恥ずかしい状況になってしまった。
まるで、世界がスローモーションになったみたいな。
「見すぎ」
恥ずかしそうに言う茉姫奈を見て、僕も恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
「····ごめん」
「まあでも、見られるの嫌いじゃないからいいよ」
「茉姫奈と丁度太陽が重なってたから」
「確かにそれは、わたしが玲依でも見ちゃうかも、なんかエモいよね」
「エモいって····」
「頭堅いなぁ」
「なんか、辛辣だね」
「このくらいがちょうど良くない?」
確かに、と思ってしまい笑みを零した。
「そうだね」
僕が笑ったら、茉姫奈も頬を少し赤くして、口元が緩んだような笑顔をした。
「····やっぱり、玲依の笑った顔、綺麗だよ」
「うん、ありがとう」
この一瞬を感じるだけで、生きてて良かった、と何度も思ってしまう。
人生を打ち切らずに、自然に死を待つ方が気持ちがいいものだと、感じれるようになった。
僕は茉姫奈と一緒に居る事が生きる意味になった。
でも、僕は大切な人を見つけたけれど、まだ見つける事が出来ない人や、孤独感に苛まれている人がきっと沢山いる。
だからこそ、いつか僕の言葉が産声をあげて、その綺麗事がきっと人に届いて、人を救う愛になると僕は信じてる。
あの時、日差しで見えなかった小説のタイトルは、ずっと思っていたことをタイトルとして認めた。
茉姫奈と出会う前まで、ずっと渦巻いていた感情。
“僕がずっと死にたかったのは”。
それが、僕が書いた小説のタイトルだ。
「茉姫奈」
僕は茉姫奈の名前を呼んで立ち止まり、茉姫奈も立ち止まる。
「僕と生きる選択を選んで、生きてて良かったって、思う?」
出てきた言葉は、自分でも言うのはおかしいけれど気持ち悪かった。
変な事を言った気がして、茉姫奈の顔が見れなかった。
言葉も重いし、人生の本質を突くような発言をしてしまってすぐに撤回したくなった。
僕自身、言っていることも病んでいるような言い方だし、何より茉姫奈に答えを強要している感じになってしまう。
「わたしね、あの時皆勤賞だった学校も休んで、死のうとしたこと、後悔してるんだ」
僕と出会う前に死のうとしていたあの日のこと。
あの日から、僕の止まっていた時間は動きだしたのかもしれない。
「人生は····きっと自分で死なない限り皆勤賞だと思う。だから、学校で取れなかった分、今度は玲依と皆勤賞取りたいな」
笑顔でそう言ってくれて、涙が出そうになる。
温かくて、とてつもなく大きい歓喜が僕の胸を満たして、息を苦しくさせる。
僕が息苦しいのは、生きづらいんじゃなくて、とてつもなく幸せだから。
茉姫奈が笑うのは、僕と生きるのが幸せだと感じてくれているから。
茉姫奈と恋人なれて思った事は、茉姫奈がマッキーだった頃、彼女の笑顔は何処か空っぽだったなと、すぐ感じた。
今は心から笑ってくれている事が分かる。
君を満たすのではなく、幸せで殺せるくらいの愛を。
今まで生きてきて、本当に良かったと思う。
そしてこれからも、生きてきて良かったなと思う瞬間は数え切れないくらいある。
「そうだね。ありがとう」
だから。
これからも。
「茉姫奈」
僕は、茉姫奈の手をもう一度握り直して言った。
「素敵に生きよう」
生きて、生きて。
生き抜いて。
惨めに生きて。
素敵に生きて。
そして死ぬべき時に死ねばいい。
それが、僕が導き出した生きる意味。
どうか、生きる価値がないなんて思わないで。
どうか、自分はどうせ、なんて思わないで。
どんな人でも、幸せになる為に生まれてきて、その権利と絶対的な力は、必ず持っている。
僕からしたら、生きてるってだけで頑張ってるから。
だから、僕からしたら生きているだけで偉いよ。
とんでもなく頑張ってるよ。
きっと、頑張ってるのに報われない人も、苦しんでいる人も、死にたいって思っている人も沢山いる。
その気持ちと戦いながら、今でも頑張って生きている。
そうやって死にたい気持ちと戦って、辛い思いを背負っているのは、逃げずに戦っているから。
普通、そんなことは出来ない。
すごい勇気のある人だ。
とても強い人だ。
そして、底がないほど優しい人だ。
そんなことが出来る強い人を、僕は絶対に笑わないし見捨てない。
だからその頑張りすぎて黒くなった心を、僕に預けて、綺麗にして返して、また歩き出せる勇気を与えることが出来るような人間になりたい。
言葉で、生命は救えない。
けど、心を救う事は出来るから。
どんな感情だって、愛に基づいている。
憎んだっていい、怒ったっていい、時には辛くて逃げたっていいんだ。
だけど、人を愛することは、絶対に忘れないで欲しい。
言葉は信念でもあるし、生き方でもある。
だけど願いではなく、祈りなんだ。
僕が死んでも、その祈りは死ぬ事は決してないから。
だから、生きていく。
姉さんの分まで、繋がった生命を、紡いでいく。
祈りを届けるために、これからも2人で生きていく。
どこまでも続いていく水平線、夕焼けが水平線の曲線に反射して玲瓏たる煌めきを灯し続けている。
その美しい世界には、僕と茉姫奈の2人。
波の音しか聞こえない美しい世界。
海の匂いがどことなく、鼻腔をくすぐって離さない。
茉姫奈が笑った。
あまりにも綺麗に笑うから、僕も自然と笑顔になってしまう。
「行こっ」
「うん」
砂浜をどこまでも歩いていく。
どこまでも続いている砂浜を、最愛の君と、どこまでも歩いていく。
僕は、君が好きだ。
理由なんていらないのだ。
好きな人を好きでいるのに、理由なんていらない。
ただ、愛してる。それだけで全てを陳腐に出来る。
その気持ちがあれば、あとは全部いらない。
だから、これからは。
正解のない旅をしよう。
人生に正解なんてないから、僕らなりの正解を見つけ出す旅をしよう。
どんな事があっても、僕らなら大丈夫。
だって、僕らは独りじゃないから。
1人じゃ無理だった事でも、2人ならきっと大丈夫だ。
もう世界を、怖がる必要なんてないんだ。
この世界を、これから少しでも愛せるように。
僕の選択は、絶対に間違ってないと確信できる。
もう嘆かない。
もう後悔なんてしない。
幸せになろう。
張り裂けそうな心が、そう叫んでるんだ。
だから。
どこまでも行こう。
言葉のとおり、どこまでもだ。
それが世界の果てだとしても。
僕は、君と一緒からどこまでも行ける。
ずっと、一緒に旅をし続けよう。
永遠に手を繋いで生きていこう。
幸せを抱きしめながら、これからも歩き続けよう。
どこまでも、
どこまでも。
(終)
ありがとうございました
約半年間、本編をご愛読下さり感謝致します
あとがきは長くなるので、次の投稿に丸々まとめたいと思います
もう少しだけお付き合い下さい




