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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
終章 幸せ

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幸せ・1

決別

 8月13日。


 あれから、季節が1回巡って、2年近く時が過ぎた。


 夏の照りつける日差しに僕は少しうんざりしながら、茉姫奈と一緒に立っていた。


 いつ見ても茉姫奈は綺麗で、今日は白いワンピースを身にまとっていた。


 茉姫奈の姿を見ると、Tシャツに短パンの僕が恥ずかしくなってくる。


 容姿も、少し変わった。


 茉姫奈は長い髪を切ってセミロングになった。


 僕は伊達メガネを外して裸眼で生活している。


「久しぶり、元気? ····なんて、言ってみたかっただけなんだ。ごめんね」


 声をかけた先には、墓石があった。


 綺麗に掃除された真新しい墓石には、桜山命依という文字が彫られていた。


 大きな霊園のほんの一部に、姉さんは刻まれている。


 姉さんは、4月までの余命が延びて、8月まで生きた。


 命日は、姉さんの誕生日の日だった。


 8月13日、今日は姉さんの2周忌の日。僕と茉姫奈は1つずつ大きな花を買って、墓の両端に置いてある、水の入った花瓶に置いて、そのまま線香をあげた。


 そのまま、両手を合わせて祈りを姉さんに向けて捧げた。


 涼しいのか生温いのか分からない風と、線香の独特な匂いが、お盆の季節がやってきたと身体で感じた。


「僕は、ちゃんと生きてるよ。茉姫奈と一緒に生きてる」


 去年の葬式の日、姉さんの要望で直葬だけになった。


 その現場にはちゃんと僕や、親戚でもないけれどわざわざ茉姫奈や那由さんも来てくれて嬉しかった。


 父は居たけれど、母は来なかった。


 その日は雨とか、曇りとかじゃなくて、痛いくらいの快晴で、姉さんの本来芽生えていた綺麗な心のような天気だった。


 その時も、まともに父と話なんてしていない。



「あの時、自慢されるような姉になるって言ってたけど、その前から、ずっと僕の自慢の姉さんだったよ。僕の背中を押してくれて、本当にありがとう」



 あの後、茉姫奈と抱きしめあっていた時に、屋上に救急隊員が担架をもって数人押しかけてきた。


 救急隊員を見たら何故か身体中が痛くなって、担架に乗せられてそのまま救急車で病院に搬送された。


 精密検査の結果、全身打撲と頭の怪我だけだった。後々逆にそれだけで済んだのが奇跡だと医師から言われた。


 あの後僕を轢いた男の人が病室に現れて、謝罪とともに賠償金と言って大金を封筒に入れて僕に渡してきた。流石に受け取れないし、実際言えば僕の不注意で起こした事故であったから、受け取れない旨を説明して、封筒を無理矢理押し返した。


 男の人は悲しい顔で少し納得していない様子だったが、あちらの用語で僕なりの義理を呑んでくれたようで、恩は必ず返す事を伝えてくれた。


 僕は、その言葉だけで嬉しかった。

 何気ない言葉や、何気ない仕草に今は全てに温かさを感じていて、他人の感謝や、自分に対して向けてくる感情は全て僕の生きる原動力となっている。


 そして、あの日を境に、色が見える事はもう無かった。幸せを知る事が出来た僕にはもう必要のないものだと悟ったのだろう、感情が見えない世界が怖いとも思わなかったし、逆に見えなくなって安心した。


 過去の僕は、見なければ怖かったし、早く見えなくなれば良いのに、という矛盾だらけで、あの時まで生きていたから、ずっと色が見え続けていたのだろう。


 そんなものに頼らなくても、人をもう信じる事が出来るし、何が正しくて何が間違いかもちゃんと理解できる。


 だから、もう今の僕には必要のない事だった。




「勉強もちゃんと頑張ってるよ、姉さんよりは良い大学じゃないけど。····今は僕より茉姫奈の方がすごいかな」


 僕は進学して、東京で一人暮らしを始めた。


 大学は姉さんが通っていた地元の国立大学····では無いけれど、東京のそこそこいい私立の大学に進学する事が出来た。


 本当は高校から少し遠い場所にある大学に行こうとしていたけど、早くあの家から出たかったという理由で、東京に引っ越した。


 茉姫奈は、東京の国立女子大に進学した。


 当時の希死念慮を忘れずに、カウンセラーとして苦しんでいる人の助けになりたいという夢を抱いて大学で心理学を学んでいる。


 そして、僕は····。


「玲依、小説家になったんですよ」


「たまたまだけど、出版出来ることになったんだ。人生どうなるか分からないよね」


 何気なく今までの経験を小説に書き起こして賞に応募したら、新人賞を受賞してしまった。


 今まで感じてきた自殺願望や、茉姫奈の希死念慮。


 感じてきた惨めな思い、それでもその思いを必死に抱えて、死にたくても、生きてさえいればそれでいいという僕なりのメッセージをネガティブになり過ぎないように綴った。


 それが賞の人の目に留まり、新人賞という形で出版される事になってしまった。


 当然、他の人と比べても文章力なんてある訳ないし、ただの自己満足のような小説だと思う。それを出版させてもらえる機会を貰ったことが今でも信じられない。


「完成した本、最初に姉さんに読んでもらおうと思って持ってきたんだ」


 バッグから製本された小説を取りだして、姉さんの墓に立てる形にして置いた。


「シンプルな感じだけど、そこは許してよ」


 シンプルで、2人の少年少女が描かれたイラストとタイトルが刻まれた本は、日差しに照らされて反射して、タイトルが見えなかった。


「玲依、そろそろ行こっか」


「そうだね」


 茉姫奈の凜冽とした声に導かれて、バッグを肩にかけて横に顔を向けた時、見覚えのある顔が見えた。


 こんな暑いのにスーツを着た父が、車椅子に乗せられた母を押しながらこちらに歩いてきていた。


 母の痩せこけていた顔は、前よりかは膨らんでいて、虚ろだった目もすこし輝きを取り戻していた気がした。


 思わず身体も親のいる方向に向けて、茉姫奈も察したのか僕の後ろでそちらを向く。僕が歩き出した時、茉姫奈も歩き出した。

 思う事は、もはや何も無かった。


 この前まで親にはち切れんばかりの憎しみを抱いていたのに、今は何も感じなかった。人生を全部人のせいにして自分で変えようとしなかったからそう思っていただけで、今はやりたい事も見つかって、向かうべき未来も見つかった。


 今思えば夢みたいな話で、あんなに心が荒んでいた僕が前向きに歩ける人間になって。


 本当に人生は自分の選択でどっちに転ぶか分からない。


 今は、殺したいくらい憎たらしかった親を、少しだけ許せるくらいには人間的には成長した。


 親とすれ違う直前で、父は止まる。


「玲依」


 僕も父の声に合わせて動きを止めた。


「命依に、挨拶は終えたのか」


「うん」


「そうか」


 そのまま少しだけ時間が過ぎて、思いがけない人が口を開いた。


「玲依····あんた、今幸せ?」


 声の主は、車椅子に座った母だった。


 ずっとうつ病で隔離施設で生活してて、久しぶりに話した言葉が今の言葉で、僕は少し驚いた。


 勿論、母にも叩かれた記憶しかないし、無視をされ続けて、愛を貰った覚えはない、だけど。


「幸せだよ」


 それでも、僕を産んでくれた親という事には変わりなかった。


 虐待を繰り返して、知らないフリをして僕に幸せかどうかを問うてくる····ここまで虫がいい親は居ないけれど、僕の人生は僕のものだ。親でも奪う事ができない強固なものだ。


 だからもう、どうでもよかった。


「父さん、もうお金は送ってこなくてもいいから」


「そうか」


「僕は、幸せになるよ。姉さんの分までね」


「····なら、幸せになりなさい」


 なんでもない顔をして返事をした父を見て、僕と茉姫奈は歩き出した。


 その場で立ち止まったままの親を背に、僕らは歩き出して霊園の出口へ向かっていく。


 それが何を意味するか、僕には分かっていた。


 横にいる茉姫奈を覗き込んだら、鮮やかな笑顔で僕の方を見た。


「玲依、メンタル強いよね」


「そういう問題かな」


「うん、そういう問題。今じゃ世界で1番頼りがいのある恋人だよ」


「昔は頼りなかったみたいなのやめて欲しいな、思い返すとそうだけど」


「あんな思い出すだけで顔が赤くなりそうな告白出来るんだもん、玲依って凄いよ」


「····君の事が本当に大切だから、あんな事言えたんだよ」


「うわー····こっちも顔赤くなるからやめてよほんとに!」


 顔を両手で仰いで顔を赤らめている茉姫奈を見て、僕も自然と笑顔になった。


 煩い蝉の音も、奥に見える陽炎も、夏の暑さに浸りながら、今は心地いいものだなと感じていた。


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