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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
最終章 僕がずっと死にたかったのは

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僕がずっと死にたかったのは・3

繋がる言霊

「····あぁ、」


 姉さんも、随分前に同じような事を言っていたことを思い出した。

 一歩間違えたら壊れる。


 姉さんの何気ない憶測が、間違っていなかった事を、僕は証拠と共に目の当たりにしてしまった。


 やっぱりそうなんだねと、不思議と納得してしまった。


 茉姫奈は本棚の本を読んだりしていたけれど、下の段には全く目を合わせようともしなかった。まるで無理しても見ないようにしているような。


 実際僕からしたらどうでもよかったものが、茉莉花さんや茉姫奈には、どうでもよくなくて。


 やはり、僕の心を受け入れる事が出来たのには、理由があった。


 彼女も、死について考えていたから。


 私と一緒と言ったのは、そういうことか、と鳥肌が立つ。



「玲依君には初めて言うんだけど、茉姫奈、中3の時に自殺未遂した事あるのよ」



 一瞬だけ、耳を疑った。


「····は?」


 聞き間違いかと思ったが、茉莉花さんはハッキリ言っていた。


 茉姫奈が、1度自殺をしようとしたことがあると。


「ちょうどこれくらいの時期だったわ······練炭自殺だったの。私が帰って来た時には車の中で気を失ってて、すぐ病院に運ばれたわ」


「いや、いやいや····」


 何度聞いても理解が出来なかった。


 急展開過ぎて自分の状況を疑い続けている。それ程までに衝撃的で、信じ難い事だった。


 茉姫奈が、自殺未遂?


 彼女がこれまで見せていた姿は仮初で、本当の姿は希死念慮に溺れて自殺しようとした、僕でも見ることが出来ない大きな闇を抱えた少女だったというのか。


 なら····僕なんて、とても可愛いものだ。


 僕以上の死の感情を、茉姫奈は背負っていた。


 彼女は、希死念慮だからだ。


 僕の持っている感情は、どちらかと言うと自殺願望だからだ。


 彼女は本気で死ななければいけないという僕より上の感情で死を捉えていた。


 漠然と死にたいなんて考えていた自分と次元が違かった。


「何回聞いても、理由を教えてくれなくて。入院してる時に、茉姫奈の部屋の本棚を見てたら、これがあって」


 ずっと隠れて持っていたのだろう。


 僕の中で受けた衝撃は一瞬で過ぎ去って、どうして自殺しようとしたのか、この本が示す彼女の本懐は何なのか、その思考を巡らすのに精一杯だった。


 自分の思考の思うがままに考えても、結局は茉姫奈の感情だ。どんな推論を立てても、茉姫奈にしか分からない感情の名前。


 どんなに彼女の感情を考察したとしても、無意味なことはわかっていた。でも、今は彼女の本心を問いたくて仕方がなかった。


「なんで、捨てなかったんですか?」


「捨てたら多分、またあの子自殺しようとすると思ったから」


「····確かに、そうかもしれないですね」


 これが、あの時の茉姫奈を繋ぎ止める唯一の生命線だとしたら、また自分で破滅の道に走る。


 多分僕だってそうしたはずだ。自殺を何度も試みようとしても1歩手前で身を引いた意気地無しが、そう心の中で思っても、結局僕が茉姫奈にならないと、茉姫奈の感情に触れてみないと分からないことだ。


 結局、全部が中途半端にしか知ろうとしなかった僕は、茉姫奈の心に踏み込む事が出来なかった。


 でも何故か、茉姫奈はあの時の言葉でさえ、何かを隠しているような気がするような。


「ここまで死のうとしなかったのが不思議なくらい」


「····高校の時は、1度も無かったんですよね」


「無かったわ、ずっと“会いたかった人”にやっと会えてその子の話しかしなかったから」


「会いたかった人?」


 そんな話もしてくれなかった。


 つくづく、僕は茉姫奈の事を何も知らなかったんだなと痛切に思った。




「小学校の時に、凄い目をキラキラさせて話しかけてきた子が居たらしいの」




 何も穢れを知らない頃、僕も目をキラキラさせていて、丁度感情が見えるようになってきた頃、何もかもが綺麗に見えて、見える色が感情だと知らないで毎日が希望で膨らみすぎていた。


 希望が絶望で引き剥がされて、人間の本質を知った時にはもう本当の目を開けることはやめたのかもしれない。


 中学校のときに指される後指や、薄ら笑い──身体もボロボロに痛々しく傷ついて、心もバラバラに切り裂かれていた。


 まだ僕が綺麗な人間だった時。丁度茉姫奈も何かしらのきっかけがあったのかもしれない。



「その子は、“空は真っ黒だったけど、君の色は綺麗だね”って」



 その言葉な、引っ掛かりしか無かった。


「····え? いや、それって──」


「その子がたまたま同じ学校に居て、やっと今年同じクラスになれて····きっとそれが今の茉姫奈の······」


「······」


 息を呑んだ。


 そして、自覚させられた。


 茉姫奈の首の皮一枚を繋げていたのは──。


「だからびっくりしたの。ずっと茉姫奈が話してた子が家に居るんだもの」


 紛れもない、あの頃の僕だったのだろう。


 あれから、とてつもなく思想もねじ曲がって、利口な人間では無くなったのに。


「····あの子が、茉姫奈だったの?」


 綺麗な子だったけれど、あまり人と話すような人間ではなかったし、僕の方が目立っていた方だと思う。


 もう10年前近くの記憶だ。名前すら曖昧だ。


 でも、あの子の事は鮮明に覚えてる。


 僕は、何もかもに憧れて、不正解すら正解に肯定してしまう程の純粋で、綺麗な心を持った人間だった。色眼鏡で人を見ても何でもなく人に沢山話しかけていたし、人と接するのが好きだった。


 彼女も、話したらよく話す子だった。全部話も聞いてくれて、飽きもせずにずっと笑顔で聞いてくれていた気がする。


 気がするのは、自分の記憶に自信がない。自分の記憶では笑っていたと肯定しきってしまえばそうなる。だけど茉姫奈があの時笑っていなかったらその記憶の齟齬から僕の記憶が正しいと言えなくなるからだ。


「だから、那由ちゃんは知ってたけど、これは私の口から玲依君に話したかったの。今でも茉姫奈が生きてるのは玲依君のお陰」


 いや、違うよ。


 僕が今でも生きているのは、茉姫奈のお陰だ。茉姫奈が消えかけていた感情に火をつけてくれたから、今でも僕がここにいる。


 だから逆に良かったと感じた。本当の茉姫奈の一面を知れて、やっと心から接する事が出来そうだと感じた。


「逆に、僕こそ茉姫奈のお陰で、夢にも思わなかった生活が出来てます。あの時プリントを届けなかったら、一生変わらないままだった。だから、お礼を言うのは僕の方なんです」


 茉姫奈が居ないからこそ、口に出せる言葉がある。


「だから、その話を聞いて、僕も茉姫奈を救いたいって思いました。救われた分、茉姫奈が抱えてるものを背負いたいって····こんな感情生まれて初めてで、よく分からないですけど」


 まとまらない言葉を絞り出して弾き出した言葉は、茉莉花さんに柔和な笑みを零させた。その時僕は、建前で言った綺麗な言葉よりも、感情を込めて、本心で言った今の様なぐちゃぐちゃの言葉の方が何倍も人の心に響くものだと改めて感じた。


 瞑目しながら、茉莉花さんは口を開く。茉莉花さんの相好は、どこか遠くを見る茉姫奈にとても似ていた気がした。


「····玲依君も、綺麗すぎるわね。すごい純粋で、感受性も豊かで、きっと生きる事っていう事に真面目過ぎる。きっと茉姫奈もそうなのよ。生きる事に必死になって、真面目に生きてく度に傷ついて、些細な事で死にたくなる····それは、多分玲依君が1番わかってる筈」


 生きる。


 1番生きることを見失って、そして見えた答え。


 多分1番間違っているのは、その生きる事について考えることだ。


 生きていれば、生きてさえいればそれでいいのに、その本質を無理矢理考えようとして、その度に傷ついていって、自分の世界に閉じこもってそのまま身を投げる。


「僕も····そう思います」


 僕は踏み込むことが出来なかったけど、茉姫奈は踏み込みかけた──実際、どれだけ覚悟があったか、僕の想像からも計り知れない程の衝動があったのだろう。


 大多数の人間はその衝動に駆られた少数の人間を『臆病者』や『なんで生きようとしなかったんだ』なんて言うけど、そんな上辺でしか正義を振るえない、気づかない悪意に嫌気が差して死を選んだんだといつも感じている。


 その大多数の中でも少数の力を持っている正義が、その少数を逃げられなくさせてるんだと、何度も何度も思った。


 死にたい人に生きろと言っても、俄然死にたくなるだけ。


 茉姫奈も、それを感じて生きてきたのかもしれない、でも分からない。なんの感情に、何が引き金で、茉姫奈の心は黒く蝕まれていったのか。


 確実に那由さんや、茉莉花さんが元凶とは考えられないし、僕は、今の茉姫奈しか分からない。



 だから、僕に出来ることは、多分。



「だから、もしその時が来たら····茉姫奈を抱きしめてあげて。壊れるくらいの力で思いっきり」



「····はい」


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