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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
最終章 僕がずっと死にたかったのは

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僕がずっと死にたかったのは・1

再びの邂逅と、表裏一体の貴女

 世界が白んでいた。


 だからなのだろうか。


 一瞬で夢だと分かった。


 いや、走馬灯なのかもしれない。


 自分1人だけの世界、僕1人だけの····僕が中心の世界。白黒の風景に、1人佇んだ誰か。その『誰か』も、しばらく見ることは無かった僕を殺していた張本人だとすぐに分かった。


 影ではなかった。もう形がはっきりしていて、あとは顔だけだった。


 突拍子もないタイミングで出てくるから、少し驚いて夢の中でも調子が狂いそうだった。


『誰か』は、真っ白な銀色を片手に持って、僕を真っ直ぐ見つめている。


 この銀色は夢の中でだけれど、よく切れる。


 一瞬で僕の心臓を貫いて、貫いても尚身体をぐちゃぐちゃに切り裂いていく、僕からしたらトラウマでしかない鋭利だ。


『誰か』は、じっと僕を見つめている。


 でも、顔も分からない。


 夢で腐るほどあってきた影であり、『誰か』だけど、僕にとっては胡乱な者には変わりなかった。


 実際、白黒の風景に夢の中でも放り込まれているからか、感覚が麻痺しそうだった。目覚めた後に見える色付いた世界は、きっと美しくて、そしてきっと見るに堪えないくらい汚い。


 声も、身体も動く感覚がある。


 明晰夢だ。なら、思うように身動きが取れなかったあの時とは違う。


「ねぇ、君は?」


『······』


『誰か』は、素顔も見せずに僕の方を向いたまま動かない。


 銀色を持っている手も力が入る素振りもないし、今の所、殺意の様なものは感じない。


「君は····一体誰なんだ?」


『ねぇ』


 声を発した。


 空気が変わったみたいに、僕の心臓が跳ねて、少し身体に力が入る。


 少し声は高くて、声変わり途中のようなどこか懐かしい声だった。


『僕の事──』


「····?」


『誰か』は、走って僕の肩を掴みにかかった。


 僕も驚いて、身動きが取れなかった。そのまま肩を掴まれる。


 変にリアルで、力を入れて掴まれる肩は、鈍い痛みが体に拡がった。


 すごい痛いわけじゃない、夢でたまに感じるリアルな痛みのような何かが僕の肩から伝播していった。


「君は、なんなんだ?」


『──』


 僕の問いに、『誰か』は何も答えない。


 でも、少し顔が見えた気がした。


 見た事のある口元、不思議と懐かしい匂いがした。


『──僕は』


 そしてそのまま、景色が真っ暗になって意識が浮上した。




 目が覚めても、見える世界はそのままで、なにか部屋が変わっているかと言われても変わっていない。強いて言うなら本が増えた事だ。


 それも自分の境遇や、共感を自分で求めて、自己満足する様な、自殺願望を求めた小説や漫画ではなくて、自分の未来や、他人に勇気を与えることが出来るような、前向きな本。


 小説でもエッセイでも漫画でも、なんでも、自分が理想とする人生、人間が理想とするような人生が綴られた作品を読むことが増えた。


 1年近く、状況が変わり続けて、その中で自分の気持ちにも変化があって。


 もう、死にたいなんて思わなくなっていた自分に気がついた時には、少し驚いた。


 前までは、何かあったら死に繋がるような考え方をしてたけれど、今はその自分の失敗も反省して、次に進もうとするマインドに変わっていた。


 そのままベッドの毛布から起き上がって、カーテンがしまっていない窓を見つめて、そこから見える自分の部屋より低いビルや道路を、ただ漠然と見つめていた。


 まだ朝なのに車通りが多くて、ビルの電気が薄らと中を灯している、人影は見えないけれど、ただ無機質に灯りが所々灯っている──そんな日常的な風景。そんな都会のビルやネオン····そこを客観的に見た時に見える夜景も、きっと残業で出来ているだけ。


 そして街を少し離れた先には孤独なホームレスが暮らしている地域や、刑務所、この街のどこかにも、人倫を全て否定された様な人間もいる。


 黒いスーツで身を固めた刈り上げ姿の、明らかに表の世界には居ない人間の群れも街を闊歩して、今も弱者を取り立てる。


 そして僕も、傍から見たら強者として、マンションの夜景の一部になっている。


 太陽も出ていない朝の空を見上げて、溜息を吐き捨てる。おもむろに携帯の時計を見てみると、6時を回ったくらいだった。



 それでも外は薄暗い。

 今日は、12月24日。



 そして、あの日からもずっと父は家に帰ってくる事はなかった。


「····クリスマスって感じ」


 今日はクリスマスイヴだ。


 真冬だけど、まだ雪が頻繁に降るわけじゃない。


 冬は僕にとっては嫌いな季節で、特にクリスマスイヴやクリスマスは今でも思い出してしまう。


 他人は嬉しそうにしていて、僕は疲弊しきった心と身体を引きずって家に帰っていく光景。あの時、世界中の人間が憎たらしくてたまらなかった。


「······」


 寒さを感じれば感じる程、あの時の感情を思い出しそうになる。


「──寝よう」


 でも、もう違う。


 沢山の出会いがあって、沢山の“知らない”に触れて、沢山の感情に気が付けた。


 その事実があるだけで、僕はもう前の自分に戻ることは無い。


 再び布団に潜って、温かさから来る微睡みの中で、そんなことを考えていた。



 タワーマンションの前で待ち合わせはこの季節になっても変わっていなくて、すっかり僕もこの環境になれてしまった。


 考えることも無かったような環境に身を置くことになって、色んな人の交流も増えて、心も、巡っていく血液も暖かいものに変わっていった気がする。


 憎しみや、汚いモノばっかりで形成されてきた僕の血肉も、やっと綺麗なものに浄化されつつある気がする。


 クラスの人達も僕のことを受け入れてくれたのか、度々話しかけてくれるようになった。


 それもこれも、全部──。


「メリクリ、玲依君」


 茉姫奈と那由さんのお陰だ。


 今日は茉姫奈がいなくて、那由さんだけだった。


「おはよう、那由さん。クリスマスは明日だけどね」


「明日から冬休みじゃん。その前に言っときたくて、私は私で家族達と大勢でパーティするから」


「····いいね、僕は1人だよ。姉さんにも気を使われて今日と明日はお見舞いしに来なくていいって言われてるし」


「うーわ、自虐」


「ホントの事だからだよ」


 那由さんと会う度、あの時にいわれた言葉が思考の片隅にずっとチラついていた。


 真に受けるでは無いけれど、適当に言った言葉だと思えないからこそ、ずっと残っている。


 それが原因で気まずくなったりしてないし、交友関係も良好だ。


「マッキー、今日遅刻してくるって」


「あ····そうなんだね。じゃあこのまま行こう」


「ん、行こ」


 歩き出した那由さんに遅れないように僕も早歩きで歩いて、那由さんの歩幅に合わせる。


 少し雪で覆われた歩道を歩いて、白い息が雪に混ざる様にそのまま消えていった。


 不意に、那由さんの方を見た。


 那由さんは紺色のレザー調のアウターと、青くてなにか筆記体のような模様で描かれたパーカーも重ね着していて、同じような模様のマフラーを首に巻いていた。


 僕が燃し身にまとったとしても、少し派手な感じがして、でも那由さんに似合っている格好だった。


 僕も別に変な格好はしていなく、普通のコートに中に制服をそのまま来ているくらい。


 茉姫奈も那由さんと余り変わらない格好で毎日登下校を共にしている。春から始まった縁は、今でも続いていて、限りなく細かった糸は日々を紡ぐにつれて太くなって、固いものになっていく感覚だった。


 産まれて始めて、友達と言える存在が出来たのは、僕の人生の中でかなり大きいものになっていっていると思う。


 だからこそ。


 だからこそなんだろう。


 本当に大切に思っている茉姫奈の事が、暗雲が渦巻いたみたいにモヤモヤして仕方がなかった。


 零れ落ちた不安が、いつの間にか掌から零れ落ちそうな予感が片隅に、ずっとあった。


 いつもは隣に茉姫奈がいたけれど、今日は居ない。


 だから、僕はチャンスだと思った。


 自分の中で、独特の緊張感を感じながら口を開いた。


「ねえ、那由さん──」


「マッキーの事?」


「······超能力者かな?」


「今までずっとソワソワしてたもんね、マッキー居たからかな」


「ま、まあそうだけど」


「言ってみな」


 聞きたい事はそれだけだった。


「何で、君は僕にそんな事を言ったの?」


 同じような時間の流れで、人通りで何も気にせずに僕らも歩いている。


 後ろに延びる軌跡は、往来の人間によって上書きされてかき消されていく中、世界はいま僕と那由さんの2人きりしかいない気がした。


 他の足音も、何も聞こえない、彼女の所作や感情を見ることで精一杯だった。


 少し黙り込んだ後、那由さんは口を開いた。


「ま、そうだね。マッキーのお母さんに聞いてみればいいんじゃない?」


 少し陽気な感じで僕にそう言った。


 白んだ息が、宙に舞ってそのまま消えていく。


「····茉姫奈のお母さんなら、答えてくれるってこと?」


「····多分ね。今日マッキー学校終わってすぐやる事あるって言ってたし、行ってみてもいいんじゃない?」


「····うん、わかった」


 歩みを止めない那由さんに必死について行くように僕も歩を進める。


 那由さんは早歩きだ。僕も歩くのが早いと思っていたけれど、那由さんは僕が着いていくのにいっぱいいっぱいになるくらいには早い。


 那由さんの後ろ姿を何も考えずに見たり、足元に無造作に付けられていく雪の足跡を見たりしていたら、もう学校の前に着いていた。

 校門では沢山の生徒が学校に吸い込まれていて、学生の僕でもこの様に客観的に見てみると、何故か学生という称号を持った人間に狂気的で、機械的なものを感じてしまった。


 ただ勉強をして、コミニュケーションを行い、そして帰ってまた学校に行く。


 色々な人間が制服を身にまとい、それぞれ違った価値観、思想を持ち、閉鎖された空間で1日の半分近くを浪費する。


 僕もその中に混じっている学生という限定された肩書きに過ぎない。


 僕の前に立っていた那由さんが校門の前で止まって、横目で本質を見定めるような目で僕を覗き込んで言った。




「──玲依君に見せてるのは、“マッキー”なのか、“茉姫奈”なのかどっちなんだろうね?」




 それは、薄々僕も勘づいていた事だった。


 那由さんに言われた日からずっと考えていた。


 彼女の感情も、笑顔も、含羞も、全ては僕にとってはもうなくてはならないモノの筈なのに。


 マッキーか、茉姫奈か····表裏一体に見える彼女の本質は、那由さんの言葉で見え隠れしていた。


 校門の前で──白い息が上に上がる代わりに、言葉が僕の身体の奥に落ちていく。


 冬独特な雪の匂いに嗅覚が刺激され、コンクリートの匂いも雪の水分で溶け出して、少し鼻につくような感覚がした。


 冬風に晒されて、自分の耳が冷たくて少し痛みを感じた。寒さが身体を刺し続けて、今転んだら大惨事になってしまうだろうなと思った。



 少し強めに触ってもかなりの痛みを伴う冬の寒さは、いつまで経っても慣れる気がしなかった。

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