秋、絡繰・終
日常に罅が入る
流されるままに、自動ドアのロックを解除した。いつもはエントランスのインターホンで確認するから、家のドアは開けたままにしていたから、そのままドアに向かわないでソファーに深く腰かけていた。
数分後、ドアが開く音がした。
茉姫奈に続いて、人を家に上げたのは2人目になる、その自分の選択がどうであれ、今は那由さんを頼るしかなかった。
「お邪魔します」
「······そんなに、畏まらなくてもいいのに──」
そういった直後に、那由さんが遮るように僕に言った。
彼女からは、僕を心配している青色が見えた。
「──私、忘れ物しちゃって戻ろうとした時に、すごい血相で病院から出ていく玲依君、見ちゃったんだ」
「······タイミング、最悪すぎたね」
僕がそう言うと、那由さんはカバンを下ろして僕の隣に座った。
「何があったの?」
「····父さんが、来たんだ。茉姫奈が帰ったあとに」
「うん、それで?」
今思えば思うほど、憤りがふつふつと込み上げてくる。
「今まで悪かったって····これまでの事は全部忘れようって。馬鹿だよね、こっちは忘れられないくらい死ぬ思いしてきたのに、薄っぺらい謝罪で姉さんの病気と僕にしてきた事をなかったことにしようとしてきたんだ。そんなの····許せる訳ないじゃん」
本心だった。
「うん、そっか。そうだね····でも玲依君は、」
那由さんも少し深呼吸した。
「玲依君は、もう死にたいって思わない?」
「····え、?」
思わず彼女の方を向いた。
那由さんは、死にたいのか?
一瞬そう思ってしまった。
色を見ようとしても、薄暗くて何がなんだかわからない、玄関の電気しかつけていなかったからリビングの電気もつければ良かったなと思った。
見たくもない感情の色を、それでも見ようとしているのは、心が荒んだ卑怯な人間だからか。
「玲依君」
そう呼ばれると、那由さんは横から僕の身体を抱きしめた。
急な展開に驚いて、僕はソファーから離れて、那由さんの体を引き剥がした。
心臓と、息が激しく呼吸をしているのを感じた。
「な、なに急に」
「んーん、玲依君を抱きしめる役割は、やっぱり私じゃないなって思っただけ」
「····どういう事?」
「ここまで言っても分からないってさ、玲依君って本当に鈍感でムカつく」
「····それは、申し訳ないとは思ってるけど」
「私も美人なのに」
「美人だと思うよ。だけど抱き締められた時、ゾワゾワしたんだ。····本当だよ。これは信じて欲しい」
ソファーに座ったまま、那由さんは口を押さえて笑った。
「何それ、私振られちゃったなぁー」
「いや、そんな事は」
「冗談だよ。私はもっと元気な男子がタイプだし」
「それ、僕が振られてないかな?」
「ホントだ! よくよく考えれば両方振ってる!」
無邪気に笑う姿は、とても綺麗だった。下品じゃないし、上品過ぎない本当に心地いい笑い声。
とても中学の時に虐められて転校してきた人とは思えないくらいに。
····虐められてた原因は、多分。
那由さんが、魅力的すぎるからなんだろうな。
金城くんのような激しい嫉妬で、理不尽に壊されたとしか考えられなかった。
那由さんは、笑っていた笑顔を崩さないままで、柔和な笑みを僕に向けた。
「なら、質問戻そうかな」
「もう死にたいって思わない? って事?」
「そう、それを聞きたい。お父さんから酷い事言われたかもしれない、でも今の玲依君なら、大丈夫だって感じるから」
どんなネガティブな事を考えても、確かに自分の中に『死にたい』という感情を再び浮上させる事はなかったと思い出した。
思い出したのは、虐げられてきた怒りだけ。
「かなり落ち込んだけど、死にたいって思う事はなかった。自分で今気付いたよ、ありがとう那由さん」
感謝を述べると、那由さんは、はにかんで立ち上がった。
「大丈夫そうだね」
「那由さんが来てくれて、少し落ち着いたよ」
「良かった。でもね玲依君」
帰る支度をしながら那由さんは淡々と言う。
「ああ見えて、マッキーって玲依君が思ってる以上に繊細だからね」
少し、ピクっと肩が震えた。
「それってどういう──」
「ちゃんとマッキーを見てあげて、それじゃあね」
少し騒がしかった空間は、ドアの音と一緒に静寂が訪れ、そのまま静寂が家を支配した。
僕は何も考えないようにしてテレビをつけて、ニュースにチャンネルを切り替える。流れているのは誹謗中傷で誰かが自殺をしたとか、僕達若者の自殺率が世界で1番多いとか、耳が痛くなるような事ばかりだ。
インターネットからでもイジメは蔓延すると専門家が雄弁に語っていて、そこから誹謗中傷にも繋がるなどと言っているニュース番組をまじまじと見ていた。
茉姫奈も、この番組を見ていたりするのか。
それとも、心に孤独を抱えていたりしているのか。
生きる事が怖かったりするのだろうか。
ふと、茉姫奈の言葉を思い出す。
『自分で死を選んじゃった人って、言う人に言わせたら『逃げた』って言われるじゃん。だけどさ、そうじゃないと思うんだ。『逃げた』んじゃなくて、逃げようとしても結局『逃げられなかった』人だって····必死に逃げようとしたって結局逃げる場所なんてなかった人達なんだって····そう私は感じてるんだ』
那由さんが変な事を言うから、色んな事を勘ぐってしまうのは、僕だからか。
「····茉姫奈····君は──?」
今思うと、茉姫奈の発言が、おかしい感じもした。
身体と性別は違くても、心は一緒。
心は一緒って····あの頃の僕は、ずっと死にたくて、消えたくて、でも生きたくて、まだ名前の付けられない何かに縋って生きていた。
彼女は、僕と同じ感情を抱えていたというのかもしれないと思うと、不安で仕方がなかった。
でも、茉姫奈は普通そうだった。
翌日も、その翌日もいつも通りの日常を送って、そして僕なんかに構ってくれている。当たり前の日常が僕にとっての非日常だったから、その日常に浸って甘えていたからか、那由さんなりの警告だったのかもしれない、とも感じた。
でも、那由さんがそんな回りくどい事しないとも感じた。物事はハッキリ言うタイプだし、自分の好き嫌いはハッキリしている感じでもある。
だから、僕に『生温い考えを持つべきでは無い』と遠回しに伝える理由にならない。
色に頼っている今も、那由さんからはその様な色は出ていないからだ。
茉姫奈のことを言った那由さんの色は別に変化はなく、僕に対する印象や好意的な感情も変わりは無い、なら──何のために那由さんは僕にその言葉を投げかけたのだろうか。
なにか絶対にある、なにか。
茉姫奈が抱えている大きい何かが。
『ああ見えて、マッキーって玲依君が思ってる以上に繊細だからね』
その言葉の意図は。
那由さんにしか知らない、茉姫奈の姿があるのだろうか。
彼女の言葉が、葉の様にひらひら僕の頭を舞っていく。事の実はまだ本性を隠したまま。
自分が見ている世界で、綺麗すぎる彼女に、何か罅が入る音がした。
そして、彼女の本心も聞けぬまま、那由さんの言葉も上手く呑み込めないまま、冬が来た。
秋、3章目が終わりました。
次は冬、最終章に向かっていきます
玲依くんと、茉姫奈の往く結末をぜひ見届けてください
自作の構想や執筆も始めております
次回も、どうかよろしくお願いします




