秋、絡繰・4
笑顔が痛い
それからは、3人で姉さんのお見舞いに行った。
茉姫奈からは、できるだけ3人でっていう約束をした。
でも茉姫奈や那由さんはバイトがあるから、1人の日もあった。
ほぼ毎日、時間を割いて来てくれる2人に姉さんは驚いて、窶れていた顔も少しずつ笑顔が増えるようになっていた。
今日あった事や、僕の事とかを僕のいる前で姉さんに話しているのは、かなり恥ずかしかったけど、姉さんは時々笑顔になりながら、真剣に聞いてくれた。
それだけで嬉しかった。
嬉しそうに茉姫奈も那由さんも話していたし、それを姉さんは笑顔で聞いてくれた(当たり前だが僕も姉さんに話している)。
姉さんは嬉しかったのだろう、普段聞かない僕の姿を知れたり、どんな性格なのかを知れて、姉さんも笑みが溢れるほどに。
僕も、姉さんに色々話をした。
自分の知識だったり、姉さんが大学で学んでいた事を聞いたり、無論学校であったことも話した。
やはり、止まっていた時間が動き始めたのは春で、この関係が秋まで続くとは思っていなかった。
もういっそ、終わらないで欲しいとまで願う程だ。
僕が変われたきっかけが、彼女たちだったから。
自分から話しかけるのは苦手だけど、人と話すのは嫌いじゃなくなっていた。
スズさんとも、ある程度話せるようにはなったし、クラスメイトとも最低限の会話なら出来るようになった。
それを聞いて、姉さんも嬉しそうだった。
それから1ヶ月以上たった今日も、茉姫奈と那由さんと一緒に病院に来て、僕や彼女たちの話をしていた。
茉姫奈と那由さんが何度も何度も同じ話を繰り返しても、姉さんは笑顔でずっと聞いていた。
だから僕も何度も思う。
人間でいれたのは姉さんのお陰だ。
僕を変えるきっかけをくれたのは2人のお陰だ。
みんなが居なかったら、僕は今頃死んでいる。
死にたいと思っていたのに、もう今は光を求めるように、生きたいと願っている自分がいた。
今は死にたいと思うことが少なくなった。
でもたまに、今死んでしまったら、どうなってしまうのだろう、と深夜の自分の部屋で思う時がある。
死にたくないのは····死ぬのが怖かったから、なんて言う簡単な理由じゃない。
病院で彼女たちが話す姿を僕は見ながら、那由さんに言われた事を、ふと思い出した。
『生きる事に真面目だなって思って』
的確だけど、的外れな答えに、何かの歌詞や詩みたいに、今考えるとストンと自分の心に落ちたような気がした。
だけど、その言葉が僕の死にたい気持ちの全てでは無いとは分かっていた。
僕がずっと死にたかったのは。
······まだ、明確な答えはでなかった。
ずっと考えてきた。
死にたいと思う度に、でもまだもう少し生きたいという感情が邪魔をして、それで足がすくんで、死ぬ事にも、生きる事にも怯懦して生きてきた。
どれだけ色んな人に救われても、自分の存在する意味なんてあるとは思えなかった。
他人には調子のいい事を言って。
ただのエゴだ。
自分勝手なエゴばっかりで生きてきた。
僕より死にたい人なんて沢山いて、実際自分で生命を絶つ人も沢山いる訳で、昔より今の方が自殺者が多いなんて当たり前の──常識に近い。
何気ない言葉が武器になって、人をバラバラにして、結局身体も死んでいく。
死にたいと思っている人の気持ちなんて、その当事者にしか分からないのに、分かったような気持ちになっている奴も居て。
でも、結局は逃げられなかった人なんだ。
茉姫奈が言っていたように、逃げようとしても逃げる道なんて塞がれてもう何も無かった人なんだ。
その逃げられなかった人を、わざわざ引き合いに出して自分だけの免罪符に使う人間だっている。
「玲依」
「····ん」
茉姫奈が僕を呼んだ。
姉さんのベッドを隔てて向き合う形で座っていた彼女に呼ばれて、僕も返事をした。
那由さんも椅子からゆっくりと立ち上がって、バッグを持った。
「私たち、そろそろ帰るから、玲依も早く帰るんだよ」
「うん、今日もありがとう」
「大丈夫だよ」
「あ、玲依君、明日は私バイトで居ないから、マッキーと2人ね」
「分かった」
僕が応じると、2人は「また明日ね」と言って病室のドアを開けて手を振りながら出ていった。
2人の陽気な声が聞こえなくなって、また静寂が部屋に響き渡る。
「容態、少し良くなってきたんだって」
姉さんの言葉に、僕は拳を握りしめた。
「よかった」
まだ姉さんが生きているのが嬉しくて、深く深呼吸をした。
勇気が出なくて踏み込めなかった言葉も、今では口に出せるようになっていた。
生き続けて欲しい
でも、僕の願いは、届くことはないのだ。
「余命は、変わらないの」
「····うん、変わらない。もしかしたら、延びるかもしれないけど、きっと私は来年死ぬから」
「これ以上、良くならないの····?」
目を閉じながら、姉さんは僕の問いに答えた。
「末期だし、管ばっかり繋げられて、延命されてる絡繰みたいな生命だからねぇー····」
あぁ。
色が、微かに滲んだ。
僕達がいる時は、絶対に苦しんでいる姿を見せなかった。
ただ少し瞑目するだけ。
だけど、今回は姉さんから漏れる感情は目を瞑ってはいなかった。
苦しいという感情がが、色で表れた。
汗もかいたりしない、ただ目をつぶって僕や、茉姫奈達にそれを見せないように耐えている。
多分、呼出ボタンも、僕らが帰った後に鳴らしていた。
「どこか、痛いの?」
「······少しね」
「痛い時、苦しい時、ちゃんと言葉にしないと、ダメだよ」
「うん、そうだね。ごめんね玲依····今、ちょっと息が苦しいや」
引き攣った笑顔でそう言われると、僕はベッドにかかっていた医者を呼び出す非常ボタンを押した。
病室に呼出音は鳴り響かないけれど、微かに奥の方で音が鳴り響いていたのを聞いた。
やめてよ。
その笑顔。
僕が痛いよ。
苦しい時、笑わないで苦しいって言ってよ。
「もういいよ。玲依」
姉さんは続けて僕に言った。
「玲依に苦しい姿、見せたくないんだぁ」
僕が病室を出たタイミングで、医者達が到着して、僕は会釈をした。
医者も笑顔でそれに応えて、姉さんのいる病室に入っていった。
それに随伴していた看護師は色んな薬が入った治療台車を押して運んでいた。
病室のドアが閉まる。
治療台車がたてていた高い騒音も、医者の足音も、ドアが閉まると同時に全部がシャットアウトして、聞こえなくなった。
静謐な空間。
静かだ。
ただ奥の受付の方で、作業音が微かに聞こえるだけ。
普段はこうなんだ。
静謐で、殺風景な──外の世界とはまた違う異質な空間。
廊下の窓を見ると、日が暮れていた。
もうこんな時間かと思い、そろそろ帰ろうかと歩き出そうとした時、夕日が照らしている──自分より大きい影が見えた。
「──玲依」
刹那、殺したくなるくらい憎い声が聞こえた気がした。




