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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
第3章 秋、絡繰

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秋、絡繰・3

友情から絆へ



「茉姫奈····」


 彼女の名前を呼んだ。


 まるで待ち望んでいたかのように。


 来てくれると信じていたかのように。


「なんで黙ってたの」


 茉姫奈の後ろから、また聞き覚えのある声が聞こえた。


「那由さんも」


「那由さんも····じゃなくて」


 那由さんがすこし怒っている色を出しながら僕の方に歩いて詰め寄った。


 それはそうだ。


 夏からずっと黙ってたんだから、その反応は当たり前だ。


「ここまで関わってきたんだから、隠し事はナシじゃん」


 悲痛な声で那由さんは、そう僕に呼びかけた。


「──うん、そうだね」


 茉姫奈もそれに相槌をうった。


「····ごめん、言えなかったんだ」


「玲依」


「····茉姫奈、ごめん、姉さんは──」


「謝るのもナシ」


 今更だ、と思った。


 こんなに黙っておいて、隠しといて。


 ここに来てまた罪悪感が身体を劈くように襲う。


 謝ることしか出来ない、いつか来てくれると思っていた2人が実際に目の前に立たれると、顔すらもまともに見れなかった。


「玲依の、友達?」


 姉さんが那由さんに向けてそう言った。


 那由さんは姉さんの方に歩みを進める。茉姫奈も那由さんのすぐ後ろに立った。


「京腰那由です、玲依君とは、マッキーと知り合った仲で」


「茉姫奈ちゃんって、マッキーって呼ばれてるの?」


「はい、まあ渾名ですけど」


「······ふふっ、なんか面白い。玲依からそういう話してこないから、初耳」


 少し笑って、深呼吸してから姉さんは茉姫奈と那由さんに言った。


「やっぱり、玲依が変わったのは貴方たちなんだね」


 皮肉ではない、本心の言葉がそこにあった。


 姉さんが言っている事は紛れも無い事実だ。僕は、この2人のおかげで見てきた世界がすこし綺麗に見えている。


 でも、だけど。


 僕をここまで守ってくれた姉さんのお陰でもあるんだよ。


 姉さんが居たから、最悪の1歩を踏み出さずに済んだ。


 ずっと自分の存在意義に駆られて、惨めだったけど。


 変わったのは、茉姫奈のお陰かもしれない。


 でもさ。


 僕を、初めて愛してくれたのは、姉さんなんだよ。


 だから。


 元気な姿見せてよ。


「······」


 僕は閉口したまま、姉さんの言葉を返せずにいた。

 今まで何かを成してきたら、言葉が出たかもしれない。


 だが、言葉が出なかった。


 何を言えばいいかわからなかった。


 どんな言葉を投げかければ、姉さんが抱えた黒いモノを少し軽く出来るのか、と考えれば考えるほど、口を噤んでしまう。


 心の中でいくら嘆いた所で、現実は変わらないということは思い知っているはずなのに。


「そんな事ないです。こんな私なんかが偉そうに言えないですけど、玲依が今も生きているのは、きっと命依さんが玲依を愛してくれたからです」


「····マッキーの言う通りです。壊れかけてた玲依君の心を陰ながら支えてたのは、お姉さんです」


 嘘は言っていなかった。


「玲依、そうなの?」


 僕も、ようやく口を開くことが出来た。


「····僕なんて、きっと人間じゃないって思う時もあったけど、でも姉さんが僕の傍にずっと居てくれたから、僕は人間でいれたんだ」


 だから、と続ける。


 言葉が、そこから止まらなかった。濁流みたいに無造作に言葉が流れ続けた。


「生きる意味なんてないなんて思わないで欲しい、その感情を隠さないで欲しい、死ぬ事が怖くないなんて思わないで欲しい、自分の人生を否定しないで欲しい。····そして、生きる希望を──捨てないで欲しいんだ」


 言い切った。

 初めてこんなに本心で話せたかもしれない。

 人に対して良い意味で感情的になったのも、初めてかもしれなかった。


 それを茉姫奈達にも聞かれてたと思うと、なぜかむず痒かった。


「分かった。玲依」


 姉さんがゆっくり口を開いて、僕の手を優しく握った。


 温かいはずの姉さんの手は、冷たかった。


 それが、毎日姉さんのお見舞いに行ってても慣れなかった。


「私、あと半年、後悔しないように生きてみる。玲依に自慢されるように、一生懸命生きてみるね」


「····出来るなら、ずっと生きて欲しいよ」


 そう言うと、姉さんは「そうだね」とだけ言って淡く苦笑を零した。





 お見舞いを終えたら、すっかり夜になっていた。


 病院を出れば、車通りが多い市街地だからか、あの時に感じていた感傷は、非現実的な空間は一瞬で市街地の喧騒で掻き消されて、元の世界に引き戻された気がした。


 僕の家から病院は近く、高校からもそれほど遠くはない、だから毎日通っても、別に苦ではなかった。


 この時間になると姉さんは寝てしまうので、僕もそれに合わせて帰っている、今日は1人ではないけれど。


「玲依君、毎日お見舞いしてるの?」


「うん、そうだよ」


 那由さんに聞かれて、僕はその通りに返した。

 那由さんは、また僕に問い返すように言う。


「毎日大変じゃないの?」


「大変じゃないよ。僕がしたくてやってるんだ」


 よく大切なものは失ったりしてから初めて気付くと言われているけれど、僕もそれに近かったと思う。


 姉さんとの時間を、僕が唯一家族と思っている人との大切なコミュニケーションを蔑ろにしてしまった。


 思ってもないことを言って、1番姉さんの前で粋がっているのは僕自身で、もしかしたらその粋がった故にでた素っ気ない言葉で、姉さんが傷付いていたかも知れないのに。


 自分に正直になれれば、姉さんがこんな風にはならなかったのに。


 そう、多分傍から見れば。


「なんか、玲依····罪を償うようにお見舞いに行ってるように見える。見てて、なんか少し怖い」


 贖罪。


 呆気なく心を読まれたような発言をされて、心臓が跳ねた。


 もはや、僕がやっていた事は····贖罪に近い何かだ。


 償うように、祈るように姉さんの所へと向かう日常、それが他人から見られたら“義務”と言われても仕方の無い事だった。


 何故ならば──。


「僕は、姉さんを守れなかったんだ。1番壊れてたのは、姉さんだった。援交してる事を知ってたのに止められなかった僕の責任なんだ」


 那由さんが、突然僕の手首を掴んだ。


 力強く僕を掴んだ彼女の手は、とても熱くて、そして僕の混沌としていた思考回路を一瞬で冷やしていく。


「ダメだよ。自分で自分のせいにしちゃ」


「那由の言う通り。自分だけじゃ抱えきれないものを抱えようとしちゃダメ」


 自分の家族の、自分が守りきれなかった人の事だから、1人で背負うしかないと思っていた。


 僕を人間として見てくれていた人だ、尚更そう思う。


「なら、どうしたら····」


「目の前にいるじゃん、2人」


 ハッとした。


 茉姫奈の声で、少し目が覚めた気がする。


「1人じゃダメなら2人で、2人でもダメそうなら3人で! そうじゃない?」


 僕が馬鹿だからなのか、その考えはなかった。


 多分、普通の人なら考えつくような事だ。


 あぁほんとに。


 君には敵いそうにない。




「うん、そうだね。ありがとう、本当に」


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