秋、絡繰・1
秋が来る。
死んだように生きて、秋になった。
10月の中旬まで季節は颯爽と移ろっていった。
ここまで、どういう風にして過ごしてきたんだろうか、とあの日からの記憶すら曖昧な事に自らを猜疑する。
これ程、これ以上時が止まって欲しいなんて思ったことはない。だけど無情にも1秒1秒僕も、姉さんも終わりに近づいてきている。
姉さんは、多分そう長くはない。
僕よりずっと。
急性エイズと言われた時、予想はしていたけど、僕の心は受け止められるくらい大きくはなかった。
ショックが大きすぎて、1週間位学校も休んだ。
その間ほとんど何も食べずに過ごした。
今は何か食べるようにしているけれど、食欲は前と比べて格段に落ちた。
ずっと本能でわかっていたのに。
なぜ姉さんが夜までずっと部屋から出てこないのか、援交している時、セックスはしなくなったのか、今になって腑に落ちても、遅すぎた。
こうやって毎日お見舞いに来ていても、姉さんの生命が助かることは無い。
父も母も、お見舞いに来たことは無かった。
少なくとも、僕は2人の姿は見ていない。
母は施設にいるから仕方ないけれど、父は姉さんの事が心配じゃないのかと憎悪を覚える。
だけど、それを祈るかのように、僕は毎日毎日花を買って姉さんの花瓶に交換しては飾るの繰り返し。
僕も、気が狂っているのかもしれない、と思った。
勿論──茉姫奈達には言えていない。
彼女達といつも通り過ごしてはいるけれど、言ったら何か全てが壊れそうな気がしたから、言おうとしても喉が掴まれるみたいに痛くなった気がして、声が出なくなる。
その声を殺して、また自分を殺して僕は病院に入った。
今日も夕方に姉さんのいる個室のドアを開けて、花瓶の花を取替える。
「毎日やらなくても、いいのに」
「いいんだ。僕がやりたいから」
「最低限は動けるんだよ」
「でも、姉さんにはまだ生きてて欲しい」
「····そっか」
ベッドでずっと寝たきりの姉さんの手首からは管が伸びていて、そこが逆流して少し管から姉さんの血液が見えて、鳥肌が立つ。
顔も、血色はあまり良くなかった。
声も、前と比べたらとても掠れていた。
「そうだ、あのね玲依」
「どうしたの」
「今日お医者さんに呼ばれてね」
「うん」
手が止まる。
「姉さん、あと半年だって」
うん、分かってた。
薄々わかってたよ。
きっと、幾許も無いんだって。
「····そっか」
重い口調ではなかった。至って普通な、姉弟間での自然なやり取り。
でも、告げられた内容と、姉さんの今の容態をみたらそう思うしかなくなってしまう。
血色の悪い少し青白い顔、前と比べてみても明らかに細くなった腕、あんなに光を灯していた瞳は、少し濁っていた。
腕に繋がれた管、普通の患者にはつけられない心拍計。
縁起のいい花すらも、逆に拍車をかけているのかもしれない、と思ってしまった。
生命を削るかの様に吐き出す咳嗽は、とてつもなく重く──無機質な病室に響き渡った。
ずっと綺麗だった爪は伸びきっていて、あの頃の面影は、全くと言っていいほどなかった。
「なんで、ずっと黙ってたの」
不意に、聞いてしまった。
聞いてはいけないと思っていたラインをいとも簡単に踏み込んでしまう。
「んー、ずっと前に急に具合悪くなるの続いてたから、妊娠検査したけど陰性でさ」
姉さんは、天井を見ながら言葉を紡ぎ続ける。
「あーもう急エイズなんだなってなって、後悔しないように玲依と一緒に最期は過ごしたいなって思っちゃって」
違う、違うよ。
絶対そうじゃないよ。
「なんで、病院で治そうとしなかったの、今の医療なら早期発見で薬とか飲んだら良くなる時代なのに」
「だってさ──」
綺麗で、壊れそうな笑顔で姉さんは僕に言った。
「私ってさ、多分生きてる意味····ないじゃん?」




