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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
第2章 白き夏、黒き影

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白き夏、黒き影・終

夏の終わり、絶望の秋

 そこから先の事は、あんまり覚えていない。


 愕然とする金城くんを後にして、今は茉姫奈と僕で一緒に帰っている。


 自業自得だとは思った。


 自業自得な人生を送ってきた僕が棚に上げて言うのもお門違いだとは思うけれど、今までやってきたこと、周りからの評価、茉姫奈にしつこく付き纏ってきた結果、全てが裏目に出た感じだった。


 これで茉姫奈の安全を確保することが出来たと僕も内心ほっとしているし、スズさんと那由さんも「お膳立ては出来たかな」なんて変な事を言っていた。


 僕はただ金城くんから去っていく皆の後を付いて行っただけだったし、安心感からか上の空になっていて、そこからの記憶が断片的になっていた。


 気がついたら、茉姫奈と2人で夕陽に照らされた道を歩いている。

 高校に近い河川敷を僕らは歩いていた。


 住宅街からすぐそこにある、どこにでもある様な河川敷。何故いつもここを通っていないのに。


 なぜ、今日は本来の通学路の街を通らないで人通りが少ない外れに来たのだろう。


「今日は、気分転換にこっちから遠回りしたかったんだ」


「····急に心を読まないで欲しいのだけど」


「ほんとに? 同じ事考えてた?」


「生憎とね」


「うわ、また出たよツンデレイ」


「····初めて聞いたよ」


「ネーミングセンスあると思わない?」


「インスピレーションは、いいとは思う」


「うわ、ずっとツンデレじゃん」


 いつも通りの茉姫奈だ。


 屈託のない笑顔を浮かべて、僕の顔をのぞき込む。


 日常と変わらないやりとりをしている内に、僕も少しづつだが、安心感が増していく。


 あの時の言葉すらも、すっかり穴が空いたみたいに忘れていた。


「普通だよ」


「····うん、確かに」


 急に流れが変わった気がした。


「何もかも変わらなくて、いつも通りの日常····常にありふれた幸せを探さなくても、玲依といれば、それは目の前にあったなぁ」


「何の話を──」


「なんてね」


 その場で流されて、僕は目を眇めてしまう。


「ごめん、僕は」


「分からないんだよね」


「····うん」


 何を聞かなくてもわかるのは、多分。


 でも、そういう話にいきなり誘導したのは茉姫奈だし、そう思うのは当たり前なのか、とも思った。


 薄暮が空に指して、携帯を見たら6時を指している。


「知ってると思うけどさ」


「うん」


「私、実は玲依のこと好きなんだ」

 


 知ってる。

 それほど心臓は跳ねなかった。

 言われる覚悟は出来ていたから。



「でも、玲依は多分、好きって言う気持ちとかが分からないんでしょ?」


「····ごめん」


「謝らないで」


「····ありがとう?」


「あははっ! なにそれ!」


 茉姫奈は吹き出してお腹を抱えながら笑った。


 一つ一つ歩みを進めながらこのような話をするのは、恐らくほかの人には変な感覚で見られるだろうけど、今この時間が違和感なく流れるように、僕と茉姫奈が歩きながらこのような話をしているのは、あまり違和感に感じなかった。


「やっぱり、玲依って面白い」


「その話に誘導したのは、話の脈絡的に茉姫奈だけどね」


「やだなー、確認しただけじゃん」


「僕はさっき初めて知ったけど」


「嘘ついてるように見える?」


 少し、茉姫奈を覗く。


 嘘は言っていなかった。


 そんな色は全く見えない。


 いつも目を凝らせば見える陽炎みたいなモヤはいつも見えているし、それを上書きするように僕を想う恋慕の色が見える。


 だからこそ、怖い。


 なぜ、僕なのか。


 揺れる。

 心が、揺れる。


 僕は、茉姫奈のことをどう思っているのか。


 分からない自分が、いちばん分からなかった。


「私だけ、怖い思いと恥ずかしい思いをするなんて割に合わなくない?」


 金城くんに胸ぐらを捕まれ、身体を触られ、レイプするぞと脅されて。


 他の人なら学校すら行くことすら危ういトラウマものだ。


「もう、怖くないの?」


 茉姫奈は一呼吸置いて答えた。


「怖くないよ。だって、絶対玲依が助けてくれるもん」


 風と共に笑顔が、揺れる。


 薄暮に照らされた笑顔が、僕の心を激しく揺さぶった。


「私が死にそうになってても、玲依は私の足りない心を満たして、1番苦しい時に助けてくれる、1番怖い時に助けてくれる」


「それは、たまたまスズさんが居たからで」


「いや、違うよ。私にとっては、助けてくれたのは玲依だから」


 頑固で曲げないのも、それも茉姫奈らしい。


「──これが、生きていくっていう事なのかな」


「····うん、きっとそうだよ。その問いになんて正解とか、間違いとかなんてないよ。だから茉姫奈が思ったことが、全部正解なんだと思うよ」


「それも、全部玲依のおかげ」


「僕も感謝してるよ」


「私のお陰で那由ともスズとも仲良くなれたもんね?」


「····そういう問題じゃない」


「良かったね、かわいい女の子と仲良くなれて」


「だから、そういう──」


 言いかけた時、茉姫奈は人差し指で僕の口に静止をかけた。


 僕も素直にそれに応じて、口を噤む。


「もう1回言うけど私ばっかり、恥ずかしいからさ····分かるでしょ?」



 少し腰をかがめて下から覗き込む茉姫奈の顔は微かに紅潮していて、含羞の色を放っていた。



 彼女が言いたいことは、多分分かった。

 やっぱり、茉姫奈は不思議な人だなと思った。



 人に嘘をつかないで、他人の汚れた感情で揺さぶられない芯の強さを持っていて、人の汚い部分が一切ない。



 色が見える僕が分かるなら、絶対そうだと断言出来る。

 茉姫奈に関わる人達みんながそうだ。



 不思議な力を持っている。

 汚いと決め付けてろくに見てこなかったスズさんですら、汚い感情は見えなかった。



 だからこそ、思う。

 色眼鏡で見ていたのは僕の方だったのではないかと。



 見ている色なんて、感情の色とかいう現象は全部偽物で、僕の勘違いなのではないかと。

 暴力を振るわれた日々も、後ろ指を刺された日々も、瘡蓋になっていずれは消えていく。



 いつかを境に、急に見えていた景色が消えると思うと、何故か怖かった。

 忌まわしい、自分をこんなにも不幸せにしてきたものなのに。



 いつも矛盾ばかりで、死にたいのに死にたくないとか、生きたいのに生きたくないとか、何も自分で決められない人間だ。

 矛盾が苦痛で、でも普通を装って生きている人間紛い。


「分かったよ」


「私、待ってるから。ずっと待ってるから」


「──やめてよ、その言い方」


 何故か、消えてしまいそうな気がしたから。


 こんなにも、太陽の様な存在の彼女が、待ってるという言葉を使ったら、皆の前からいつの間にか居なくなってしまいそうな、そんな気がした。


「····確かに。ごめんね」


「謝るのも、なんか変」


「なんて言えばいいんだろうね」



 僕は少し沈黙して、答えた。



「····少し、難しいかもね」


「だよね〜、玲依が分からないなら私も分からないや!」


「····多分、ありがとうとか、そういう有り触れた感謝で良かったんじゃない?」


 ふと、ありがとうという言葉が浮かんだのは、茉姫奈のその言葉に嫌なものが渦巻いたのは。


「待ってるって言ったら、茉姫奈が死んじゃいそうな気がした」


「あーほんとに? そんな風に受け取っちゃった?」


「なんかね。僕がネガティブ思考だからだけど」


「確かに、今思うと死亡フラグかもね」


 茉姫奈は無邪気に、笑いながらそう言うと、彼女は僕を追い越して走って僕の前に止まる。


 すると、茉姫奈が僕の前に手を差し出して、言う。


「じゃあ、今だけ離れないように手繋いでよ! これで安心でしょ?」


 目の前に差し出された細くて長い手、血色も良くて白い。


 肌の繊維が夕陽で煌めいていて、生命力を感じられずにはいられなかった。


「····今日だけだよ」


 むず痒い気持ちを抑えながら、僕は茉姫奈の手を繋ぐ。とても柔らかくて、でもしなかやかな繊維の様な手は、自然と僕に歩みを進めさせた。








 茉姫奈の意図は、頭の足りない僕でも分かった。


 それの真意が何かなんて、言えるわけないけど。


 心配になって彼女を家まで送り届けて、2人で手を振ってそのまま帰った。


 優越感に浸っているわけじゃないけれど、今日のこの日が何故か今までで1番満たされていて、自然と温かいものが胸に流れ込む。


 考えれば考えるほどほわほわして、机の壁に貼ってあった目標のことを思い出す。


 これは、それに近づいているのでは無いのかな、と思ってしまうくらいに、茉姫奈の一つ一つの言葉、仕草を思い出して、満たされすぎて胸が苦しくなる。



 でも。

 なぜか。



 家にたどり着こうとすればするほど。


 重くなる足取り。


 なにか後ろめたいことなんてあったか?


 なにもない。


 だけど、なぜか家に着くまでの足がとてつもなく重くなった気がした。


 重いけど、気がついたら走っていた。


 マンションが見えて、自動ドアに入り急いでエレベーターに乗る。

 何十階も上がるのに1分近くかかるから、焦燥感がすごかった。

 エレベーターに乗っている時に、走った時に汗が溢れるように出てきた。


 制服だから暑い。


 夏服に着替えていなかったから、ブレザーも酷く重く感じた。


 顔から吹き出る汗を無造作に腕の部分でふき取って、エレベーターから出て部屋の鍵を開ける。


 部屋は、重く開いた鍵とドアの音が響くだけで、酷く静かだった。


「ただいま」


 絞り出すような声で、家にいるであろう姉さんに向けて言った。


 言ったけど、返ってくることは無かった。


 いつもは返ってくるのに。


「姉さん?」


 足が重い。



 そのまま恐る恐るリビングのドアを開けた。



 何となく分かっていた。



 これが虫の知らせなんだなって言うことを。




 姉は──横になって倒れていた。


「──え?」


 ちゃんと息はしているし、肌も冷たくなっていない、だけど顔が真っ青で意識を失っていた。


 ラフに黒のスウェットと黒のタンクトップを着ていた姉は、いつもは届く僕の呼びかけすらも届かなかった。


 意識が混濁していて、身体も時々痙攣している。


 昏睡状態、というのか。



 まって。

 待てよ。



 何があったんだよ。


 昨日までそんな素振り見せなかったじゃん。


 僕も何が何だがわからなくて、息と体が震えた。


 状況を理解した数秒後に、携帯を取りだした。



 携帯を取り出して、叫んだ様に救急車を呼んだ後は、記憶が曖昧で、覚えていない。


 ただハッキリと覚えているのは、無力感と空虚。


 なぜ気づいてやれなかったのだろう。


 守られてきたのに、守ってあげられなかったのだろう。


 ただ救急隊に担架で運ばれていく姉さんを見る事しか出来なかった。


 心に蝕んだ幾つもの負が飽和して、裂けそうだった。


 思い当たる節はいくつかはあった。


 逐一咳をしていた。


 それも乾いた咳だ。


 最初は風邪なのかなと思っていたけれど、今思えば違った。


 そして、母を精神病患者の施設に入れたタイミングも不可解だった。


 あのタイミングで入れるのは、僕も少し不審に感じていた。入れるとしたら僕が高校を卒業して進学するタイミングで、わざわざ高校生の時に施設に入れるのはおかしいと思っていた。


 あの時言っていた「邪魔されたくない」という言葉は、多分──姉さんは何かを悟っていた。


 今まで通りだと思っていた生活は壊れるのは一瞬で、多分姉さんの身体は元には戻らない。


 そう考えれば考えるほど。


 押し潰されそうになるくらい多くの感情が錯綜して、吐きそうになる。


 数日後、僕は姉さんが運ばれた国立病院に呼ばれた。


 僕一人だけだった。


 姉さんも、父も母も誰もいなかった。


 茉姫奈も、那由さんも誰もいなかった。


 そして、僕は茉姫奈にも姉さんが倒れた事は言えなかった。


 彼女の境遇を誰にも話せないように、今ある状況も話す事が出来なかった。


 1人で抱え込もうとしているわけじゃない。


 茉姫奈を絶望させたくなかった。


 何かの使命感にも近かったのかもしれない。


 白い、殺風景の清潔な建物に看護師に案内されて医者のところに赴く。


 言われることは多分、わかっていた。


 医者から言われることは、一語一句違わなかった。




 だけど、覚悟していた言葉が重くて。



 とても重くて。



 しばらく身体に力が入らなかった。



 病院の中みたいに、頭の中が真っ白になって、目の焦点が合わなかった。


 張り裂けそうになる様なとてつもない後悔と、自責の念に襲われて、涙が出そうになった。


 初めて時間が戻って欲しいと思う。


 壊れるまで守ってくれたのに。


 こんなにも僕を大切にしてくれたのに。


 それに気付けないで、のうのうと人生を浪費した。


 それこそが罪なのではないか。


 だから、その感情があるから夢で何回も殺されるんだよ。


 殺されなくなった夢も、誰かが僕に語り掛けるようになにか訴えかけている。


 見なくなった時から、定期的に見るその夢は、泡沫の夢····なんて思っていたけど、違ったんだなと。


 それを危惧していたのか、色んな可能性があるけれど、今になって色んなことを考えるのは、手遅れだった。



 だって、もう無理だ。

 医者から下された診断は。




 姉さんは、





 末期の急性エイズだった。


2章終わりです


かなり長かったなぁと思います


これからもよろしくお願いします

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