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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
第2章 白き夏、黒き影

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白き夏、黒き影・4

揺れる。

 一瞬、頭が混乱した。


 あの時、怒りの色が見せていた那由さんがいきなり謝罪をした。那由さんが謝る理由も、要素も無いはずなのに。


 なぜ謝ったのか分からなかった。


 その状況は実に奇妙に感じてしまった。


「なんで、那由さんが謝るの」


『あの時、怒っちゃったから』


「それは、知ってるけど、」


『私、あの時玲依君の話に同情出来なかった』


 当たり前だ。


 常軌を逸脱しすぎている話だ。


 作り話とも揶揄出来るような、普通では考えられないような境遇。


 脳裏にまた浮かんだのは、僕が小学生の頃に髪を掴まれながら父に言われた言葉。


 ──玲依····お前には、一体何が。


 何が、からは言われなかった。


 知るはずもない理由を並べようとしても、分からない。


『あの時ね、真っ先に許せないと思ったの、家族はきっと子供を愛して、愛される為にあるもののはずなのに、それを蔑ろにして手を上げるなんてさ、許されないことじゃん』


 息を少し吸ってそのまま那由さんは続けて言う。


『なのにさ、そうやって玲依君のお父さんもお母さんも、手を上げて傷付けたっていうのを想像しただけで、なんかさ、怒りで泣きそうになっちゃって』


『そんな悲しくて、酷い話、聞きたくなかったから、誤解させる様なこと言っちゃってごめんね』


 僕が思ってる以上に那由さんは、人の事を考えていて、その上に僕を気遣ってくれていたのだと気づいた。


 あの時の冷たい言葉も、物事を俯瞰し過ぎた故の発言だった。


 直感的で、でも誰よりも言動を考えていた。


 那由さんから謝られた理由も分からないくらいまで俯瞰が出来ずに、独り善がりな考え方をしてしまう僕は、馬鹿だ。


「いや、いいんだよ。僕も本能的に話しちゃったから申し訳ないと思ってる····そもそも、那由さんが謝ってきた意図が汲み取れなかった僕が悪いわけだし」


『──そうやって話したくない自分の過去を話しちゃうのって、多分ね、誰かに愛されたいと思ってるからなんだと思うよ』


「····」


『だから、玲依君はマッキーに話したんだと思う、自分は愛されない、だけど、それでも愛されたいって思ってるから、マッキーの温かさを知っちゃったから、玲依君が抱えてた自分の心の冷たさが負けちゃったんだよ。マッキーの温かさが勝っちゃったの、私もそうだったからさ』


「それは、どういう」


『前にも言った通りで、少し付け加えるけど、前の中学校で虐められてて、それでここまで引っ越してきてんだよね』


『だから人と話せなくて、話す内容にも悩んじゃってさ、それであぁ楽しくないなあってなっちゃってた』


 あぁ、と納得してしまった僕がいた。


 物事を俯瞰して判断出来るのは、以前にクラスという学校のコミュニティの世界から隔絶されてしまって、それ以上に虐げられていたから。


 いじめがあって人のことを考えすぎてしまうこの人格が無理やり形成され、今に至っているのだろう。


 薄暗い部屋に、ぽつりと僕という存在がベッドに座っていて、携帯電話という、電波を流したら文字通りなんでも出来る奇怪な機械を耳元において、コミュニケーションを取っている。


 その携帯には、電波越しに那由さんの声が反響しながら、部屋にも解けていく。


 その過去を乗り越えて、ちゃんと考えを言えるのは素晴らしい事だし、僕に出来ないことを持っている。自分から本能的じゃなくて、自発的に発言したりなど今まで出来なかったことだ。


『だけど、私の所にマッキーが真っ先に来てくれてさ、屈託のない笑顔で私と友達になろうって、信じてって····そこから私は、あぁ独りじゃないんだって、私も一緒に居ていいんだなって思って、マッキーに負けちゃった』


 那由さんに向けたであろうその笑顔が容易に想像できたのは、茉姫奈がそれ程までに素晴らしい人間だからだろうか。


 ただ、僕が想像しやすいだけなのか。


 漠然と頭に浮かんで、ただそれを深く考えもせずにただ消去して、視界が薄暗い部屋に急速に戻される。


 それを考えている間にも、那由さんは茉姫奈との事を話していたかもしれないのに、それを無下にできるのは一周まわって僕の才能としてもいいのかもしれない。


 1度想像すると何も会話とかが入らなくなってしまう、僕だけかもしれないけど、1つに気を取られたらそれしか考えられなくなってしまう。


 多分、茉姫奈が向けた笑顔は、那由さんにも向けた笑顔と同じ。


 その人を救いあげる大きな手は、茉姫奈にしかない特別なもの。


 その茉姫奈が、僕のような感情をもし持つとしても、理由ときっかけがどれだけ探しても、見つからなかった。茉姫奈が前に言っていた『信じる』という言葉は僕にも本質は理解できないし、その定義は多岐にわたって哲学的なものだろう。自分を信じるものもあるし、他人を信じきるものもある、それか神や宗教や、人の人智を超えた霊的な何かか。


 それについて考えている彼女は良くも悪くも、茉姫奈の人柄が出ていると感じた。茉姫奈の『信じる』は、自分は信じるから、貴方も信じて欲しいという約束に近いものだと。


 そのような事を考えていると、那由さんの声が僕の耳に届く。


『だから私もごめんね。自分を棚に上げたようなこと言っちゃったから、あの後マッキーにも玲依君誤解してると思うから、ちゃんと謝ってあげてって言われてさ』


「····分かった。僕も、至らない点があったからごめん」


『ふふっ、お互い謝ってばっかりだ』


「まあ····うん。確かに」


『お互い、真面目だね』


「何に?」



『生きる事に真面目だなって思って』



 那由さんは真面目に生きていると思う。自分の状況を理解して、それに応じて立ち回ることを覚えた。


 僕は、いつも矛盾している考えを持っている汚らしい人間だ。


「多分、それは····那由さんだよ」


 恐らく、何をした訳でもないのにいじめられてしまったトラウマで、生きるという哲学的な概念を考えざるをえなくなった。


 些細な嫌がらせが大きく拡がってしまった虐めは、少なからずとも、当事者──虐められた側には大きな傷痕を残す。


 それは僕は少なからず理解しているつもりだ。


 電話越しに、那由さんの呼吸が聞こえる。一定のビートを刻んで、生命が脈打っている音がする。


 他人の心音とか、仕草とか、呼吸とかは良く聞こえたり、見えたりするのに、自分の仕草や、癖は分からない。


 呼吸をして生きているのだろうけど、たまに自分が息をしているのかがわからなくなる時がある。


 茉姫奈との出会いが、僕に深呼吸をさせるきっかけをくれたけど、まだ何か満たれている感じはしなかった。


 その満たされない気持ちの名前も、分からなかった。


「ねぇ──」


『玲依君』


 名前を呼ばれる。


「──何?」


『絶対に死のうとしたらダメだよ』



「────死なないよ」



 その後は自然の流れでお互い電話を切り、僕もベッドにそのまま倒れ込む。


 携帯を持った腕で両目をそのまま塞いで、シャットダウンした視界を開けることも無くそのままの沈む意識に委ねた。


 何を考えるにしても、何も思い浮かぶはずもなく、そのまま眠りに落ちた。




 死なないよ。

 果たして本当にそうなのだろうか?





 いや、死ぬのは怖い。

 怖くて怖くて、たまらない。




 でも、ふとした時に、何かが壊れた時に、とても簡単な理由で死んでしまいそうで。



 そんな自分が。



 自分は正常な人間かどうかすらも猜疑する。



 今も、こうやって言われなければ気づかなかったことだ。



 死にたくないのに、それでも自分を殺したいと思っている自分が。



 死ぬこと以上に、とてつもなく怖かった。



 少し眠ろうとした時に、携帯の通知音がなり、携帯がそれに随伴し電源が付く。


 薄暗い部屋に携帯の灯りが入ると、ついつい見たくなってしまう。僕はその通知を見るために携帯を見た。



『茉姫奈:明日から、3人で一緒に登下校しない? どうかな?』



 もう1人は、茉姫奈の文脈から察するに那由さんだろうなとすぐにわかった。


 ただの携帯で打たれた文字で、無機質な文字列なのに、これ程までに効力を持っている文字はなかった。


 分かった。と茉姫奈に秒読みで返信してしまって、僕はまた溜息を吐く。


 これからどんな生活が始まるのかとか、不安だとかはもう考えなくなっていた。


 他のクラスメイトにはもう既に不審に思われているだろうし、去年はほとんどの人とコミュニケーションを取らずに過ごしてきた人間だ。1周回ってどんな反応をするのか見たいくらいだった。


 だけど、何故茉姫奈が僕にこんなに執着するのが、現実から目をそらす為に今までに沢山の文学に触れ、数え切れないほどの秀作を読んでいる自分でも、分からなかった。

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