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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
第2章 白き夏、黒き影

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白き夏、黒き影・2

言霊

「疑り深いんですね、本当に」


 別に、人を疑う事は悪いことではないと思う。


 恐らく自分を客観視しても、人を疑うことしかしてないから、そもそも僕の発言自体がかなり矛盾していると感じる。


 だけど、敢えてその言葉が出たのは、人が自分と真剣に話していると分かったからだった。


 僕は自分の言葉で、会話ができている。大層な言葉は喋れはしないけれど、人とマトモに会話が出来ているとこの瞬間に自覚した。他人が僕を疑っていて、その疑いを色を見ずに自分で察知した。その進歩は僕にとっては大きすぎる1歩で、始まりがマイナスすぎる僕からしたら、大きなプラスだと感じた。


 薄暮の日差しが少し強くなって、僕の暗かった足元を少し明るく照らし出す。彼女の足元はそのままで、僕だけに、足元に一筋、光芒が差した。


 ずっと人との会話を避けて生きてきたからか、その会話すら新鮮で、薄暗い空間が僕が見ている視界からは、足元だけではなく、なぜか全体も明るく見えた。


 そして、あまりよく見えなかった彼女の目が、顔が顕になっていった。


 茶色の髪に茶色の双眸、彼女も茉姫奈と同様に、相当顔が整っていた。眇めた彼女の目は、何故か茉姫奈と同じで僕の考えていることを見透かして来そうで。


 ふと思い出す。


 この口調にこの声音は昨日、僕にプリントを届けにいくのかを聞いた人だった。



「別に、普通じゃない?」


「····貴方が初めてですよ」


「私は貴方じゃない」


「──名前?」


「もしや知らないの?」


 これに関しては、しょうがないと思って欲しいと思った。


 人との交流を絶って、それでも僕を繋ぎとめようとする人がいて、やっと少しづつ回り出した歯車。


 それでも、誰が誰かとかは、本当によく分からなかった。


「····ごめんなさい」


 茉姫奈と仲のいい人は、少し口調を強めて言った。


那由(なゆ)····京腰(みやこし)那由」


「じゃあ、みや──」


 瞬間に、茉姫奈が名前で呼ぶことを強要してきた情景が目に浮かんだ。


 良くも悪くも、何気ない会話の瞬間に走馬灯のように流れてきた茉姫奈とのやり取りは──何個もあるはずの選択をひとつに絞らせた。


 僕は、訂正するように、彼女の名前を呼ぶ。


「····那由さん」


「······ふふっ、那由さんって」


 那由さんは、口の端から少し笑みを零す。


 多分、僕が苗字じゃなくて下の名前の方で呼んだから意外で思わず笑ってしまったのはすぐに分かった。


 何故か、那由さんが笑ったら「こうやって笑うんだ」とか、この人はこういう笑い方をするんだ、とか思ってしまって、少し新鮮な気持ちになる。


 普段は思わない事も思えるようになってきているのは、やっと心が現実に追いついたからなのか、新しいことの連続で思わず視野が広まってきているのか。


 生き急ぐ事に必死で、自分の足元しか見えなかったのに、昨日をきっかけに彩りを見事に添えられた。だからこうやって恐る恐るでも、那由さんとも関われる機会がやってきたのだろうか。


 那由さんは、あまり怒ってはいないようだった。少し僕を疑っている色と、信じている色で二分割になっていて、でも信じてくれているなら、それだけで僕は少しほっとする。


「マッキーとはさ、中学からの仲でさ」


 那由さんは少し、僕に語りかけるように話し始めた。


「中学の頃に、色々あってここに引越してきちゃって、新しい環境だからさ、友達いないわけじゃん」


「実際、私ね、地方から来てどんな話していいかわからなかったし、前の学校でも色々あったから学校楽しくないなぁとか思ってたわけ」


「その時にマッキー真っ先に話しかけてくれて、ねぇどこから来たの? 話そうよって。嬉しかった。あー私って1人じゃないんだって、救われたなぁって、ちょっと思っちゃった」


 やっぱり。


 茉姫奈は無自覚だけど、何気ない行動で、何気ない一言で、人を救っているんだと思ってしまった。


 それに茉姫奈は気付けていない。


 仏陀やキリストみたいに大勢の人を救ったわけじゃない、たった1人····たった1人の心を救っただけでも、救える力を持っていると言うだけでも、偉大な事だ。


 茉姫奈の話をする那由さんの目は少し輝いていて、絆と絆で蝶蝶結び──いや、解けないように何重にも玉結びにされた様な、固いものを感じた。


「仲、いいんですねやっぱり」


「“玲依君”もマッキーにそう思われてるから、マッキーはもう仲良いって思ってるから」


「そう、ですよね」


「良かったじゃん、マッキーこうやって男子と親しい感じで仲良く喋ってる所見たの、中学からの付き合いで今日が初めてだよ」


 少し皮肉を込めて言う那由さんの姿にあまりムッとすることは無かった。双眸が映す那由さんの色は、嘘をついている感じではなかった。


 茉姫奈が言ったことが嘘を感じられなかったように、那由さんの言葉で裏付けが付く。本当を言っている色を淡く那由さんの周りをすこしなぞっていた。


 当人に救われた人はその人を想い、重いくらいに茉姫奈を思い、この様な思い切った行動もできるし、茉姫奈を信じているが故の行動ともとれる。


 友情が深いとか、そういう言葉が不快にしか聞こえなかった。だけど今は、少し意味がわかる気がした。


 人の普通も、苦痛にしか思えなかった。それをいとも簡単に救うことが出来る人が、暴力を振るう、僕の父や母のような人は絶対に勝てないと思った。



「な、那由さん」



 救われたもの同士、少し話をしたら何かわかる気がした。


 ただの直感でしかないけど──。


「実は、僕も少し救われたんだ」


 気がつけば那由さんを呼び止めて僕からも話しかけていた。


 何故か、今まで壁を作りながら女性に接していた僕を作り上げられた原因を恐る恐る──多分理解されないだろう、それ前提で茉姫奈のおかげで肩の荷が軽くなった事を話した。


「あまり、君とはかけ離れた境遇かも、しれないけど、茉姫奈と1番の友達って言うなら、関わることも多くなるかもしれないから話しておきたかったんだ」


「······」


 那由さんは、眇めた目で少し僕を見つめていて、何も言わなかった。


「どうか理解してください、なんて言わない····ので、」


 ふと那由さんを見る。那由さんの周りからはふつふつと怒りの色が見えた。


 それを見た時、やってしまったな、と思った。


「そんな話、聞きたくなかった」


 確かに。


 那由さんが話したのは、茉姫奈と仲良くなった経緯であり、僕が話したのは過去と今であって、その過去に受けた痛みを人にさらけ出して、お涙頂戴をしているだけだった。


 ただの自分のエゴを振り撒いてみんなから共感をもらおうとする悲劇のヒロインと一緒。きっと感じる人からしたら、「いきなり何この人」状態だ。


 そんな話聞きたくなかった。


 僕の正鵠を的確に射った言葉に、ハッと我に返る。


 自分の過去をネタにして同情をかっているだけに過ぎない僕は、那由さんの一言で悟って、相当気持ち悪い人間だと自覚した。


「····ごめんなさい」


「玲依! 那由と一緒にいたの?」


「あっ」


「じゃあね、 マッキー」


 那由さんは茉姫奈の方を向かずに逆の廊下に走って行ってしまった。そのまま階段を降りていって、最初は単調に響いてた足音が静かにフェードアウトしていった。廊下にいる人は那由さんから茉姫奈に変わり、僕はまた女性と対峙した。


 少し力が抜けて、後ろの壁に寄りかかる。


 そして、今1番会いたいとは思えなかった人と相対してしまった。


 酷く気まずい。


 自分から話しかけられないくらい、口が重かった。


「····那由ってさ」


「······?」


「那由ってね? 人一倍私を大切にしてくれるから、逆に私、こんなに大切にして貰っていいのかなぁって思う時あるんだ」


 茉姫奈から少し漏れた気持ちは、那由さんを大切に思っているからこその言葉。


「うん」


「だから多分、玲依になんで急に仲良くなったのーって言われたんでしょ? 那由って私の事になると先走っちゃうからさ」


「うん」


「ちょっと強めに言っちゃったんでしょ? ごめんね、那由もいい子だから」


「····うん」


 突然茉姫奈が壁に両手を勢いよく付けて、壁に寄りかかっている僕に迫った。


 刹那的な事だったから少し驚いて、目の前に躍り出た胸にも驚いて、反射的に顔を横に逸らす。


「さっきからうんうんばっかり! どうしたのさ急に!」


「····うん、こめん」


「だから、なんで──」


「学校では····あんまり目立ちたくないんだ」



『僕は君が思っている程綺麗に出来てない』



 自分自身で、昨日言った言葉を思い出した。


 比喩でも何でもなく、心の底からそう思っている言葉だった。


 “言霊”というものが人々の中で流布している事柄がある様に、言葉には意味があり、それが力となって宿るなんていう考え方もされているらしい。


 負の感情を言葉にして吐露すると先々で悪いことが待ち受けていたり、自分で自分を貶めるものにもなる。


 常識の外側にあるような考えだが、正直に言うと、僕が考えても起こりえない事柄がこの世界では起こるという信じられ方もされているのも事実だ。


 事実、僕は他人の感情が色として目に見えるという謎の現象が表れているし、他人からしたらそれはありえないことで、僕が異常なだけだ。


 変な知識だけが身について、目の前の今日や明日を考えて生きていく頭だけはまるで発達していなかった。


 いや、汚れているのは僕の方なのか。


 そんなことを考えている矢先に、茉姫奈は大きな声で、僕を諭すように言った。




「そんなの玲依の勝手じゃん、私は私の『自分勝手』を貫くから! だから毎日玲依に話しかけるもん」




 言葉は、声は、言霊は、酷く心臓を揺さぶって離さなかった。

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