23:ストレンジコンディション
『泥と敗北にまみれた時間だけが君の歴史を輝かせてくれる』
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ストレンジコンディション。
ニカラグが女神クアトラ=ナハトから与えられたその権能は、大きく二つの能力から構成される。
一つは肉体的強度の大幅な向上。
体のしなやかさはそのままに、全身に鋼にすら打ち負けないような硬度を持たせることができる。
その防御力は絶対防御とまで呼ばれるほどに圧倒的で、突破するのは容易なことではない。
二つ目は本性の露出だ。
ニカラグを中心とする一定の範囲内において、嘘をついたり、自分を偽ったりするといった類の行動を大幅に制限する。
早い話、相手にバカ正直な行動を強制に近いレベルで促すのである。
一見すると戦闘向きでは無いように思えるが、これは相手の搦手を封じるということであり、高い防御力を活かした真正面からのぶつかり合いに相手を引き込む上では非常に相性が良い。
そして今回の戦いで大きな役割を果たしたのは、二つ目の方の能力だった。
「ふっ!」
ガキキキキンッ!
ロトの直剣による連撃がニカラグの体を叩き、甲高い音を立てる。
「これも駄目か」
長い間使っていなかった直剣。
保有していることすら隠してきたその剣は、ストレンジコンディションの影響が無ければこの場面において使われることは無かっただろう。
例え生死を分ける局面においても、ロトはそれを使うまいと決めていた。
剣との契約を必要とする付加効果。
そしてそれ故に使える者は世界に一人だけ。
このリーンという世界で、ある程度の教養があるものが見ればすぐに気がついてしまうほどに、その剣は有名だ。
そして当然その使い手も。
幸いだったのは、この場にいた彼以外の全員がストラの出身であったことか。
(ロトの奴、普通に剣も使えるんじゃないのよ……)
普段のロトは、弓が使えない場面ではダガーを使っている。
他の剣を持っているところは何回か見たことはあるが、その扱いはここまで洗練されてはいなかった。
隠れてこっそり特訓したところで実戦抜きでは到達出来るようなレベルでもない。
おそらくは元々使えたのだろうとナルヴィは判断した。
後方のフォーエイトに警戒しながら、ロトと足並みを揃えるためにニカラグとの距離を詰める。
先に防御力の劣るであろうフォーエイトを攻撃する選択肢もあるはずなのだが、ストレンジコンディションの影響下ではその発想は浮かんでこない。
(上手く囮になってよ?!)
今の状況では味方の戦力が増えるのは歓迎する要因でしかない。
ナルヴィはいつものロングアックスよりも数段重い武器を担ぐと、ニカラグの側面に回り込んだ。
敵二人を両方同時に視界に入れることは出来ないが、少なくともこれで真後ろから攻撃を受ける可能性は大幅に減らすことができる。
「狙いが見え見えなんだよ!」
ニカラグは距離を取ったロトへの追撃を中断して方向を変えると、防御をする素振りも無くナルヴィに向けて突っ込んだ。
「――!」
普通に考えれば無防備。
不意を突かれて万全の体勢とはいかなかったが、ナルヴィは反射的に大斧を振り下ろした。
加速する刃。
僅かな風切り音と共に、一撃の威力に特化した攻撃がニカラグの肩を狙う。
彼女がこの攻撃を防がれたことはない。
全ての敵を手応えすら無く両断してきた。
これまでは、だ。
ガキンッ!
「――! 嘘でしょ!」
鈍い金属音が響き、柄を持つ両手に衝撃が伝わる。
ロングアックスの時と同様の結果に、ナルヴィは思わず目を見開いた。
ニカラグの肌には傷一つついていない。
「甘いぜ!」
(来る!)
先程と同じ展開だ。
となると、次は攻撃を受け止められた隙を付いての反撃が飛んでくるに違いない。
しかし攻撃を受け止められた衝撃で腕が痺れてしまい、ナルヴィは即座に防御の体勢に入ることができなかった。
少しでも衝撃を逃がそうと、前方に掛けた体重を後ろに移動させる。
彼女の視界の奥、ニカラグの背面からはロトが迫っているのが見えた。
「プライドスナッチ」
(――!)
自分の権能に関する情報漏洩を必要最小限に抑えたいフォーエイト。
ニカラグがショルダータックルの体勢に入ったのと同時に、死角にいた彼の声がナルヴィの耳に届いた。
ナルヴィ達の意識がニカラグに向いた瞬間を見逃さず、すかさず自らの権能を行使したのである。
(今度は何をした?!)
ロトもナルヴィも、彼の能力に関してはまだ一切知らない。
ジェルダダイブはもちろん、プライドスナッチに関してもだ。
そして非常に厄介なことに、彼らは今ストレンジコンディションの影響下にある。
つまりは駆け引き、あるいは優先順位を考慮した行動の取捨選択が妨害されているのである。
そのため、フォーエイトから何か遠距離攻撃の飛んでくる可能性が頭の中に浮かんだナルヴィは、その注意を一瞬だけ彼の方向に向けてしまった。
目の前にニカラグの攻撃が迫っているこの状況下で、だ
「もらったぜ!」
「しまっ――!」
ドッ!
鋼の砲弾と化したニカラグの体当たりをもろに食らったナルヴィ。
彼女は衝撃に揺れる視界と共に後方へと吹き飛ばされた。
いくら慣れているとはいえ、体格的には決して恵まれているとは言えない少女の体では積み上がったダメージを支えきることは出来ず、彼女は地面に叩きつけられるよりも先に意識を失った。
「ナルヴィ!」
ニカラグの背中に自身の最高威力の攻撃を叩き込もうとしていたロト。
本来であれば、ここは仲間の被害にも動じることなく敵を仕留めに行くべき場面である。
実際、彼も直前まではそうしようとしていた。
しかしナルヴィ同様にストレンジコンディションの影響下にあった彼は、素直に仲間を気遣う声を上げてしまったのである。
背後の声に気が付き、ロトを迎撃しようと振り返るニカラグ。
タイミングとしてはこの時点で両者はほぼ互角。
が、しかし――。
「……おや?」
フォーエイトは何かに気づいたかのような声を上げた。
それがロトの動作をさらにもう一瞬遅らせる。
もちろんそれがストレンジコンディションの影響によるものであるのは言うまでもない。
「ブレイブ――」
「遅っせぇ!」
ロトの腕が届く直前、鋼鉄の鞭と化したニカラグの腕が彼を横に薙ぎ払った。
ミシミシと何本もの肋骨が折れる音が体の中を伝わって耳に届く。
(まだだ! まだチャンスは残ってる!)
ロトがこれまで隠していた力の中には自分自身を治癒する魔法がある。
ブレイブハート。
対象は自分しか取れないが、数ある治癒魔法の中でも最高の効率を誇る”勇者専用”魔法である。
吹き飛ばされてからすぐにこの魔法を使えば、まだ逆転の可能性は残る。
「おらぁ!」
「――!」
ダンッ!
果たしてストレンジコンディションの影響でその意図が筒抜けになっていたのかどうかはわからないが、ニカラグは腕の軌道を途中で不自然に変えると、その場でロトを地面に叩きつけた。
予想外のタイミングで受け身を一切取れなかったロトの頭部を衝撃が容赦無く揺らす。
「ダリ……ア……」
彼は最後に妹のことを考えながら、ここで意識を手放した。
これを圧勝というべきか、それとも完勝というべきか。
それはともかくとして、ユウを助けにきたステラ達はその目的を果たすことなく全員倒れた。
再び倉庫内に訪れた静寂。
「けっ、もう終わりかよ」
ニカラグが吐き捨てる。
「あ、そのピンクの子はまだ殺さないでくださいよ? 権能持ちでしたから」
「なんだ、”当たり”がいたのかよ」
フォーエイトが先程何かに気がついたような声を上げたのはそれだったのかと思い至る。
「ドッペルゲンガーというそうです。どんな能力か楽しみですよ」
一日に二つの恩寵を手に入れることができたフォーエイトはホクホク顔だ。
さて。
それではもう一度確認しておこう。
ストレンジコンディションは、大きく二つの能力から構成される。
一つ目は肉体的強度の大幅な向上、そして二つ目は本性の露出だ。
今回の戦いで大きな役割を果たしたのは、二つ目の能力の方である。
本性の露出。
ロトがこれまで隠してきた力をなんの疑問も抵抗感もなく使ってしまったように、ストレンジコンディションは範囲内の対象に対して本来の力の解放を促す。
意識を保ち、多少の抵抗力を持っていたはずの彼らですら殆ど抗えなかったのである。
ましてや自分という存在を自力で維持できない者がその影響を受ければどうなるか。
すぐ横でステラ達が戦っていることにも気がつくことなく、焦点も定まらないままで、ただ椅子に座ったまま虚空を見ていたユウ。
自分が遠武優のコピーだったという現実を突きつけられたことによるアイデンティティの喪失。
加えて薬物投与と拷問によって未だ宙を漂ったままの意識。
それはストレンジコンディションの効果に対し、一切の抵抗を見せないということと同義だ。
画竜点睛。
ここで本当に重要なのは、ストレンジコンディションがユウに対して”あるべき姿への回帰”を促してしまったということだろう。
一度は静まった倉庫内の空気が再びざわつき始める。
金色の蝶もまた、尋常ではない事態の到来を予感して反射的に飛び上がった。
果たしてそれは龍の逆鱗か。
あるいは眠れる獅子の尾か。
灰色の影が密かに笑う。
『そんなにヌルくはない。』と。
未知なる力への純然たる恐怖に世界が震えている。
それは力の信仰者達にとっての理想像。
即ち絶対強者。
『青』の呪縛。
発現、そして覚醒。
廃人のように力なく座り、定まらない焦点のまま開かれたユウの瞳は、虚空を見つめたままで青く輝いていた。




