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24:不倶戴天の夜

『弱者に死に方は選べない……、だったよな?』


★


「んっ……」


 玉虫色の日光が窓から差し込む朝。

 フォーエイトの攻撃で意識を失っていたソフィアはようやく目を覚ました。

 半覚醒の気怠さを切り裂くかのように鼻を掠めた血の匂い。

 彼女はここが敵地であることを思い出すと、慌てて体を起こした。

 どうやら拘束されたりはしていないらしく、他の五人も先程までの彼女と同じように気を失って倒れている。 

 そして――。


「嘘……」


 ストレンジコンディションの使い手、ニカラグ。

 プライドスナッチの使い手、フォーエイト。

 

 異世界ストラにおける二大勢力の一つ、ムーンアルミラージのトップエリート二人。

 ソフィアの視線の先には彼らの死体が転がっていた。

 二人共周囲に激しく血を撒き散らしており、ニカラグは左腕を二の腕付近から落とされた上で胴体には致命傷となったであろう大きな切り傷、フォーエイトは首を飛ばされている。

 彼らが何者かの手で殺されたのは明らかだった。

 おそらくは完敗と言っていいレベルで一方的に殺られたことは想像に難くない。


(いったい、どうして……?)


 彼女もまた彼らと同じストラの出身だ。

 生まれ育ったのがムーンアルミラージの勢力圏だったということもあり、彼らが如何に強力な戦力であるのかはそれなりに知っている。

 戦闘向きの権能を持つニカラグはもちろんのこと、フォーエイトとて容易に殺せるような相手ではない。

 特に女神クアトラの権能は基本的に基礎能力強化がセットになっているため、サポート系の能力者ですらその戦闘力は高く、真正面から戦えば師団規模の戦力ですら止めきれないと言われているのである。

 

(”戦闘精霊”すら単騎で落とすような相手を二人同時になんて……)


 フォーエイトはまだしも、ストレンジコンディション発動時のニカラグの防御力は筋金入りだ。

 突破に必要な火力は尋常な水準ではない。

 それこそこんな倉庫など跡形もなく吹き飛ばすぐらいは確実に必要だろう。


 ――いったい眠っている間に何が起こった?


 いくらなんでも女神教にあの二人を殺せるような人間がいるとは思えない。

 いや、正直に言ってリーンのレベルではそんなことが出来る人間は一人も存在しないと彼女は考えている。

 となれば最有力候補はやはりU&Bか。

 むしろこんなことが出来る人間を有する組織など他に思いつかない。

 もしかすると彼らの中でも最強クラスの恩寵持ちが刺客としてここに来たのかもしれない。

 

「みんな、起きて」


 周囲に敵が潜んでいる可能性を警戒しながら、まだ意識を失ったままの仲間を起こしていく。

 ロトとナルヴィはかなり大きなダメージを負っているようだが、治癒魔法でなんとかなりそうだ。

 そして目覚めていく仲間達を見ながら、ようやく冷静さを取り戻し始めた頃。

 起き上がったステラを見たソフィアは、この段階になってようやくあることに気がついた。


「……ユウはどこ?」


 薬物と拷問の影響により放心状態で椅子に座っていたユウ。

 しかし倉庫のどこにも、その姿は見当たらなかった。


★


 数日後の深夜。

 王都にあるノワルア中央教会は、突如として受けた敵の襲撃によって混乱のど真ん中に叩き落とされた。

 ここは以前のループでユウ達が潜入した場所であり、大聖堂の地下には今もゴーストロッドが安置されている。

 

「カタリーナ様、侵入した敵はどうやらこの地下に入ったようです。今すぐこの建物から避難を」


「敵の正体は判明しているのですか?」


「いえ、それはまだ……」


 護衛の僧兵三人に囲まれながら、足早に自室を出るカタリーナ。

 彼女の問いに対して、男の一人は言葉を詰まらせた。

 なぜなら、わかっているのは敵が少数であるらしいということぐらいだったからだ。


 夜とはいえ、仮にも女神教の総本山に対して真正面から突入した敵は、そのまま遭遇した関係者を一人残らず殺しながらゴーストロッドに向かって進んでいた。

 僧兵達が迎撃に出ているが、敵と接触したと思われるその大半は一撃で斬り捨てられている。


 鎧袖一触。 


 敵を発見したという声が上がっても、近くの味方が駆けつける頃には戦いは終わってしまっていることから、相当な手練だという判断に異論を挟む者はいないはずだ。

 死体の中には二回以上斬られていた者も僅かにいたが、彼らはきっと頑張った方なのだろう。


 足跡代わりに残された死体から判断される敵の武器は、おそらく剣。

 しかし敵と接触した者達は誰一人と生還していないため、敵の詳細は正確な人数も含め依然として不明だ。 

 

(魔族討伐でサントスさん達が留守のところを突かれましたか……)


 報告された死者の総数は、現時点で既に三桁に達している。

 その中にはホーリーウインドに所属している者も含まれており、それ以上に強力な単体戦力を投入しなければ沈静化は困難と思われた。

 しかし肝心の戦闘向きな福音持ちは全員出払っている。

 建物の中に入られた上に正確な位置もわからないとなれば、物量で押すこともままならない。


(預言書にも記載は無かったはず。流石にこれが小事ということも無いでしょうし、女神様や天使様にとっても予想外ということでしょうか?) 


 魔族討伐に戦力を振り分けた直後に襲撃されたことを考えると、王国側や、場合によっては天使や教皇が一枚噛んでいる可能性すら覚悟しておかねばならないかもしれない。 

 いずれにせよ、この地下に入り込んだということは敵の狙いは限られてくる。


「ゴーストロッドの守りはどうなっていますか?」

 

「例の勇者が部屋に待機しています」 


(現時点では”あの方”がこちら側の最高戦力。女神教ではない方に頼るとなると後々尾を引きそうですが、致し方ありませんね。理由が理由だけにむしろ一番真剣に戦ってくれそうですし)


 遠くからは断末魔の混ざった喧騒が聞こえてくる。

 きっとその方向に敵がいるのだろう。

 カタリーナは一度だけゴーストロッドのある部屋の方向を見た。


★


 中央教会の敷地内にある建物の屋根の上から、リリィは騒動の渦中にある大聖堂を見下ろしていた。

 『白』の使徒である彼女には、自衛以外の武力的な介入はもちろん、味方陣営への情報提供も制限されている。

 そのため、いち早く襲撃者の来訪を察知した彼女はこの場所から静観を決め込んでいたのである。


「まさかあの子が生きてたとはね……」


 夜食のタマゴサンドをかじりながら独りごちた。

 深夜とは言え、敷地の正面から堂々と殴り込みを掛けてきた襲撃者。

 それは間違いなくユウだった。

 オリジナルである優がロゼッタストーンから解放されたので、てっきり死んだものと思っていたのだが、どういうわけか生きていたらしい。

 いつの間にか自分の口元が緩んでいることに気がついたリリィは、自分を戒めながら考えた。


 ロゼッタストーンから優が解放される条件はターニングポイントが消滅した時。

 そしてそのターニングポイントが消滅するのは残り回数ゼロで能力者が死んだ時なので、普通に考えればユウが生きているのは明らかにおかしい。


(まだあれ以降はトリップが起こっていない。ターニングポイントはまだ回数が残ってるはずだから、仮に他の誰かに福音を奪われたのだとしても、このタイミングでロゼッタストーンが解除されるのはやっぱりおかしいわ……)


 おかしいと言えばユウに関してもだ。


(ここは仮にも女神教の総本山。それなりの戦力が揃ってることぐらいは流石のあの子だってわかるでしょうに……。それを躊躇いもなく門番達を瞬殺。どう考えたって正常じゃない)


 仮にもこの世界の三大宗教の一つに喧嘩を売ったのである。

 もちろん水面下では既に敵対関係ではあるわけだが、相手に大義名分を与えるような仕掛け方は賢いとは言い難い。


(とはいえ、これが千載一遇の好機なのも事実。上手く行けばアインスを出し抜いてゴーストロッドを壊せるかも)


 視界の先では聖堂前に待機した部隊がこれから中に突入しようとしていた。


(あのステラって子がいなければ、ゴーストロッドを壊しても白死病は収まらないことだけ教えれば済んだっていうのに……。普通の人間じゃあの子は止められないだろうし、そうなるとルーツとゴーストの一騎打ちか)


 リリィは少しイラつきながらハムサンドに手を伸ばした。

 双方健在でゴーストロッドだけが破壊される。

 それが彼女にとってのベストだ。


★

 

「距離を取って射掛けろ! 近づいたら殺られるぞ!」


「援軍はまだか?! もう半分殺られた!」


 大聖堂の地下。

 ゴーストロッドのある部屋からは少し遠い場所にある広めの通路は戦場さながらの様相を呈していた。

 文字通りの意味で積み上がった死体。

 その数は既に数十を超えている。

 他の場所も含めると、被害総数はとっくに三桁に達していることは容易に想像がつく。


 この中央教会の敷地内に常駐している戦力は約三千。

 その内、ホーリーウインドの大半を含む一千人が魔族討伐に出ている。

 教皇からは『反乱に加わった魔族は”一匹”残らず駆除せよ』と言われているから、彼らがこの騒動の最中に帰還することは無いだろう。

 となると残りの二千で対応しなければならないことになる。


 確認された敵の数は一人。

 しかし直接その姿を確認した者達はまだ一人も生還していないため、その詳しい風貌は未だ不明だ。

 現時点でそれを把握しているのはリリィだけである。

 

 大聖堂への被害を考慮して広範囲破壊魔法の使用はできない上、閉所故に一度に戦える味方の数も限られてくる。

 今や大聖堂地下のそこら中に転がっている味方の死体。

 彼らが一撃で斬り捨てられたという事実は未だ更新されず、一部の長けた者達が辛うじて二撃まで追いすがったのみというのも変わっていない。

 敵が魔法を使用した痕跡は無いが、そもそも使う必要があったのかすらも怪しいところだ。


「第三小隊から報告! 南の通路で敵と交戦開始! しかし既に半数を失った模様! 第五、第八小隊もその手前で全滅を確認!」


「第二十一小隊から報告! 第二十六小隊四十人が東の十字路で全滅しているのを発見!」


「第二小隊から報告! 中央通路倉庫付近で敵と接触! 戦闘開始! 第三小隊は全滅した模様!」


「報告! 第十四小隊が音信不通!」


「報告! 第二小隊からの連絡途絶えました! 直前の内容から、壊滅した模様!」


「何?! まだ一分も経ってないぞ?!」


 大聖堂の入り口にいた警備隊長の元に、次々と報告が上がってきていた。

 そのほとんどは……、いや、その全てはネガティブな内容だ。


『く、くるなぁぁぁぁぁぁ!!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! ……プッ!』 


 ちょうど他の通信や報告が途切れて一瞬だけ静かになったタイミング。

 連絡用マジックアイテムの向こう側から断末魔が響き、そして通信が途切れた。

 中年の警備隊長の動きが固まる。


「……今のはどこの隊だ?」


「第二十一小隊です……」


「これで二十一番も全滅か……」


 大聖堂の地下に突入した部隊はこれでほぼ全滅だ。

 なんの戦果もなく数百人が一方的に殺されたことになる。


「いったい何が起こっていると言うんだ……」 


 警備隊長は頭を抱えた。

 どう考えてもまともな相手ではない。


(噂に聞くU&Bとかいう奴らか? だとしたら敵は福音持ち、それも相当戦闘に適した能力に違いない。こんなのは手に負えないぞ!)

 

 ゴーストロッドの存在は一般の関係者には伏せられている。

 そして脱出するには地下から一階に上がる必要がある以上、階段付近を固めるべきだという意見が優勢を占めるのは目に見えている。  

 果たして残りの部隊を地下に突入させるべきか否か。

 警備隊長はその選択を迫られていた。

 

 しかし彼は知らない。

 生者に限定すれば、既に無人に近い状態となった大聖堂の地下。

 ゴーストロッドが安置されている部屋において、いよいよ両雄が激突しようとしているということを。


 『優』れているのは本物か偽物か。

 その答えは間近に迫っていた。

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俺の本物を殺しに行く

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