21:”優”先順位
『楽観論には警戒した方がいい。楽観的な人にはそれ以上に警戒した方がいい。』
★
「ユウが戻ってこない?」
夕方を過ぎて太陽が地平線の下に沈み始めた頃、ブレッドはロトからの報告でようやくユウがいなくなったことに気がついた。
「ああ。昼前に外に出てから戻ってない。リア達のところに行っているのかと思ったんだが、どうやら向こうもユウの所在は把握していないらしい」
「感づかれたか?」
「……どうだろうな」
ロトが言葉の隅に僅かに滲ませた嫌悪感には気がつくこと無く、ブレッドは考え始めた。
ロゼッタストーン発動中の優は石によって守られているので安全だ。
その防御力の高さに加え、ゴーストロッドを修復するという女神教側の目的を考えれば、少なくとも解除されるまでは心配不要と判断していいだろう。
そしてその解除条件はユウの死。
つまり――。
”ユウが生きている限り、優は安全だ”ということになる。
(女神教が修復を急いでいるのか?)
ブレッド達は、ユウが死に戻り能力を持っていることまでは知らない。
知っているのはユウが死ぬことによってゴーストロッドが修復され、同時に優が石の中から解放されるということだけだ。
(ここであのコピーが死んだら、ユウは敵陣で一人だ。いくら異世界勇者でも流石にキツイ)
言語能力しかコピーされなかったユウとは違い、オリジナルである優には勇者の加護がある。
異世界人は勇者の加護に対して高い適性を持つため、実戦経験が少ないながらも彼の戦闘力はかなり高い水準だ。
つまり戦力の面から言っても、あるいはステラの実家を通じた援助の面から言っても、ここで優を失うわけにはいかない。
もちろんそれを抜きにしても優は大事な仲間だ。
命の危機を何度も助けて貰ったし、個人的な感情の面からいってもブレッドは彼を失いたくはなかった。
「よし、手分けしてユウを探すぞ」
「わかった」
ロトがサブアジト内の仲間達に声を掛けに走る。
ダリア、ナルヴィ、そしてステラにも。
ブレッドもまた、部屋にいるであろうソフィアのところに向かった。
どの道、優を復活させるにはユウの死が不可欠だ。
となるとユウは最悪失っても構わないのだろうが、それで優に何かあっては困る。
ロトとナルヴィ、そしてステラの三人がユウのいる東の倉庫に辿り着いたのは、それから数時間後のことだ。
★
(……二人か)
長い間使われていない倉庫に付けられた目新しい痕跡。
ロトは足跡の種類から、それが二人組であると判断した。
ユウの身に何かが起こったのか、あるいはこの場所がそれに関係あるのか。
まだその確信には至っていなかったが、少なくともここが確認しておかなければならない場所だというのは間違いなさそうだ。
ロトはナルヴィとステラに合図をすると、静かに倉庫の鍵を解除し始めた。
本職は盗賊だと言われても納得の腕前である。
他の二人を見れば、どちらも既に武器を構えて臨戦態勢だ。
(これでユウのことがなければな……)
既にエル・グリーゼの一員となっている優に対する態度はよしとして、ユウに対しては彼らの中でも意見が分かれている。
優のためならばユウを切り捨てることも致し方無しと考えるブレッド達に対し、ロトはユウを犠牲にすることに対しては否定的だ。
だが果たしてステラとナルヴィはどうだろうか?
(ステラは間違いなく優を優先、ナルヴィは……、よくて中立か)
割合としてはやはり優を優先する意見が多い。
ユウの犠牲無しには優の救出ができないということもあってか、積極的にユウの側に付く意見はロトも含めて皆無だ。
(仮にどちらも助かる手段があったとして、積極的に乘りそうなのは……、俺以外だとラプラスぐらいだろうな)
表立った意見の中で一番ユウ寄りなのはラプラスである。
彼がユウの味方をしたくなるのは同じ従者仲間だからだろう、などと考えている間に解錠が終わった。
この先には敵がいるかもしれないので物思いは小休止だ。
ダガーを抜き、静かに扉を開く。
(よし、誰もいないな)
倉庫エリア手前の事務所用の大部屋に入ったロト達。
三人で周囲を警戒するが、特に人の気配はない。
その時、ロトの肩をナルヴィが指で叩き、親指で奥の部屋の方向を示した。
(足跡……)
埃の溜まった床に足跡で作られた道が奥まで続いている。
誰かがいるとすればこの奥、ということだ。
ロトはステラとナルヴィに無言で合図を送ると、物音を探りながら奥へと向かった。
(……ユウ!)
扉を開けたロトの視界に入ったのは、目隠しをされた状態で椅子に縛り付けられたユウだった。
ステラが一瞬出しそうになった声を慌てて引っ込める。
ユウがいるのは一番奥の壁際。
三人で周囲を警戒しながら近づくと、ステラが目隠しを外した。
「ユウくん? ねえしっかりして、ユウくん?」
その目は開かれているが焦点は定まっておらず、ステラが体を振って呼びかけても反応しない。
指の爪は全て剥がされ、手全体が赤黒くなっている。
さらには腕にできた複数の注射痕。
薬物と拷問。
ロトとナルヴィは即座にその可能性に思い至った。
とにかくここからユウを連れて帰ろうと、ステラが拘束していた縄を切った、その時だ。
「上!」
キィン!
ステラの背後、積み上げられた木箱の上から彼女に向けて投げられたナイフを、ロトがダガーで叩き落とした。
「おや、思ったよりも勘がいいですね。こちらの世界も全員が腑抜けというわけではないらしい」
いつの間にか木箱の上に立っていたフォーエイトが、少し驚いた顔をしながら四人を見下ろした。
「だから言ったじゃねーか。小細工は面倒なだけだってよ」
反対方向、ユウ達を挟み込む位置からニカラグも姿を現した。
「油断大敵、有利な条件で戦うのは大事ですよ」
ニカラグにそう答えたフォーエイトだったが、しかしその態度は言うほど引き締まっているようには見えない。
むしろ逆にロト達を完全に舐めているという印象が適切だろう。
が、しかしだ。
少なくともロト達と彼らの間に、それだけの著しい戦力差が存在していたのもまた事実だった。




