20:ムーンアルミラージ
『善意で全てが上手くいくなら、世界はもっと平和なはずだよ』
★
「あのステラって子がゴーストロッドのゴーストだった。結局はそれが原因よ」
「ゴースト……。」
「そ、ゴースト」
それは果たして罪悪感か嗜虐心か。
リリィはいよいよ観念したように口を開き始めた。
「つまりゴーストロッドを破壊すればあの子が白死病に掛かって死ぬってこと。アイツらが最初の潜入の時で半壊させた時にそれがわかったのよ。だからアイツはゴーストロッドを守る方に鞍替えしたってわけ。アンタがターニングポイントを使う度に修復が進んで、最後はアンタが死んだと同時にアイツが開放されるって寸法よ」
アイツ、というのはつまり本物の優のことだろう。
つまりリリィもまた彼と顔見知りだったということだ。
(なんだよ……。みんな……、なんだよ……)
今のユウの心情を端的に表すのならば、”裏切られた”というのが一番適切だろうか?
そのとぐろを巻いた感情の核心に、もはやリリィの言葉は届かない。
「あの子がドッペルゲンガーを受け取ったのも、そうすればゴーストロッドのゴーストであることをキャンセルできるから――って、あっ! ちょっと!」
ユウはリリィの言葉を最後まで聞くこと無く、椅子を蹴り飛ばすような勢いで走り出した。
悪い想像が雪崩を打って押し寄せる。
この世界に転移してきたのだと思っていた自分。
ステラ達と運命的な出会いをしたのだと思っていた自分。
なんということはない。
全てが幻想だった。
転移などしていない、自分は最初からこの世界の住人として生まれた。
ステラのことが無性に気になっていたのも、単にオリジナルの感情を引き継いでいたからだ。
そして彼女が自分のことを最初に会った時から気にかけてくれていたのは……。
あてもなく街の中を走るユウ。
いったい自分がどこに向かっているのか、いや――。
いったい自分はどこに向かえばいいのか。
そもそも自分はどこから来た?
遠武優ではない自分という存在は、いったいどこに根を下ろせばいい?
人の気配のない路地。
意識すること無くそこに入り込んだ時、ユウを唐突な眠気が襲った。
(……え?)
足場の感覚がなくなり前のめりに倒れ込んだユウ。
しかし転んだ時の痛みと衝撃ですら眠気に抗うには足りず、そのまま意識を失った。
最後の一瞬、背後に誰かが立った気配だけを感じて。
★
意識を取り戻したユウは、目を開くよりも先に自分の体の自由が聞かないことに気がついた。
体を縄か何かでぐるぐる巻きにされて固い床の上に転がされている。
(ここは……、どこだ?)
埃っぽい無機質な部屋。
積み上げられた木箱の上では金色の蝶が羽を休めている。
寝起きでまだぼやけたままの視界の先には二人の男がいた。
粗末な木製のテーブルを挟んで椅子に腰掛け、紅茶か何かを飲みながら話している。
「∪&Bの部隊はやはり全滅と見て良さそうですね」
「権能持ちとはいえ下っ端だ、こんなもんだろうよ。ユートピア自体、聞いた限りじゃ大した能力でもないからな」
「それはニカラグさんから見て、でしょう? ストレンジコンディションの絶対防御に比べれば、そりゃあ劣りますよ」
一人はユウと同年代ぐらいの少年。
ニカラグと呼ばれたもう一人はそれよりも少し年上、ブレッドと同じぐらいの年齢に見える。
(ユートピア……!)
ユウの耳に聞き覚えのある単語が届く。
U&B部隊の隊長ロドリゴが使っていた能力のことだ。
一度発動すれば、その圧倒的な速度を武器に敵を一方的に蹂躙することができる。
(こいつらも∪&Bなのか?)
いや、違う。
彼らの話し振りから読み取れる距離感はもっと遠い。
少なくとも味方陣営のそれではなさそうだ。
「とりあえずターニングポイントは手に入れましたし、後はさっさとレゾンデートルの持ち主を連れて帰りたいですね」
「残りの一つはどうする? イグルの権能ってことはそいつもU&Bってことなんだろ?」
「どうでしょうね。しかしいずれにしても今回は諦めましょう。なにせ情報が全くありませんから。三つしかない死に戻り能力の内、アインスの権能とクアトラの権能の二つを確保するだけでも一回の遠征としては上出来――。ああ、目覚めていましたか」
少年はユウの目が開いていることに気がついた。
拘束を解こうとする素振りを見せないことから考えると、やはりユウを縛った側と判断して良さそうだ。
(どう出る?)
果たしてここは強気で行くべきかどうか。
近づいてくる二人を見ながら、ユウは自分の剣の位置を確認した。
二人が茶を飲んでいたテーブルの近くの壁に立て掛けられている。
仮に抵抗するとしたら、こうして縛られている状態で素手のまま戦わなければならない。
明らかに強者の雰囲気を纏っている二人を相手に戦うのは厳しいだろう。
(諦めてターニングポイントで戻った方が早いかもしれないな。)
「おはようございます。気分はいかがです?」
少年が余裕の笑みを向けて来たが、この上無いほどに胡散臭い。
「はじめまして。僕はムーンアルミラージ直下ハウンドエスコーターズ所属、フォーエイトと言います。突然で恐縮ですが、貴方の権能であるターニングポイントは僕が頂きました」
「……え?」
ニカラグは唾を吐き捨てるかのように横に顔を向けた。
彼としてもフォーエイトと名乗った少年の行動は好ましいものではないらしい。
わざわざ自分達の情報を相手に与えているのだから当たり前だろう。
「僕が女神クアトラから与えられた権能プライドスナッチは、他人の権能を奪い取ることができます。既にターニングポイントは僕の元に移動しており、もう貴方は権能を持たないただの人です」
「な……!」
縛られて地面に這いつくばったままのユウは驚愕に目を見開いた。
ターニングポイントはユウにとっての数少ない武器の一つだ。
それを失ったとなれば大事である。
「なぜ僕がわざわざこんなことを言うのか不思議でしょう? それはそれが奪った権能を使うための条件だからです。ターニングポイントを奪われた貴方は力を失いましたが、しかしそれだけでは僕はまだその恩恵を受けることはできない」
少年がわざとらしく腕を振る。
「奪った相手がプライドスナッチの詳細と、それによって自分の権能を奪われた事実を知る。そこまでしてようやく僕は奪った権能を使うことが出来るんです。……なかなか使い勝手が悪いでしょう?」
「それじゃあ……、俺のターニングポイントは……。」
「ええ、たった今から僕のモノです。……なるほど。回数制限付きとはいえ、死んでもやり直せるというのは良いものですね。精神的余裕が違いますよ」
フォーエイトのその言葉を聞いた瞬間、ユウは彼が嘘をついていると確信した。
(ハッタリか……。いや、待てよ……。)
一瞬安心しかけてから立ち止まるユウの思考。
以前、自分がリア達に死に戻りの話をしても全く信じて貰えなかったことを思い出す。
確か王都に行った時、カタリーナに言われたはずだ。
ターニングポイントの能力によって、死に戻りに言及しても相手に嘘だと認識されるのだと。
もしも今感じたこれがそうだとしたら?
それはつまりフォーエイトの言葉通り、ユウはターニングポイントを奪われたということになる。
(どっちだ? 嘘か? それとも本当に取られたのか?)
二択がユウの中で目まぐるしく入れ替わる。
いったいどちらが真実なのか。
「ま、とりあえずだ」
ドゴッ!
「――!」
思考の輪廻に落ちこもうとしていたユウの鳩尾に、ニカラグのつま先が叩き込まれた。
「今度はこっちの番だ。この世界のアインスの陣営について、知ってることは全部吐いてもらうぜ?」
情けの感じられない一撃。
「アインス? 一体何の――!」
再びユウの腹部に一撃。
「がっ……。」
「誰が余計な口を利いていいって言ったよ?」
咳き込むユウをニカラグが見下ろした。
★
「ちっ、なかなかしぶといな。見かけの割に根性あるぜコイツ」
縄で巻かれたまま、更に目隠しをされて椅子に縛り付けられたユウ。
痛む全身、感覚を失った両手の指。
尋問と拷問の影響か、あるいは投与された薬物の影響か。
いずれにせよ、既に時間の感覚もない。
あれからどれぐらい時間が経った?
今は何時だ?
昼か?
夜か?
目隠しをされていては確認もできない。
体の感覚がない。
自分という存在の輪郭がどこにあるのかわからない。
何も考えられない。
「もしかしたら本当に知らないのかもしれませんよ?」
「あぁん?」
フォーエイトが焦点の定まらなくなったユウの顔を覗き込む。
「ほら、僕達だって下っ端には全部を教えたりはしないでしょう? ユートピアと同じで使い捨てに近い感覚かもしれません。実際、ターニングポイントも単体では大した戦力にはなりませんからね」
「……言われてみれば確かにそうかもな。お前のプライドスナッチと同じか」
「ナチュラルに僕をディスる、それでこそニカラグさんです」
「事実を言っただけだろうが。ジェルダダイブ無しのお前が戦いで役に立つのかよ?」
「無理ですね」
ニカラグの問いに対し、フォーエイトは笑顔であっさりと答えた。
自分の戦闘力を低く見られたというのに、特にそのことに関して気にする様子はない。
「なら仕方ねぇ、このままに餌に使うか」
「あれ? ストレンジコンディションは使ってくれないんですか?」
「お前、わかってて言ってるだろ? ストレンジコンディションは効果範囲が広すぎる。一度使えばこの場所が見つかる可能性が高い。やるなら最後だ」
「ああ、そう言えばそうでしたね。ニカラグさんは細かい作業が苦手なんでした。それに殺さずに生かしておくなんて、なんてお優しい」
フォーエイドが先程のお返しとばかりに毒を吐いた。
もちろん殺さないのはまだ情報を引き出せる可能性を考慮したからであって、別にユウの身を案じたわけではない。
しかしニカラグにそれを気にする素振りはなく、倉庫の外側に注意を払っている。
それに気がついた少年もまた、その方向に注意を向けた。
「……おい、フォーエイト」
「ええ。どうやら早速お客さんのようですね」




