16:青の預言書
『俺の人生は沼から始まったのさ』
★
一難去ったアスクの街は、普段とは違う意味での活気に包まれていた。
すぐさま日常に戻る者、友人や家族の死を惜しむ者、そして気勢を上げる者。
そんな街の中を歩く少年が一人。
ユウ=トオタケ。
この頃の私は、まだそう名乗っていた。
魔族がアスクを襲撃して以降、レッドノートにいたリア達とサブアジトにいたユウ達は互いに連絡を取れなかったことから、彼は双方の無事を確認するために彼女達のところに行っていた。
今はその帰りだ。
(あれは……。)
ユウは磔にされた魔族の遺体を見つけた。
周囲には誰もいない。
遺体は痛めつけられているが、その大半が生前の傷ではないことは、素人のユウの目にすらも明らかだった。
おそらくは彼の死後に住人達が鬱憤を晴らすためにやったのだろう。
角が生えている以外には人間と外見上の違いは無い体。
粗末な布で出来た服を身に着け、その手足の荒れ具合からは彼らの日常生活がどんなものであったのかが容易に想像できる。
靴を履いていないのは元々だろう。
――被支配者階級。
今回の戦いは、つまり虐げられてきた彼らにとっての独立戦争だったのだと理解した時、ユウは彼らに対する同情を禁じ得なかった。
「ん?」
破れた魔法袋から溢れ出した荷物。
おそらくは磔にされた彼の持ち物だろう。
金銭的な価値など全くなさそうなそれらの中に、一冊だけ本が混じっていることにユウは気がついた。
何の文字も書かれていない鮮やかな、あるいは病的なまでに青い表紙。
青というよりも蒼と言う方が良いかもしれない。
以前に買った三冊の本の内、一冊だけ読まずに終わった本がちょうどこんな感じだったと思いながらそれを拾って開いてみる。
”この本を読んだ俺へ。初めに重要なことを書いておくので、必ずこれを守った上で読み進めること。”
”一、この本の中身は他に人間に知られてはいけない。できればこの本の存在そのものを隠すこと”
”一、この本には俺の知っている事実のみを書き込んである。もし書いてある内容に心当たりがなければ、それに関する記憶を失ったのだと思うこと”
”一、この本に書いていないことで重要な情報を手に入れた場合は必ず書き込んでおくこと”
「あれ? もしかして同じ本かコレ?」
文章を一字一句覚えているわけではなかったが、ユウにはそれが以前のループで手に入れた本と同じ内容であるように見えた。
(……この人が書いたのか?)
手書きということは彼が作者か、あるいは写本した可能性もある。
もちろんそれは事実とは違うのだが、手元にある情報からでは正解にまで至ることはできない。
しかし妙にこの本のことが気になったユウはそれを自分の魔法袋に入れた。
本代というわけではないが、代わりに磔にされたまま冷たくなった遺体を地面に降ろすと、魔法袋に入れてあった小さな布を取り出して顔に掛けてやる。
「……。」
本来ならば彼らの故郷にでも連れて行って魔族流の葬儀をしてやるのが一番良いのだろうが、今のユウに出来るのはここまでだ。
自分が立ち去った後にこの遺体が荒らされないことを願いながら、ユウはその場を後にした。
さて、新たな問題が立ち上がったのはここからだ。
いや、あるいはようやくこの段階になって発覚したと言った方がいいかもしれない。
それとも、いよいよこの時が来たと表現した方がいいだろうか?
サブアジトに戻ったユウは、遺体から拝借したばかりの青い本が妙に気になっていた。
それで部屋に戻って早速その中身をじっくりと見てみることにしたのである。
まずは全体をパラパラとめくってみる。
書き込みがあるのは最初の百ページほどだけで、本の後半は白紙だ。
しかし最後のページにだけ、あきらかに他とは異なる筆跡で記入がしてあった。
お世辞にも綺麗とはいい難い他のページの筆跡とは違い、正に流麗と表現されるべき字が書かれている。
”この本の中身は書き込んだ本人にしか読むことができない。例外としてこのページの記述のみ、この本に記入経験のある者全員に読むことができる。”
”尚、このページに対する書き込みは一切行えない。”
(……そういう演出なのか?)
これが仮に創作ノートの類だとすると、つまりそういうルールの下で話を作ろうとしていたとも受け取れる。
あるいは作中に出す予定の本の内容か。
”エターナルリカレンスの強制発動方法。”
”下記の魔法陣を描いて中央にこの本を五分間放置する。”
”死ぬこと無く、希望が叶う可能性の最も高い時点まで巻き戻る。ただしその間の記憶は全て消去される。”
”自分が生きているよりも前の時代まで時間を遡る可能性もある。”
初めて見るはずの記述。
しかし自分もまたターニングポイントという死に戻り能力に人生を大きく左右されているからか、ユウはそれが妙に気になった。
(希望の叶う可能性の最も高い時点まで巻き戻る……か。)
もしかすると、それは今の自分が最も求めている特性かもしれない。
ユウはそんなことを考えながら他のページも確認し始めた。
こちらは最後のページとは違って汚い字だ。
(まるで俺が自分で書いたみたいだ。)
そう考えると、先程の”この本の中身は書き込んだ本人にしか読むことができない”という文章が効いてくる。
この本の中身が現実なのか作り話なのか、判断が難しい。
意図的にこれを狙って手書きにしたのだとすれば大したものだ。
しかし果たして幸運と言うべきか不幸と言うべきか、ユウはその判断材料となる記述を直後に見つけてしまった。
”遠武優が小学校の頃好きだった人の名前は――”
(……。)
ユウはそっと本を閉じた。
(……ちょっと待て。いやいやいやいやいや ちょっと待て。)
全身から一気に嫌な汗が噴き出した。
そのことは誰にも言ったことは無いはずだ。
もしかしたら様子を見ていて感づいた人間はいたかもしれないが……。
(転移前ならともかく、この世界で知ってる奴なんていないだろ……。)
恐る恐る本を開き直して確認してみる。
そこには間違いなく正解が書いてあった。
(まさか……、本当なのか?)
しかしもしもこれが他の人間にも読めるとしたら一大事だ。
間違ってもステラにだけは見られるわけにはいかない。
ユウは他にも何かマズいことが書いていないかと、慌ててページをめくった。
”これを書いている俺はユウ=トオタケと名乗っている。本物の遠武優から作られたコピーだ。詳細はリリィが知ってる。”
「……え?」
間抜けな声が、静かな部屋に響き渡った。




