12:死に戻りリトライ
『一枚岩の組織など、空想の中にしか存在しない』
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「敵襲! 敵襲!」
本を二十ページほど読み進めた頃、ロドリゴは部下の叫ぶ声で意識を現実へと引き戻された。
ささやかな夢の時間はこれで終わりだ。
即座に本を閉じて魔法袋に投げ入れると、杖を掴んで部屋を飛び出した。
「これは……」
部屋を出た直後のロドリゴの目に飛び込んできたのは、早々に乱戦模様へと突入した倉庫内の様子だった。
敵の数は明らかにこちらよりも多い。
だがそれ以上に注意を引くのは……。
「……亜人か?!」
隊員達が戦っている敵達。
みすぼらしい以外に服装の統一性はないが、全員の額に角が生えている。
サイズや形は個人差があるので様々だが、全て同じ種族だったはずだ。
(女神教……、なのか?)
なぜ彼らが自分達を襲撃するのか。
その疑問の答えは見つからないが、とにかくまずは脅威の排除だ。
亜人は人間よりも身体能力が高い。
いくら訓練を受けているとはいえ、真正面からこの数を相手にするのは難儀だ。
このままでは部隊に壊滅的な被害が出てしまうだろう。
「魔方陣の周囲に集まれ!散り散りになるな!」
ロドリゴは大声で叫ぶと、自分も描きかけの魔法陣に向かって走り出した。
「アイスランス!」
「ぐわっ!」
氷の槍で部下と戦っていた一人を仕留める。
魔法陣の作成を担当する隊員達は工作兵なので、他の隊員よりも戦闘面では劣っている。
もちろんそれでもそれなりに戦うことは出来るのだが、部隊の中で最も弱い事実は変わらない。
「すみません!」
「言うな! 敵は手強いか?!」
「戦闘技術はそうでもないんですが、身体能力が!」
「やはりそうか! ウィンドキャノン!」
新たに迫ってきた数人を纏めて吹き飛ばす。
既に敵味方が入り乱れているせいでこれ以上大規模な魔法は使えない。
(隠れるという意味ではもう手遅れか……)
これだけ派手な騒ぎになってしまえば、魔法陣の存在を隠し通すことはできないだろう。
ここを狙われている時点でこちらの目的はおおよそ知られていると考えた方が良さそうだ。
「魔法陣の進捗は?!」
「まだ当分は無理です! 最低でもあと一日はないと!」
「ええぃ! エアハンマー!」
これではもうユートピアの発動は絶望的だ。
ロドリゴは鬱憤を晴らすかのように近づいてくる敵に魔法を叩き込んだ。
「ぐぁっ!」
「そっちに行ったぞ!」
「魔法陣の方だ、止めろ!」
彼から見て右側。
数人がロドリゴの方向に向かってきた。
その内の一人だけは明らかに他と服装が違う。
フードを被り、その奥は不自然に暗く何も見えない。
ロドリゴは覚えていなかったが、彼が前回のループで殺した相手、ハウルだった。
「いたな、あいつが大将首だ」
ハウルが一緒にいた二人の亜人に合図を送る。
「よし、あいつを殺して終わらせるぞ!」
「おう! 無理すんなよアズ!」
「お前もな!」
アズと呼ばれた一人は剣を持ったハウルと同じぐらいの平均的な体格の少年。
だがその体はかなり筋肉質だ。
もう一人は平均を大きく超えた体格でトゲ付きの棍棒を持っている。
声の若さからすると、おそらく彼も少年と呼んでいいぐらいの年齢だろう。
「ちっ、エレクトロウォール!」
バヂヂヂヂヂヂ!
ロドリゴは部下の前に出ると魔法で雷の壁を張った。
だが一瞬足を止めた亜人の二人に対し、先頭を走るハウルだけはそれをものともせずに飛び込んだ。
特に痛手を負った様子もなく壁を突破したハウル。
どうやら、彼のローブにはかなり強力な魔法耐性が付加されているらしい。
キィン!
腰の短剣を抜いてそれを受け止めるロドリゴ。
「前回よりは楽そうだな」
「……何?」
彼にとっては不可解なハウルの発言。
だがそれも攪乱のためだと受け取ればどうということもない。
「ファイアボム!」
バンッ!
ロドリゴは展開したエレクトロウォールをそのままに至近距離で小規模な爆発を起こした。
狙いはもちろんハウルだ。
「おっと!」
「逃さん!」
直撃をかわして壁の外へと一歩後退するハウルを、ロドリゴはエレクトロウォールを抜けて追撃する。
魔法を解除しないのは後ろにいる部下を守るためだ。
敵の戦い方はほとんどが武器を振り回すだけの肉弾戦。
となれば雷の壁があれば相当な数の攻撃を牽制することが出来る。
どうやら顔の見えないフードの男には効果が無いようだが、それ以外の亜人に対しては間違いなく有効だ。
「お前はここから味方を援護しろ!」
「はい!」
背後の部下に指示を飛ばした後、そのまま正面のハウルに向かう。
「エアニードル!」
下がるハウルに向けて風を打ち込んだ直後、先程の亜人達が両脇から仕掛けた。
ちょうどハウルを囮にしてロドリゴを引きずり出したような格好だ。
左上からトゲ付きの棍棒が、右側面からは剣が襲う。
「おらぁ!」
「ふっ!」
(――速い!)
ドゴッ! キィン!
棍棒をかわし、剣は短剣で受け止める。
洗練されてはいないが平均的な水準を大きく上回る攻撃速度に、ロドリゴは舌を巻いた。
(この二人、亜人のエースかっ!)
明らかに周囲の亜人達よりも強さの水準が頭一つ抜けている。
目の前のフードの男、つまりはハウルがロドリゴを倒すために連れてきたのだろう。
「ドル! 一気に決めるぞ!」
「おう!」
アズからドルと呼ばれた男は棍棒を振り回してロドリゴに迫った。
(退路を断ちに来たか!)
この狭い空間で大きな棍棒を振り回されてしまえば、当たらなくとも動きを大きく制限されてしまう。
「大将首、早々に落とさせてもらう」
「大人しく死ね! 人間!」
さらにハウルとアズが剣で襲いかかる。
三方向からは敵、さらに後方には自分が展開した雷の壁と部下。
ロドリゴの脳裏に、一瞬だけ後退するという選択肢が過ぎった。
そうすればエレクトロウォールも利用しつつ、後ろにいる部下とともに戦うことが出来る。
数の上では二対三だ。
(……何を馬鹿なことを)
だがロドリゴは即座にそれを却下した。
それをすれば確かに自分が生き残こる可能性は上がる。
しかし引き換えに戦闘力の劣る部下が死ぬ可能性が高い。
(自分の命惜しさに部下を危険に晒すなど……)
「……論外だ」
「――!」
ロドリゴは覚悟を決めると、正面のハウルに向かって突っ込んだ。
「アイスブレード!」
杖の先端に氷の刃を作り出して首を狙う。
両脇の二人は技術的には明らかに未熟、唯一脅威なのは彼だけだというのがロドリゴの判断だ。
となればこの三人の連携はハウルが他の二人に合わせることになる。
(つまりこの男を失えば脅威度は大幅に落ちる!)
周囲の味方は自分達の周りだけで手一杯。
既に物量に押されて倒れた者が何人もいる。
ロドリゴはこの三人を単独で仕留め、部下達を助けに行かなければならない。
だがそんな彼の想いを踏みにじるかのようにハウルが剣を振る。
バキン!
だが、あと少しで彼を貫こうかというところでロドリゴの氷の刃が割られた。
「――! まだだ! ファイアボム!」
「ちっ!」
再びハウルの至近距離で爆発が起こり、上半身が爆風に包まれた。
間違いなく命中だ。
だがロドリゴは気を抜くこと無く追撃にかかる。
普通ならばこれで致命傷だ。
しかし先程エレクトロウォールを躊躇いなく抜けてきたことを考えると、そこまでの打撃となっていない可能性がある。
残りの二人と戦う上で後顧の憂いは確実に断っておきたい。
「アイスランス!」
爆風から覗く下半身から判断される胴体の位置。
そこに氷の槍を打ち込む。
これが決まれば少なくとも背後から攻撃される可能性は大幅に減るはずだと彼は判断した。
だがその一撃を、ハウルは視界を奪われたままあっさりとかわしてみせた。
(やはり……。こいつだけは戦闘のキャリアが明らかに違う。相当な経験を積んでいるな。軍人……、ゲリラコマンドか?)
身体能力を見る限り、亜人ではないだろう。
しかしそれ以上に手強い。
「俺達を忘れてんじゃねぇよ!」
アズが叫びながら背後に迫る。
ロドリゴは即座に身を翻して振り下ろされた剣を横に避けた。
ここで一言も発せずに背後を取っていたなら致命傷を与えられた可能性もあるのだが、経験不足のアズにはそれが出来なかった。
そしてそれはもう一人のドルに関しても同様である。
「おらぁ!」
声を上げ、力一杯に棍棒を振り下ろす。
直撃すれば肉塊になるのは必死の一撃。
しかし多少の速度と重量に秀でていたとしても、その狙いが読まれてしまっていてはそうそう当たるものではない。
ましてや相手はユートピアの速度に慣れたロドリゴだ。
ドゴッ!
空振りした棍棒が地面を叩いた。
床石が割れたが、肝心のロドリゴにはかすりもしない。
「くそ! 駄目か!」
「いや、……悪くないぜ?」
背後から届いたハウルの声。
致命の一撃を回避したことに安堵して反撃しようとしていたロドリゴだったが、その声から推測されるハウルの位置に気がついて慌てた。
(真後ろ?! いつの間に!)
いつの間にか剣が届く位置まで距離を詰められている。
ついさっきのアズの攻撃とは違い、今頃気がついても対応するには遅い。
短剣で受け止めようと咄嗟に振り向いたロドリゴだったが、ハウルの剣はもう目前まで迫っていた。
本能的に敗北を悟る。
「隊長!」
ドッ!
今度はエレクトロウォールの中にいたはずの部下の声がすぐ後ろから聞こえた。
直後に背後から抱きつかれた誰かに押し倒されるロドリゴ。
それが一体誰かなど、火を見るよりも明らかだ。
ガシュ!
「うっ!」
「ジョゼ!」
ロドリゴは体を起こしながら部下の名を叫んだ。
どうやらハウルの剣の軌道からロドリゴを逃したものの、代わりに彼が斬られたらしい。
背中に腹部に掛けて大きな傷が出来ており、複数の内蔵を損傷したことは明らかだ。
それ以外にもエレクトロウォールを突破してきた影響で全身に火傷を負っている。
今すぐにとまでは行かないが、早めに治療しなければ助からないだろう。
「なぜ……」
「隊長を、やらせるわけにはいきませんからね……」
ジョゼと呼ばれた隊員が苦しそうに笑った。
魔法ではロドリゴを守りきれないと判断して飛び込んだのだろう。
その表情に後悔の色は見られない。
「……馬鹿者め」
ロドリゴも笑い返した。
また一人部下を失おうとしている事実、そこに自分の為に命を掛けてくれたのだという喜びが複雑に混ざり合う。
「ふっ!」
「これで終わりだ!」
目前にハウルとアズが迫る。
ロドリゴは二人に向かって両足を踏み込んだ。
その後にはドルも来ている。
ガキィンッ!
杖と短剣で二人の攻撃を受け止める。
倒れた部下には背を向けたままだ。
「お前はそこで休んでいろ。……終わったら命令違反でしごいてやる」
その口元は笑っている。
「軽めで……、お願いしますよ?」
ジョゼも余裕のない笑いを返した。
ユートピアの発動は絶望的だが、しかしまだ部隊は健在だ。
となれば部下の犠牲を最小限に抑えることがロドリゴの隊長としての役目だろう。
キンッ、キィン! ドゴッ!
「ぐぉっ!」
アズとハウルの剣を弾き返し、向かってきたドルを蹴り飛ばす。
「私がユートピア無しでは何もできんヘタレなどと言われては、部下達も狭い肩身が更に狭くなってしまうのでな。……このまま大人しく負けてはやらんぞ?」
そう、戦いはまだ終わっていない。
ロドリゴは自分の手汗で滑り始めた杖を握り直した。




