11:シスコンェ……
『夢や希望。……この世界にあるのは安物ばかりだ』
★
リリィと話した日の夜、ユウはサブアジトでステラと一緒にお茶を飲んでいた。
隣り合って座る二人。
だがそこに会話はない。
(気まずい……。)
昼間にリリィと別れた直後から、彼女はずっと沈んだ顔のままだ。
このままではマズいと思って夕食後にお茶でも飲まないかと誘ったものの……。
そこから先は、リア充とかいう存在からは程遠いユウにとって大変難易度の高いミッションだった。
「ユウくん」
「ふぁ、ふぁい!」
沈黙を破るステラの呼びかけで、まるで警察に呼び止められたロリコンのようにビビるユウ。
「ごめんね? その……、気を使わせちゃって……。私、別にユウくんの彼女とかでもないのに……」
「いや、そんなことないさ……。あ、でも別にリリィとは何でもないから!」
ステラの”彼女とかでもない”という言葉で精神が沈没寸前になるユウ。
ここで”それじゃあ彼女になってくれ”と言えない辺りにチキンっぷりが滲み出ている。
「……本当?」
ステラが上目遣いでユウの方を見た。
(か、かわいい……。)
ユウの顔が紅潮する。
これで付き合っていたなら速攻で襲い掛かってしまうところだ。
「だ、大丈夫。単に話してただけ、だし……。」
(近い……。)
至近距離で目が合った瞬間、ステラが恥ずかしそうに慌てて目を逸らした。
ユウの心臓の音が不自然に大きくなる。
鼓動が大きすぎて、とても会話に集中できるような状況ではない。
「私……。ユウくんにはあの人と関わって欲しくない……かな、なんて」
目を逸らしたままのステラは少し言い難そうだ。
時折チラチラとユウの方に目線を向けてくる。
今の自分がユウに対してそれを言える立場にないと自覚しているのだろう。
「え? ……なんで?」
恐る恐るその理由を尋ねてみる。
だがユウの頭の中にある候補は一つだけだ。
他の女の子と仲良くするのを嫌がる、ということはつまり……。
(つまりステラも俺のことを……。)
いつだったか、彼女の寝言を聞いたことがあった。
あれはやはりただの寝言では無かったのだという思いが強くなっていく。
ガシッ!
「きゃっ! ユ、ユウくん?!」
ユウはとうとう堪えきれずにステラの両肩を掴んだ。
ステラはステラで顔を赤くして戸惑っている。.
「ステラ! 俺、ステラのことが――」
バン!
「おい! 大変だ!」
好きだとユウが告白しようとした瞬間、ロトが勢いよくドアを開けて部屋から出てきた。
出鼻を挫かれたユウと固まるステラ。
少し目を見合わせた後、二人は一緒に首から上だけをロトの方に向けた。
未だステラの肩を掴んだままの両手からは、彼女の柔らかい感触が伝わってくる。
そんな二人に気が付くことなく、ロトはブレッド達の部屋まで走っていって激しくドアを叩き始めた。
彼と部屋が同じバーノンも出てきたが、こちらはユウ達に気がついたようだ。
「取り込み中だったか。……悪いが続きは後になりそうだ」
「……え? え?」
覚悟を決めた告白を中断させられたユウは、事情がわからないまま、再びステラと互いの顔を見合わせた。
★
アスクの街の東部にある倉庫街。
そこではU&Bによるユートピア発動のための準備が佳境に入っていた。
「かなり出来てきたな。進捗はどうだ?」
ロドリゴは描きかけの魔方陣を見ながら部下に尋ねた。
人が何人も入れそうなサイズの魔方陣の周りでは、彼が話しかけた部下以外にも数人が作業をしている。
「このペースなら、あと数日で完成まで行けそうです」
「そうか……。よし、最後の仕上げだ、抜かりなく頼む」
「はっ!」
進捗を確認すると、次は生贄の確認をしに捕らえてある部屋に向かう。
本当は彼自身が確認する必要などないのだが、正直言って他にやることがなかった。
台風が来たので川の様子を見てくる的な感覚である。
(問題はない。……当たり前か)
捕らえられているのはアイナだ。
だがロドリゴ達はこの少女が女神教の人間だとは知らない。
単に生贄として適正のある町娘を攫ってきただけ、それが彼女だったというだけの話だ。
アイナのいる部屋を出ると、いよいよやることがなくなったので自分の部屋に向かう。
途中で視界に入る部下達も暇そうだ。
本を読んだりボードゲームをしたりして大人しく時間を潰している
これが敵地への潜入任務でさえなければ彼らもスポーツや鍛錬でもするのだろうが、目立つ行動はご法度となればそうもいくまい。
今の彼らの仕事はといえば、交代で見張りと買出しに行くぐらいだろう。
(何も無いのが一番、なんだがな)
部屋に戻って時計を確認すると、時間は十九時を過ぎていた。
(寝るにはまだ早いが……、さてどうするか)
仕方が無いので読書をすることにした。
魔法袋から一冊を無作為に取り出す。
『最初の勇者はどこから来たのか?』
随分と昔に書かれた本だ。
このリーンだけでなく、ロドリゴ達の世界であるストラにおいても特別な存在である勇者。
この本はその起源に迫ろうという内容で、歴代の勇者の中でも特に謎に包まれている最初の勇者に焦点を当てている。
実は最初の勇者だけがそれ以降の勇者とは違う異世界から来たのではないか、という仮説が興味深い。
もう何度も読んだ本なので新鮮さは無いが、子供の頃からこういう話が好きだった彼にとっては大事な一冊になっている。
将来は考古学者になってこの謎を解き明かすのだと目を輝かせていた頃が懐かしい。
(戦乱の世ではそれも叶わんがな……)
彼は元々徴兵制によって戦場に投入された口だ。
別に好き好んで軍人になったわけではない。
一人で自嘲気味な気分になると、椅子に座って本を開いた。
せめて今だけはあの頃の夢を追いかけよう、と。
さて、ロドリゴが本を読み始めた頃、倉庫の片隅では二人の隊員がボードゲームに興じていた。
「うーん……。こりゃあ、また俺の負けだな……」
「へっへ、今回はかなり粘ったな」
二人の男がやっているのは黒と赤に分かれて互いのコマを取り合うというゲームだ。
元々は戦術を考えるためのコマを流用するところから始まったと言われている、ストラでは大半の人が知っている古典的な遊びだ。
「ちょっとトイレ。俺の分も並べといてくれ」
「おうよ、次こそは勝ってやるぜ」
勝った方の男は立ち上がって揚々とトイレに向かった。
ここまでの勝負は彼の全勝だ。
「……ふう」
用を足し終わって手を洗う。
その時、背後の人の気配がした。
(誰だ?)
このトイレに鏡は無い。
男は気配の持ち主を確認しようと振り向いた。
U&Bにおける彼のランクはC。
相手が隊長のロドリゴやエリートとされるBランクだったなら一言挨拶ぐらいは必要だと思ったからだ。
別にここで挨拶が無かったぐらいでどうこう言うほど上下関係が厳しいわけでもないのだが、彼自身の尊敬の念がそれを許さなかった。
「……え?」
振り向いた瞬間、視界に入った相手の格好。
それは明らかに部隊のそれではなかった。
やることがないとはいえ、一応は今も任務中なので私服はNGのはずだ。
ドシュ! ガシュ
「ぐっ……!」
男は振り向き終わるより先に……、いや、振り向く動作に合わせて首を斬られる。
さらに間髪入れずに腹部を、相手が腕に装備した杭のようなもので貫かれた。
男は予想外の事態に混乱したままその場に崩れ落ちる。
(敵?! 誰だ……?)
急速に狭まっていく視界。
(……角?)
最後の瞬間、男が見たのは相手の額から生えた角だった。




