9:月は何色だ?
『生まれた意味? それよりもどう生きるかだろう?』
★
リリィと会った次の日の夜、ユウはサブアジトの自分の部屋で横になっていた。
昼間の間にアナスタシアへの情報提供は済ませたので、今夜は彼女達がU&Bの倉庫を襲撃してくれるだろう。
アイナも敵であることがわかっているので助ける必要はない。
それよりも考えていたのはステラのことだ。
あの偽物のステラは、どうやら彼女を一人にした状態で日付が変わると出現するらしい。
毎日ではないのだろうが、少なくとも昨日の夜がその日であるのは間違いなかった。
なので好きな子をを死なせまいと一緒にお茶を飲みながら二人で話したが、リリィの話になるとステラが表情を暗くして曖昧な答えを繰り返すのは変わらなかった。
彼女の痛々しい様子にこちらが先に音を上げた格好だ。
(何かある、何かあるはずなんだ。でもリリィの方はステラを知らないみたいだったし、一体何があるっていうんだ?)
いくら考えを巡らせても答えは見えてこない。
昨日の夜からずっとこんな調子だ。
(何かを見落としてるんだきっと。何だ? 何を見落としてる?)
ユウはベッドの上で仰向けになった体を横にした。
だがそれでもやはり妙案は浮かんでこない。
「……散歩でもするか。」
過去の偉人には散歩をしながら考え事をしていた人もいたということだから、もしかしたらいい考えが閃くかもしれない。
思い立ったユウはベッドから体を起こして水の剣を身につけると、静かに部屋を出た。
出入り口まで歩いていくと頭をコックリさせていたクリスティが目を覚ます。
「ああ、出かけるの? やっぱり徘徊するなら夜中に限るよねぇ」
「あ、ああ、そうだな……。」
……彼女の女子力の低さを垣間見た気がした。
念のために周囲を確認してから外に出る。
見上げると見渡す限りの星空が広がっていた。
大地を照らす光源を辿っていけば、地平線から大きな月が顔を覗かせている。
天頂に月はない。
ユウは寝静まった街を目的も無く歩いていった。 .
夜の闇と月の光に包まれていると、どういうわけか心が落ち着く。
(ステラは俺とリリィに近づいて欲しくない。教えてくれないけど、何か理由があるのは間違いない。だけど反対にリリィの方は何も無さそうだ。そもそもステラのことを知らないみたいだったし、いくらなんでも温度差がありすぎる。なんでだ?)
やはり一番引っかかるのはそこだ。
二人の態度にここまで差があるのは不自然過ぎるとユウは感じていた。
その時、曲がり角から歩いてきた人にぶつかりそうになった。
相手の方もぶつかる直前で気がついたのか、互いに慌てて立ち止まる。
「おっと、ごめんよ」
「あ、すいません。」
ユウがぶつかりそうになった相手は黒いフードを被った男だった。
月明かりしかないとはいえ、顔の部分は不自然に闇に包まれており、その顔は見えない。
(あれ? もしかしてハウルか?)
顔が見えないので自信が無かったが、ユウの知っている範囲で最も特徴が一致するのは彼だ。
だが声を掛けようかと一瞬迷った直後、街の様子が一変した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 女神様バンサァァァァァァァイ!」
「邪教徒を血祭りにしろぉぉぉぉぉぉぉ!」
夜の静寂が打ち切られ、人々が次々に家を飛び出して街の東に向かって走っていく。
フェラルホードの始まりだ。
「なんだ?!」
ユウと違ってフェラルホードの記憶を持ち越していないハウルは、周囲の様子を見て反射的に腰の剣に手を添えた。
だが人々はユウ達に見向きもせずに走り去っていく。
数分後、周辺にいた人々がほぼ全ていなくなり、ユウとハウルの二人だけが取り残された。
「なんだありゃ? ……祭か?」
「まあ……、ある意味そうかな。」
ハウルの発言を聞いたユウは、彼の中にパーリィピーポー的なものを感じ取った。
若干失礼な感想ではある。
少しの間、二人で立ち止まって東の様子を見ていた。
特に何かそうしようと決めたわけではなく、なんとなくの流れでそうなった。
「……今度は何だ?」
「え?」
相変わらず騒がしい東を見ていたハウルが何かに気がつく。
だが変わった様子はない。
何のことを言っているのかとユウが聞こうとした時、背後の方向に黒紫色の光が立ち上った。
「これは……?」
「しまった……!」
突如として自分達を照らし始めた光の柱達に警戒心を露わにするハウル。
同時にユウは自分の失策を悟っていた。
――ユートピア!
フェラルホードと並ぶ、否、それ以上の脅威。
(こいつを忘れてた!)
以前この夜を突破した際はユートピアが発動していなかったせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。
パァン! バババババンッ!
「……何の音だ?」
夜空に響く破裂音。
その正体をユウは知っている。
敵の動作が音速を超えている証拠だ。
黒紫の光が街の中を縦横無尽に走り抜けていく。
「何かわからんがこっちに来る……!」
ハウルが右手で剣を抜く。
黒紫の光は周辺の人々を処分しながらユウ達のいる方に向かってきた。
ユートピアの使い手であるロドリゴが、戦闘力の高そうな者を優先的に狙っていることを二人は知らない。
(次はあの二人を殺るか。操られていた連中よりは出来そうだ)
黒紫を纏ったロドリゴがユウ達に狙いを定めた。
向けられた殺気を感じ取ったハウル。
ここでユウもようやく水の剣を抜く。
だがもはや死の予感、いや、確信しかない。
「ちっ、速いな」
フェラルホードの影響で、二人の周辺にはもう他の人間はいない。
ロドリゴは二人から少し離れたところにいた人間の頭部を一撃で吹き飛ばすと、一直線にハウルに向かった。
バンッ!
空気の破裂音とともに黒紫の残像がユウの横を通り過ぎる。
ユウはこれでハウルが死んだと直感した。
「ふう、危なかった」
しかし直後に耳に届いたのはハウルの声。
ユウが驚いてその声の方向を見ると、彼はまだ立っていた。
ローブの右腕の部分が引き裂かれてしまっているが、本人に傷を追った様子はない。
まさかの予想外。
(――! 外した、いや、かわされただと?!)
一撃で仕留めることを前提に行動していたロドリゴも、手応えが無かったことに驚いた。
だがこれまでもユートピアで仕留められない相手がいなかったわけではない。
舐めてかかった自分を戒めながらハウル達に向き直る。
「まさかこの世界にも一筋縄では行かない者がいるとはな……。詫びよう。”先程の連中”の手応えの無さを見て正直侮っていた」
それがアナスタシア達ホーリーウインドのことを指しているのは明らかだ。
「どうせなら、そのまま見逃してくれるとありがたいんだがな」
ハウルが顔を覆い隠す不自然な影の下で不敵に笑う。
「それは無理な相談だ」
ロドリゴも笑い返すと、直後に再び姿を消した。
(右っ!)
ハウルは小さく舌打ちしながら、直前のロドリゴの体勢から攻撃を推測した。
狙いは再び彼の右腕。
そう読んだハウルは左に跳ぶ。
バンッ!
音が爆ぜる。
今さっきいた空間を黒紫の残像が走った。
「……ほう?」
ロドリゴは思わず感嘆の声を上げた。
彼がこれまでユートピアで勝てなかった相手とはまったく異なるタイプだ。
今まで経験した相手は、恩寵の効果などによって純粋にユートピア状態のロドリゴよりも高い戦闘力を持っていた。
だがハウルは明らかに違う。
有する戦力は間違いなく下、それも遥かに。
(別の形で出会いたかったものだな)
格上の敵に臆すること無く挑む、そんな姿勢にロドリゴは好感を持った。
だが今は敵だ。
いくらなんでも、敵に情けを掛けるほど抜けてはいない。
(せめて真正面から撃破することで礼儀としよう)
ババンッ!
速度を落とすこと無く軌道を変えて再びハウルに向かう。
ハウルはハウルで次の攻撃の予感を見逃すほど抜けてはいない。
(問題はこの後! 止まってる状況からでなけりゃコースは読めない!)
彼が二度に渡ってロドリゴの攻撃を回避できたのは、その狙いが事前に読めていたからだ。
静止状態からの加速ならば、動く前の敵の姿勢から可能性の高いコースはある程度まで予測できる。
だが既に加速して移動している状態からとなればそれは困難だ。
最初の攻撃を回避できたのは、単に相手の狙いが甘かったからに過ぎない。
タンッ!
着地した一歩で後ろを振り向く。
ハウルはロドリゴの恩寵については詳しく知らなかったが、先程から続く破裂音が彼の動作に伴うものだということを感覚的に理解していた。
背後で響いた破裂音は連続して二回。
だがまだ攻撃は来ていない。
真っ直ぐに向かってきたのだとすれば音よりも先に攻撃が来ているはずだ。
つまり正面からの攻撃ではない。
視界の片隅で僅かに捉えた残像。
その軌道は……。
「左!」
敵の姿を確認してから攻撃する余裕はない。
そもそもこの方向から攻撃してくる確証もない。
ここから更にフェイントを掛けて別の方向から攻撃して来る可能性もある。
だが、確かに増した敵の殺気。
それがハウルにこのタイミング、この方向から攻撃が来ることを告げていた。
自分を攻撃出来るであろうコースの真ん中へと剣を突き出す。
刹那に視界に現れた黒紫の光。
そしてロドリゴがハウルの背後に姿を表した。
僅かな一瞬。
その間、二人は互いに背を向けたまま動かない。
バンッ!
音が二人の状況に追いついた。
同時にハウルの腹部が爆ぜる。
「ぐっ……!」
剣を落とし、大量の血と内臓を地面に撒き散らせながら地面に崩れ落ちたハウル。
二人の戦いを横で見ていたユウはようやく思考が状況に追いついた。
(――! ハウルが負けたのか?!)
ユウの感覚では当たり前の結果ではある。
だがそれでも、まさか彼がここまでユートピアに抗えるとは思っていなかった。
圧倒的な戦力の差を考えれば瞬殺されたところで何の不思議もない。
時間にしてたった数秒。
だがそれでもユートピア相手に戦えたというのは、ユウにとって驚愕の事実だった。
金色の蝶もユウの意見に同意するかのように羽ばたいている。
逃げることも忘れて呆気にとられているユウを無視して、ロドリゴはハウルを見た。
彼の左腕からも血が滴り落ちている。
それがハウルのカウンターによる傷であることは、状況から見て明らかだ。
「見事。しかし私の勝ちだ」
「はぁ……、はぁ……」
ハウルは失血により既に光を失った目でロドリゴを見た。
もうすぐ死を迎える身だと言うのに、その目はまだ終わりを受け入れていない。
まだやれる、まだ続きがある。
声を出せない体の代わりに、その瞳はそう語っていた。
そしてハウルが死を迎えてから数秒後。
彼の意志を肯定するかのように、世界は巻き戻り始めた。
夜の空、天頂には黒い月が佇んでいる。




